(7)狂人?
シゲルの見解を聞いたラウラは、すぐに夕食の席で話をしようと提案してきた。
シゲルとしても反対する理由はないので、同意しつつその場での精霊喰いと文明の興亡についての話は終えた。
そして、その日の夕食の席で、シゲルはラウラに話した内容と同じことを他の三人にも話した。
そのシゲルの話を聞いた三人の反応はといえば、
「なるほど。精霊喰いのせいで文明が滅びた、か」
「やっぱりその可能性はあるのかな?」
「どうかしら? 全くないというわけではない、とは思うけれど……」
と、ラウラの時とは対照的に、意外と冷静に受け止めていた。
自分とは違った反応に、ラウラは不思議そうな顔でフィロメナたちを見た。
「……驚かないのですか?」
「あー、そうか。ラウラは知らなかったか。実は、そんなことを主張する一派もなくはないんだ。……色物扱いされて、ほとんど相手にされていないが」
なんともいえない顔になってそう言ったフィロメナを見て、ラウラは首を傾げた。
「そうなのですか。私は、初めて聞きました」
「そうでしょうね。ラウラの場合は、むしろ別の理由でその一派のことは知っているのではないかしら?」
フィロメナに続けるように、マリーナがそう言ってきた。
そのマリーナの言葉に、ラウラはさらに意味が分からないという顔になった。
「別の理由、ですか? ……まったく分からないのですが」
「でしょうね。その人たちの主張は、世間一般――というよりも、宗教関連の団体からは認められないものだから」
マリーナのその台詞を聞いたシゲルは、なんとなくこの先の話が分かって渋い顔になった。
「うえ。なんとなく嫌な予感がするよ……」
「恐らくその予感は当たっているわよ。なにしろその人たちは、現在の世界を支配している神はまがいもので、真の神は別にいるという主張をしているから。精霊喰いはその先兵ってところかしらね」
「……そちらの理由でしたか」
マリーナの説明を聞いたラウラは、納得の顔でそう言いながら頷いた。
精霊喰いが真なる神の使いで、現在の世界をやり直すための先兵だということを主張する団体の話はラウラも聞いたことがある。
勿論、そんな主張をする団体を各国や各種宗教団体が認めるはずもなく、今では細々と活動を続けているはずだ。
ある意味危険思想に近い考え方をしているので、変に入り込まれたりしないように、王女教育の一環として教えられていた。
ただし、教えられたといってもほんの触りの部分だけで、細かい教義までは教えられていない。
それは現王であるアドルフも同じようなはずだ。
逆に、フィロメナたちが何故知っているかといえば、単にその手の話に詳しいマリーナから話を聞いていたからである。
その話を聞いた時も、完全に色物扱いをしたうえでの会話だったのだが。
女性陣の顔を見て、その団体がどんな扱いを受けているのかを理解したシゲルは、混ぜっ返すように言った。
「なんだ。つまりは、自分の主張はその頭のおかしい団体と一緒ってことか」
「……シゲル。それは冗談にもならないぞ?」
「あら。それはごめんね」
ジト目でそんなことを言ってきたフィロメナに、シゲルは肩をすくめながらそう応じた。
シゲルとフィロメナのやり取りで、多少それまであった呆れたような空気感が薄れたところで、マリーナが真面目な顔になって言った。
「ただ、団体の是非はともかくとして、精霊喰いが文明を滅ぼしたという主張そのものは、きちんと精査されたことがあったはずよ」
「え、そうなのですか」
ラウラとしては、そんなおかしな団体なので、主張そのものも無視されていると考えていた。
「真なる神の存在はともかくとして、精霊喰いが厄介な存在であることは間違いないから。文明の興亡に精霊喰いが関わっていると考える者が、他にいてもおかしくはないでしょう?」
それはそれでもっともな話だったので、ラウラは納得した顔で頷いた。
そのラウラを見ながら、マリーナはさらに続けて言った。
「ただ、残念ながらその結論は、あり得ないというもので落ち着いていたはずよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
マリーナの説明に、シゲルはそれもそうだろうなと頷いた。
「あら。否定されたのに、落ち着いているわね」
「そりゃあね。世界中……かどうかはともかく、当時は大陸内に広まっていた高度な文明が、精霊喰いの攻撃だけで滅びるってよほどのことだからね」
「そういうことね」
ある意味で冷静なシゲルの分析に、マリーナもそう言いつつ頷いた。
精霊喰いの攻撃は、あくまでも一部分での災害のようなものでしかない。
それこそ火山の大噴火のようなことが起こらなければ、大陸全体に広まっているはずの文明に影響を及ぼすなんてことは考えられないというのが結論だった。
さらにいえば、いくらその当時にあった国を滅ぼしたとしても、技術や知識が完全に失われるようなことがあるのかという疑問もある。
精霊喰いの攻撃だけでは、その部分の説明がつかないというのが、現在の一般的な解釈なのだ。
当然、シゲルもそのことは考えていた。
それを理解した上で、ラウラに精霊喰いの話をしたのだ。
「確かに、今の精霊喰いみたいに、一カ所で発生してその場を荒らしていると思われていると、精霊喰いが文明を滅ぼしたと考えるのは違和感があるね」
「……なに?」
フィロメナは、すぐにシゲルの言いたいことが分かった。
その上で、信じられないという思いが先に立って、思わずそう聞き返してしまった。
シゲルが他の面々をみれば、似たような顔になっていた。
その反応の意味をきちんと理解してから、それでもシゲルはさらに続けて言った。
「そう。精霊喰いは、魔物の暴走みたいに、一カ所だけで発生していると考えるのが間違っているとしたら?」
シゲルは敢えてそこで一度言葉を区切った。
きちんと言葉が各自に浸透して、その上で話をしたほうがいいと考えたのだ。
精霊喰いが各所で発生していて、それに精霊たちが対処をしているということは、すでにフィロメナたちも理解をしている。
だが、その精霊の対処が間に合わないほどの精霊喰いが来た時に、一種の災害のようなものとして、国が対処する事態になる。
その精霊の対処が間に合わない事態というのが、世界各所で起こったときには……?
シゲルが言いたいのはそういうことだった。
さらにシゲルは、それを裏付けるための証拠のようなものを自分自身で持っていた。
「そもそもおかしいと思わない? なぜ『精霊の宿屋』みたいな小さな場所にも、精霊喰いが出ていたのかって」
今でこそ『精霊の宿屋』は、広大な土地がある。
だが、それ以前の広さでも精霊喰いは来ていた。
それらは精霊が対処できているとはいえ、それ自体が世界中で精霊喰いが発生している証拠のようなものだ。
その説明に、それぞれで吟味しているフィロメナたちを見ながら、シゲルはさらに続けて言った。
「そのおかしな団体と同じ主張するわけじゃないけれどね。もし、精霊喰いの裏に、それらをまとめる存在がいたとしたら? そんな存在がいれば、この世界で文明が発達しすぎるのを嫌うというのは、普通にあり得ることだと思わない?」
そのシゲルの主張を聞いて、フィロメナたちは完全に沈黙してしまった。
そして、それを見たシゲルは、おどけるように肩をすくめて見せた。
「……なんて主張をすると、本当に頭がおかしくなったと思われても不思議ではないよね」
わざとはぐらかすような言い方をしたシゲルを見て、その場の空気が少しだけ緩んだ。
シゲルの言葉に、フィロメナは一度大きく深呼吸をするようにため息をついた。
「確かに、そんな話を表ですれば、狂人扱い間違いなしだな。それがいくらシゲルであっても」
「いや、むしろ名が広まっているシゲルだからこそ、じゃない? 私たちも似たようなものだと思うわよ?」
フィロメナの言い分を否定するように、これまで黙って話を聞いていたミカエラがそう言った。
世界を脅かすよな強大な存在というのは、どこの世界でも主張されるものだが、そんな主張をする者は大抵が狂人扱いされて終わりだ。
それは、その主張をする者がどんな地位や名誉を持っていたとしても同じことである。
そんなことになるのが分かり切っているので、当たり前だがシゲルも今の話はこの場で終わらせるつもりだ。
もし表に出すとすれば、それは明確な証拠が揃ってからということになるだろう。
それまでは、この場の冗談のノリで話した雑談だということで終わらせるつもりなのであった。
下手に話を広めるような真似はしません。




