(18)真名(後)
シゲルは、名前を考えるのは後回しということにして、とりあえず真名を付けて欲しいと考えている契約精霊がどれくらいいるのかをラグに確認してもらった。
すると、返ってきた答えは、全員が付けて欲しいというものだった。
勿論、契約精霊たちは、真名を付けることによるデメリットは知っている。
それでも望むのは、それだけ精霊にとっては真名を得るということが、大きなメリットになるためだ。
そうラグから説明を聞いたシゲルは、自分が変に考えすぎだったのかと気が楽になった。
とはいえ、精霊にとっては、真名が重要なものであることには変わりがない。
シゲルは、簡単に考えた名前を付けるつもりにはならず、きちんと考えてからつけることにしたのである。
それよりもシゲルは、真名について一つ気になることがあった。
「ところで、真名を付ける側には、制約はないのかな?」
「どういうことでしょう?」
シゲルの疑問に、ラグは首を傾げつつ聞いてきた。
「いや、真名があると精霊にとっては大きなメリットがあるということは分かったけれど、そんな大事なものをそんなホイホイと簡単につけられるのかなと思ってね」
「それは…………わかりません」
すぐに答えを言おうとしたラグだったが、少し間を空けてからそう答えた。
そもそもラグも精霊に真名が付くところを見たことがあるわけではない。
知識としては知っていても、実際に真名が付いたらどうなるのかは、やってみなければ分からないのだ。
「――それはそれで不安があるのだけれど?」
シゲルが苦笑しながらそう言うと、ラグは少しだけ頬を赤くしながらそっぽを向いた。
普段は真面目一筋といった態度をとっているラグだが、たまにこうした仕草を見せるときがある。
それを見たシゲルが、かわいいところもあると考えているのは、当然のこと(?)だろ。
ラグも知らないということは、ほかの契約精霊に聞いても分からないはずだ。
そう判断したシゲルは、一瞬真名を持っているはずの大精霊に確認をしようと考えたが、止めておいた。
まだ名前も考えていないので、実際に真名を付けるのはまだ先のことになる。
今すぐに確認するようなことでもないと考えたのだ。
いつもの通りに、そう結論を先送りにしようとしたシゲルだったが、またここで乱入者が現れた。
当然というべきか、水の大精霊であるディーネだ。
「――突然会話に割り込んで悪いけれど、シゲルが考えている通りに、真名を付ける側、付けられる側にそれぞれ制約があるから気を付けて」
シゲルたちがいる場所は、ディーネのテリトリーというべき水の町だ。
今までの会話を把握されていたとしても、なんの不思議もない。
そのことが分かっていたので、シゲルは慌てることなく頷いた。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
シゲルとしては、そうだろうなと思う程度だったが、それでは済まなかったのがラグだった。
「そうなのですか!?」
ディーネを相手に、素の返答をしていることからも驚きの度合いが分かる。
そのラグに、ディーネはため息をつきつつ答えた。
「もう、真名のことについて詳しく知っている者たちも少ないから、貴方が知らないのも当然ね。……本当なら知っておくべきことなのだけれど」
「……申し訳ありません」
「あら、知らないのは当然だと、今言ったじゃない。貴方が謝る必要はないわよ」
ディーネはラグに向かってそう言いつつ、今度はシゲルを見た。
ディーネの表情からも、大切なことを言うのだと察して、シゲルは真剣な表情になって聞く体勢になった。
そんなシゲルに、ディーネは苦笑を見せながら言った。
「そこまで身構えなくても……まあ、気持ちは分からなくはないけれどね」
そう前置きをしたディーネは、先ほどから話題になっている真名を付ける際の制約について説明を始めた。
まず、真名を持てる精霊には限りがある。
具体的には、上級精霊以上でなければならず、真名が本当の意味で効力を持つのは、特級精霊以上でなければならないということだ。
精霊が真名によって縛られるのは確かだが、やはり精霊自身の強さにも関わってくるので、そうなるのは当然のことなのだ。
さらに、シゲルが予想した通りに、真名を付ける側にも制約はある。
「はっきり言ってしまえば、今シゲルが真名を付けられるのは、ラグ、リグ、シロだけよ」
ディーネがそう宣言すると、ラグは微妙な表情になった。
自分が外れなかったのは嬉しいが、ほかの契約精霊たちのことを考えると、素直に喜べないといったところなのだ。
シゲルも複雑な気持ちになりつつ、ディーネを見ながら聞いた。
「その理由は?」
そう聞いたのは、もしかしたら後からでも追加で付けられるかも知れないと考えたためだ。
「ラグたちは、最初に契約したお陰か、シゲルとの繋がりが強いから。それに、元が元だからね」
そのもって回った言い回しに、一瞬シゲルは戸惑ったが、すぐに納得して頷いた。
ラグたちは、そもそもが『精霊の宿屋』から生まれた精霊になる。
そういう意味ではスイやサクラ辺りも同じなのだろうが、それはディーネが前半に言ったことと関わってくる。
シゲルからすれば、時間的にはさほど変わらないのだが、それが大事なのだということはわかる。
そこまで考えたシゲルは、ため息をつきながら言った。
「できるだけ差は付けたくないんだけれどね」
「こればかりはどうしようもないわよ。いずれ付けられるようになるかも知れないんだから、それまで待ちなさい」
少しばかり厳しい顔になってそう言ってきたディーネに、シゲルは素直に頷いた。
そもそも、無理やり真名を付けるつもりはなかった。
それに、将来付けられる可能性があると示唆されただけでも、回答としては十分だ。
頷いているシゲルを見ながら、ディーネはさらに続けて言った。
「普通は、三体も同時に真名を付けられるはずがないのだけれどね」
「そうなの?」
「そうよ。少なくとも、今まではそうだったわね。シゲルが、その前例を覆すことになるのだけれど」
さすがは導師といったところかしらと、混ぜっ返すように続けてそう言ってきたディーネに、シゲルとしては苦笑を返すことしかできなかった。
半分冗談だということは分かっているが、事実であることは間違いないだけに、否定することもできない。
微妙に恥ずかしがっているシゲルを見て、ディーネはわずかに笑みを見せた。
「ラグもあまり気にしないことね。ほかの子たちも、貴方たちがシゲルにとっても『精霊の宿屋』にとっても特別な存在だということは、十分に理解しているでしょうから」
「それは、そうなのかも知れませんが……」
そう言いながら複雑な表情を見せるラグに、ディーネは首を左右に振った。
「おやめなさい。変に同情をしても、それが逆効果になることもあるのよ」
叱りつけるように言ってきたディーネに、ラグははっとした表情になってから一度だけ頷いた。
親子のようなそのやり取りを見て、シゲルはほっこりとした気分になりつつ、それは顔に見せないようにしながら聞いた。
「やっぱりラグたちは特別なんだ?」
シゲルとしては、あまり意識はしないようにしていたが、それでもやはり最初の三体の契約精霊には特別な思いがある。
ただ、ディーネの言い方だと、それ以外にも理由がありそうに聞こえたので、そこが気になったのだ。
シゲルの問いに、ディーネは頷きながら続けた。
「それはね。だって、ラグたちは、『精霊の宿屋』に自然らしい自然がない状態から存在していたのよ。それこそ、その世界の原初の精霊だと言わんばかりに」
原初の精霊という表現がどういう意味を持つのかは、シゲルには分からない。
それでも、精霊たちにとっては大切な意味合いがあるということは、ディーネやラグの顔を見ればすぐにわかった。
「――なるほどね」
それだけ言って、それ以上を聞こうとしないシゲルに、ディーネは不思議そうな顔をした。
「原初の精霊について聞かないの?」
「うーん。最初にイメージを植え付けられるよりも、まずは自分から調べたほうがいいかなと思ってね」
大精霊であるディーネから話を聞けば、それが答えだという認識が根付いてしまう。
それを防ぐためにも、一度は自分で調べたほうがいいだろうと、今すぐに確認するのは止めておくことにしたのだ。
原初の精霊というものが、精霊たちにとってはとても大切な存在であるということだと分かったからこその判断だった。
真名についてはこれでひとまず終わりです。
さすがに一気に全員につけるわけにはいきません。




