(6)外敵の対処
『精霊の宿屋』の拡張で起こった問題は、精霊力が足りなくなったことだけではない。
初期精霊がいるお陰で、どうにか外敵の監視はできているのだが、それでもやはり対応するのには遅れが出ている。
そもそもラグたちが使える配下の精霊は、そこまで強い精霊というわけではない。
そのため、外敵が出た時には近くにいる上位の精霊に連絡をすることくらいしかできない。
また、そうするように指示をしている。
どうしようもないときには配下の精霊が手を出すこともあるが、基本的には連絡要員として動いてもらっているのだ。
配下の精霊が外敵を見つけて、ほかの精霊に知らせるまでには当然ながら時間差が生じるため、その間に外敵にその場所が荒らされるのである。
そうした場所の修復でも精霊力を使うため、なかなか大規模な改修はできないというのが現状だ。
それでも、着実に目標通り改修が進んでいるので、シゲルとしてはこのまま進めていくつもりでいる。
というよりも、それしか方法がないとシゲルは考えていた。
さらに、外敵に関する問題がもう一つあった。
それは、出て来る外敵の種類が変わったのだ。
もっと具体的にいえば、基本的な強さが強くなり、数も増えてきたのだ。
「――一応倒せてはいるみたいだけれど……問題はない?」
外敵の処理が終わって『精霊の宿屋』を確認していたシゲルは、護衛役のラグを見ながらそう聞いた。
そのシゲルの問いに、ラグは少しだけ考えるような顔になってから答えた。
「倒せるか倒せないかでいえば、倒せます。……ですが、やはり影響がないわけではありません」
珍しく回りくどい言い方をするラグに、シゲルはやっぱりかと頷いた。
ラグの性格上、本当であれば問題ないと答えたいところなのだが、現状では問題ないと答える方が問題が大きくなる可能性がある。
見栄を張って嘘の報告をするよりは、きっちりと正確なことを答えたほうがいいというラグの葛藤がその言葉に現れていた。
シゲルもそのことを十分に理解しているので、当たり前だがラグを責めるようなことはしない。
というよりも、ラグを責めてもどうしようもないことはシゲルもよくわかっている。
そんなことよりも、外敵に対してどう対処するかを考えたほうが建設的だ。
腕を組んでしばらく考えていたシゲルだったが、結局根本的な解決につながるような方法は思いつかなかった。
「仕方ない。とりあえず、必ず中央にはラグたちがいて貰って、四方向の真ん中あたりにほかの契約精霊がいてもらうことにするか」
初期精霊三体を除いた契約精霊は、一体でもどうにか外敵に対処できる能力は持っている。
そのため、援軍が駆けつけてくるまでは、なるべく『精霊の宿屋』に被害が出ないように外敵を振り回す役目をしてもらうことにする。
絶対に被害が出ないようにすることはできないが、それでもなにもしないでいるよりは遥かにましだ。
対処療法的な方法でしかないが、それで様子を見ることにした。
シゲルの出した結論に、ラグは真面目な顔で頷いた。
「わかりました。……ですが、ノーラ辺りは各場所に工房を欲しがると思います」
「それはね。必要経費だと思うよ」
ラグの言葉に、シゲルは笑いながら頷いた。
ノーラを筆頭に、『精霊の宿屋』の管理についている契約精霊たちは、時間があればなにかの作業をしていることが多い。
そのため、その作業を行うための場所が欲しいと要求されるのは、最初から織り込み済みだ。
ついでに、各方面に拠点を作れば、その建物が精霊たちのセーフハウスにすることもできる。
勿論、訪れているすべての精霊が入ることはできないが、一時的な避難場所があるというだけでも安心できるものだ。
「……ノーラがますます忙しくなるね」
「むしろ、作れるものがたくさんできて喜ぶのではないでしょうか」
シゲルの言葉に、ラグが笑いながらそう答えた。
その様子が目に浮かぶようで、シゲルも笑いながらそれに頷き返した。
これまでは厄介な面に注目してきたが、実は外敵の内容が変わってよかったこともある。
「救いなのは、新しいドロップが増えたことかな?」
これまでもドロップ自体はあったのだが、現在と比べると種類も量も段違いに少なかった。
それらのドロップは、外敵の時に使うための道具や回復薬、さらには建材に使えるような希少物質など多岐に渡る。
「はい。お陰でいろいろなことができるようになりました」
そのことには、実際に外敵の対処をしているラグも嬉しいのか、にっこりと笑いながらそう答えてきた。
ラグは初期の頃からポーションを作っていたが、それは現在でも続いている。
それらのポーションの材料も、ドロップの中に含まれているのだ。
外敵の存在自体はやっかいでも、ドロップの存在はありがたい。
それらのドロップは、基本的に外敵を対処するために使われているので、そもそも外敵が出てこなければ必要ないともいえる。
卵が先か鶏が先かの議論になってしまうが、外敵が出て来るものと決まっている以上は、ある物は使うという精神(?)が大事である。
それに、やはり出来ることが増えるのはうれしいのか、外敵に悩まされているラグもこれは喜ばしいことなのだ。
ラグと外敵に関しての話を終えたシゲルは、再び『精霊の宿屋』の調整へと戻った。
精霊石は日々貰えているので、出来ることは結構あるのだ。
こまめに調整をしていかないと、その分後の作業がドカンと来ることになる。
長期休みの宿題もまとめてではなく、コツコツとこなすタイプだったシゲルは、ここでも同じようなことをしているのであった。
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『精霊の宿屋』の調整を終えたシゲルは、その日の夕食の準備のために台所へと向かった。
するとそこで、同じようなことを考えていたのか、ラウラとばったりと顔を合わせることになる。
もっとも、シゲルとラウラは食事担当となっているので、こうしたことが起こるのは珍しくはない。
ちなみに、現在の食事の味は、シゲルに合わせてある。
これはラウラがシゲルに合わせているというよりは、全体の意見を加味してのことだ。
なんだかんだで、マリーナやミカエラもシゲルの作る食事を好んで食べているのだ。
簡単に今回はなにを作るのかを話したシゲルとラウラは、作業を進めながら雑談をしていた。
その際に、『精霊の宿屋』についての話が出てきて、ラウラがこんな疑問を口にした。
「それにしても、精霊喰いと呼ばれる存在が、人工物に向かうというのは不思議なものですね」
「確かに、言われてみれば」
ラウラの感想を聞いたシゲルは、そう答えながら頷いた。
外敵の対処に追われていて、そのことに気付いていなかったのだ。
『精霊の宿屋』に来る外敵は、平均的に来ているわけではない。
特に南東にある村もどきに建物が増えてからは、そちらに重点的に来るようになっていた。
勿論、すべての方角に来ているので絶対というわけではないが、何故か人工物を目指しているように見えるのは確かだった。
精霊喰いという名前から考えれば、精霊が多くいるところを目指してもよさそうなものだが、そう考えると不思議な現象だ。
これまで考えたことがなかったことを言われたシゲルは、作業の手を休めることなく、うーむと考え込んだ。
その様子を見て、ラウラが少しだけ慌てた様子で付け加えた。
「まだ、外敵も増えたばかりで、たまたまそちらに偏っているだけかも知れませんから、結論付けるのは早いと思いますよ。自分で言っておいてなんですが」
ラウラとしてはただの話題の種として、直感的に思ったことを言っただけなのだ。
それをシゲルが意外に真面目に受け取ったので、少しだけ慌てることになってしまった。
だが、そんなラウラに、シゲルは首を振りながら言った。
「いや。そもそも自分がそう感じていることを口にしているんだから、あながち間違いではないよ。…………それに、もしかしたらと思うことはある」
「もしかしたら……?」
シゲルの言いたいことが分からずに、ラウラは首を傾げながらそう繰り返した。
「うん。これはなんの証拠も確証もないことなんだけれど…………ひょっとしたら、過去に文明がつぶれた理由って、それなんじゃないかなと」
「それって……まさか?」
シゲルの言いたいことが分かったラウラは、ひどく驚いた顔になっていた。




