(3)精霊育成師
マリーナの言葉は今更なことといえば今更なことだが、改めてきちんと言葉にしたということが大きい。
これまでシゲルは、ほかの精霊使いと同じ存在だと思われていた。
だが、最初から別の存在だと認識されれば、大精霊を呼び出すことができるという普通では考えられない状態も上手く説明することができる。
それがシゲルにとって良いことなのか悪いことなのかは別として、少なくとも周囲の認識を改めさせることは可能なはずだ。
「精霊を育てる……いや、育てられる者、か。精霊使いとは全く別の存在とすると、例えば精霊育成師といったところか?」
フィロメナがそう感想を漏らすと、マリーナが少し驚いたように目を見開いた。
「あら。フィーにしては、随分とまともな名前を付けたわね」
「待て。なんだ、その意見は。私はいつもまともじゃないか?」
フィロメナがぶぜんとした表情で文句を言ったが、その彼女と視線を合わせる者はいなかった。
名前を付けるということに関して、フィロメナが時にちょっとだけ(?)世間一般とずれているということは、このメンバーには周知の事実なのである。
周囲の反応に不満そうな顔をフィロメナを余所に、ミカエラが笑顔を浮かべながら言った。
「フィーの名付けに関しては置いておくとして、シゲルを精霊育成師とするのはいいんじゃない? むしろ、そっちのほうがしっくりと来るわよ」
普通の精霊使いでは、精霊を育てることはできない。
精霊育成師になれば、精霊を育て、強くすることができる。
そう説明ができれば、シゲルの元に多くの精霊が集まっていることも、その精霊が強くなっていることも説明ができる。
その部分を世間一般に周知するかどうかはともかくとして、精霊使いとの明確な差を示すことができれば、シゲルのある意味異常さも説明することができるのだ。
それは、魔王を倒した(せる)者が勇者と呼ばれるようになるのと、同じようなことだ。
シゲルが特別な存在だと示せれば、これまで以上に余計なちょっかいをかけてくる者も減るだろう。
勿論、それが余計にトラブルを招く可能性も無きにしも非ずだが、それはこれまでと変わることはない。
「もうシゲル様も実力を隠すつもりがないのですから、いっそのこと改めてそう名乗ってもいいかもしれません」
ラウラのその言葉を聞いたシゲルは、なんとも言えない顔になった。
「いや、精霊育成師という名前は別にいいんだけれど、それを自分から名乗るというのは……」
さすがに自意識過剰ではないかと思ってしまったシゲルは、少しだけ腰が引けた様子でそう答えた。
それを見た女性陣四人が、一度だけ顔を見合わせてから口々に言った。
「そういうことなら、私たちに任せておけ」
「そうよ。エルフは私が受け持つわ」
「それなら、私はフツ教担当かしら?」
「わたくしは、ホルスタットの城内といったところでしょうか」
これで、少なくともホルスタット王国内は、シゲルが精霊育成師として認識されるようになるはずだ。
あとは、シゲルがゴーサインを出せば、それが実行されることになる。
四人から期待されるような視線を向けられたシゲルは、それならと頷いた。
先ほども言ったとおりに、自分から名乗るのが恥ずかしいだけで、精霊育成師と呼ばれることに抵抗があるわけではないのだ。
そもそも精霊がいないとされる世界から来たものとしては、精霊使いだろうが精霊育成師だろうが、大した違いはないのだ。
もっとも、精霊使いであるミカエラからは、大違いだと言われているのだが。
シゲルが同意したことで、そのミカエラが満面の笑みを浮かべて言った。
「あー、これでやっとすっきりした気がするわ」
「うん? なにがだ?」
話の流れが分からずに首を傾げるフィロメナに、ミカエラがさらに続けて言った。
「シゲルを見ていて普通の精霊使いとは違うと思っていたけれど、改めてやっぱり違うんだと思ったってこと。あっ、別にシゲルを責めているわけじゃないからね?」
「わかっているよ」
慌てて自分を見ながらフォローしてきたミカエラに、シゲルは苦笑しながらも頷いた。
時にミカエラは厳しい突っ込みを入れてくることがあったが、それはシゲルのためであったということはよくわかっている。
ただ、シゲルの中にある常識とのすり合わせが上手くいっていなかっただけなので、シゲル自身の問題だったのだ。
精霊育成師と呼ばれることによって、シゲルに変化があるかはまだわからない。
ただし、確実に世間の見る目は変わってくるはずだ。
それが良い方向に変わるかだどうかはまだ分からないが、そこは周囲にいる自分たちが上手く対応していけばいいと、女性陣はそう考えるのであった。
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話し合いが終わった後、ラグと一緒に自室に入ったシゲルを見送ったフィロメナは、マリーナとラウラに意味ありげな視線を送った。
「シゲルの同意を得たので、精霊育成師としての名を広めるのは決定として、二人は分かっているな?」
敢えてシゲルがいなくなってからフィロメナが、こんなことを言い出したのには訳がある。
「分かっています。今以上に目立って、近づいてくる女性が増えるかも知れませんが、それは私たちが見張るしかないでしょう」
フィロメナの言いたいことを察したラウラが、そう言いながら頷いた。
そんなことを言い出したフィロメナを見て、マリーナがクスリと笑いながら返した。
「それにしても、シゲルならともかく、フィーがこんなことを言い出すなんてね」
そもそもシゲルは、女性関係に鈍いわけではない。
最初の頃のことを考えれば、フィロメナのほうがはるかに鈍いということは間違いない。
その自覚があるフィロメナは、憮然とした顔になってマリーナを見た。
「いいじゃないか。それに、シゲルも多分気付いているが、私たちが崩れたら意味がないからな」
三人の女性と同時に婚約しているシゲルだが、そもそもそれは女性たちの同意があって成り立つことだ。
こう言ってはなんだが、シゲルの寵愛(?)を巡って三人が泥沼の争いを繰り広げることになれば、その隙をついてくるほかの存在が出て来るかもしれない。
それは、シゲルがどうこうという問題ではなく、あくまでもフィロメナたち三人にある問題だ。
シゲルがいかに三人に気を配っても、それぞれが喧嘩をしてしまってはどうすることもできない。
幸いにして現在の三人の関係は、良好な状態を保っている。
その前提があるからこそ、フィロメナが言い出したことは意味があるのだ。
「まあ、フィーが成長したことはともかくとして、私もそれには同意するわ。変なところでシゲルに負担をかけるわけには行きませんからね」
フィロメナを揶揄っているマリーナだが、意見そのものに反対というわけではない。
むしろ積極的に同意する立場なのだ。
婚約者三人組のやりとりを他人事のように見ていたミカエラが、ここで口を挟んできた。
「他人事ながらに大変そうね。まあ、変な喧嘩別れなんかしないように気をつけてね」
「あら。私としては、あなたが一番最初に入ってきそうだと思っているのだけれど?」
混ぜっ返すようにそう言ってきたマリーナに、ミカエラは少しだけ肩をすくめて首を振った。
「前も言ったと思うけれど、多分それはないわね」
そう言って断言したミカエラに、他の三人は揃って不思議そうな顔をした。
それにしっかりと気付いたミカエラは、苦笑しながら答えた。
「シゲルを男性として見れないというわけじゃなくてね。今となっては、むしろ恋とか愛とかとは別の感情が強くなっちゃっているのよ」
「……なるほど。そういうことね」
ミカエラの言葉の意味に真っ先に気付いたのは、マリーナだった。
一度言葉を区切ったマリーナは、未だに意味が分からないという顔をしているフィロメナとラウラを見ながら続けた。
「ミカエラは、精霊使い……ではなくて、精霊育成師としてシゲルのことを尊敬して見ているのよ。そういう意味では、師としての視線で見ているってこと」
普段の言動からはにわかに信じられないが、ミカエラ自身もそのことに気付いたのは、先ほどの話がでてからだ。
ミカエラとしては、これではフィロメナのことを鈍いと言えないなと内心で突っ込みを入れているが、勿論それを顔に出すようなことはしていない。
マリーナの言葉に、ラウラが納得の顔になって頷いた。
「なるほど。師として尊敬の念が強すぎて、男性としては見れないかもしれないということですか」
「まあ、そういうことね」
たとえ相手が師匠だったとしてもそういう関係になることは、往々にしてありえる。
そのことを含ませて言葉にしたマリーナに、ミカエラもわかっていると言いたげな顔でそう答えるのであった。
これでやっと「精霊育成師」の名前が世間一般に広まることになります。
ミカエラはまあ、そんな感じですw




