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(15)世界と精霊喰い

 ディーネに直接確認することは止めたシゲルたちだったが、祠の調査を諦めたわけではない。

 そもそも同じような祠は、ほかの遺跡にも遺っているわけで、別に王都の祠に居座って調べる必要があるわけではない。

 もっといえば、当時の資料が残っている遺跡で調査をしたほうが早いのは、少し考えればわかることだ。

 というわけで、シゲルたちは、数日を王都で過ごしてから水の町へと向かった。

 王都で過ごしたのは、写本用に渡した本を返してもらったり、水の町で長期滞在することを考えて、そのための準備を行ったりしていたためだ。

 その数日の間に、たっぷりと婚約者たちと過ごすことになったシゲルだったが、それはわりといつも通りの出来事である。

 

 そんなことをやりつつ、シゲルたちは水の町へと入っていた。

 この頃になると、シゲルもなんとか古語を読めるようになってきているので、しっかりと資料を探す手伝いをするようになっている。

 とはいえ、ずっと資料を読みっぱなしというのも疲れるので、シゲルは『精霊の宿屋』の調整を行っていた。

 かなり大きな面積を持つようになった分、細かい場所の整理はまだまだ残っている。

 広さが拡大して芝だった部分を、自然らしい風景に置き換えるのは終わっているのだが、見ていてなんとなく気になる部分というのは出てくる。

 

 そんな細かい調整を行っていたシゲルだったが、ふと思い出したような顔になって呟いた。

「――そういえば、ここにいても外敵は来るんだよな」

 誰に向かって言ったわけではないが、一緒の部屋で資料の調査をしていたマリーナがその呟きに反応した。

 ちなみに、この時のマリーナもシゲルと同じように休憩をしていて、のんびりと飲み物を口にしていた。

「そうなの? でも、それがどうかした?」

 マリーナは、シゲルが言ったことの意味が分からずに、軽い調子でそう聞いてきた。

 

 ちょっとした思い付きの呟きが聞かれたとは考えていなかったシゲルは、少しだけ慌てた様子で首を振った。

「いや、大したことではないと思うんだけれどね。ここで精霊喰いなんて見たことがないのに、『精霊の宿屋』にはしっかりと来るんだなと思っただけだよ」

「それは――確かに少し変……かしら?」

 途中でシゲルの言いたいことを理解したマリーナは、首を傾げつつ一度だけ頷いた。

 

 シゲルたちが今いる場所は、水の大精霊(ディーネ)が支配していると言ってもいい場所だ。

 そんな場所では、当然というべきか、シゲルたちは精霊喰いの姿なんて見た覚えはない。

 それなのに、『精霊の宿屋』にはしっかりとそれらが来ていることが、奇妙だということだ。

 ディーネに見つからないところを通って『精霊の宿屋』に来ているとも考えられなくはないが、少し不思議だとシゲルが考えたのは不自然なことではない。

 現にマリーナも、納得するような表情を浮かべている。

 

 ただ、すぐにマリーナは首を左右に振って反論(?)してきた。

「そもそも、『精霊の宿屋』に外敵がくる仕組みも詳しくは分かっていないのよね? 私たちは、それに精霊喰いが入るところを見ているわけじゃないし」

「まあ、それもそうか」

 マリーナの言葉に、シゲルもすぐに頷いた。

 

 そもそもシゲルは、『精霊の宿屋』がどういう形で存在しているのか、わかっていない。

 まさかシゲルの体の中に入っているわけでもないし、これほど広大な『世界』が一緒にくっついて来ているわけでもないだろう。

 今のところ漠然と考えているのは、『精霊の宿屋』の世界は別の場所に存在していて、シゲルはその世界に繋げるための道を持っているということだ。

 そう考えれば、精霊喰いがシゲルたちの目に留まらないというのも普通のように思えてくる。

 『精霊の宿屋』に来ている精霊喰いは、シゲルたちのいる世界を経由せずに、直接攻撃しに来ているというわけだ。

 その考えが正しいかどうかは調べようがないので分からないが、シゲルの中では一番しっくりくるものだった。

 

 一人で納得しているシゲルに、マリーナが首を傾げつつ聞いてきた。

「でも、なぜ突然そんなことを?」

「いや、本当にいきなりっていうのもあるけれど、ディーネが精霊喰いから遺跡を守っているということを考えていたら、そんなことが思い浮かんできてね」

「なるほどね」

 シゲルの考えがわかったマリーナも、納得顔で頷いた。

 

 過去の文明が精霊喰いによって滅ぼされたのかはまだ分からないが、資料の中でところどころに精霊喰いについて触れている部分もないわけではない。

 それらの文章を読んでシゲルがそちらに思考が向いてしまったのは、不思議なことでもなんでもない。

「まあ、いいや。本当にただの思い付きだったし。それに、たとえどこから経由して来ていたとしても、実際に対処をしなければいけないことだしね」

 シゲルはそう言いながら護衛についていたシロに視線を向けた。

 その視線に気づいたシロは、伏せていた身を起こしてシゲルに近寄ってきた。

 

 シロの背中を撫でているシゲルを見て、マリーナは少しだけ笑いながら言った。

「そうね。でも、精霊喰いが別の世界? ……か、別の場所にも同時に来られるとなると、少し考えを改めないといけなくなるわよ?」

「うん? どういうこと?」

「もし精霊喰いが同時多発的に出て来られるのであれば、複数の町に一気に襲ってきたと考えてもおかしくはないでしょう?」

「それは……確かに」

 一瞬否定しようとしたシゲルだったが、少し考えて同意した。

 

 シゲルが一度は否定しかけたのは、これほど高度な文明を滅ぼせるほどの精霊喰いが来たとは考えづらかったためだ。

 一度のそれほどの量の精霊喰いが来られるのであれば、いまの文明などとっくに滅んでいてもおかしくはない。

 ただし、それはシゲルたちがいる世界から見た事情であって、精霊喰いには精霊喰いの事情があるかも知れないと思い直したのである。

 精霊喰い側にどんな事情があるかは、あくまでも想像の範疇でしかないが、いくつか思い浮かべることはできる。

 ただ、それを検証するための手段がなにもないため、確定することは難しい。

 

 そんなことを考えたシゲルは、ため息をつくように言った。

「そもそも、精霊喰いがなんの目的でこちらの世界に来ているかも分からないしねえ」

「あら。本当に名前の通り、精霊を食べに来ているのではないの?」

 マリーナがそう聞いてきたが、顔を見れば本気でそんなことを考えているわけではないことは、すぐにわかる。

「真っ先に精霊のいるところに向かっているからそういう名前が付いたと思うけれど……実際はどうなんだろうね?」

「さすがにそれは、誰もわかっていないと思うわよ? ……大精霊や神々を除けば」

 精霊喰いの考えなど、人族に分かるはずもない。

 それを知っているとすれば、マリーナが言ったとおりの存在だけだろう。

 

 一瞬、水の町にいるんだからディーネにでも聞いてみようかと考えたシゲルだったが、すぐに思い直した。

 最近、大精霊たちを頼りにしようとする思考に傾いている気がしたのと、やはり自分たちで調べるのが筋だろうと考えた……のだが、その考えは一瞬で崩れ去った。

「あら。さすがにそれは、私たちも分からないわよ?」

 シゲルの背後から答えが、そう聞こえてきたのだ。

 勿論、そう言ってきたのは、ディーネであった。

 

 突然のディーネの出現に、少しだけ驚いたシゲルだったが、すぐに気を持ち直してそちらを見た。

「そうなんですか」

「そうなのよ。ただ、この世界を壊そうとしているということだけは、間違いないようだけれどね」

 ディーネがそう言うと、シゲルとマリーナは同時に顔を見合わせた。

 それは、以前にも話をしたことがある某宗教団体と同じような考え方だったためだ。

 

 その二人の様子を見ながら、ディーネはさらに続けて言った。

「精霊喰いがなぜそんなことをしてくるのかは、分からない。でも、現れるたびに世界を壊そうとしていることだけは確かよ。それは、シゲルもよくわかっているでしょう?」

 含みを持たせてそう聞いてきたディーネに、シゲルは少しの間意味が分からずに首を傾げた。

 だが、目の前に移動してきたシロを見て、すぐになんのことか理解した。

 『精霊の宿屋』に来ている精霊喰いも、部分部分ではあるが自然――すなわち世界を壊して行っている。

 それを考えれば、精霊喰いが世界を壊す目的で出現しているというのも、間違いではないということは確かだと思える。

 

 精霊喰いの目的はディーネのお陰で分かったが、それ以上のことはさすがの大精霊もわかっていないということだった。

 それは直接ディーネの言葉から聞けて判明したのだが、精霊喰いについてのそれ以上のことは、結局わからないままなのであった。

シゲルも大精霊たちが情報を小出しにしていることは分かっていますが、今はまだ必要のないことだと理解して、深くは突っ込んで聞いていません。

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