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(17)大精霊と精霊神

 シゲルは、フィロメナたちへと話をした翌日にはエアリアルのいるところへと向かった。

 一緒についてきたのは、マリーナとラウラだけだ。

 ラウラは、侍女たちも連れてきてすらいない。

 アマテラス号のドッグは、完全に人が入ってくることがない上に、魔物も出てこないので護衛も必要がないとわかっている。

 敢えて大勢で行く必要はないとラウラ自身が断ったのである。

 既に婚約者となっているシゲルもいるということで、侍女たちは渋々ながらラウラに同意したのだ。

 

 それはともかく、マリーナとラウラが同行してきたのは、建前としては写本はどこでも出来るからということだった。

「紙と筆さえあれば、場所も取らないしね」

 とは、マリーナの弁。

 ラウラもそれに同意するように何度か頷いていた。

 それがただの建前で、単にシゲルと一緒に居たいだけではというのは、その場にいた誰もが思い浮かんだことだったが、それを実際に口にする者はいなかった。

 ただ一人、フィロメナだけは苦虫を噛み潰したような顔になっていたが。

 そのフィロメナは、魔道具作成の実験をするために家を離れることができなかったようだ。

 いくらアマテラス号の中に自室があるとはいえ、すべての道具を持ち込めるわけではないので、どうしようもないことだ。

 

 

 というわけで、オネイル山脈にあるアマテラス号のドッグに着いたシゲルたちは、さっそくエアリアルへと挨拶をしていた。

「また、よろしくお願いいたします」

「もちろんよ。メンテナンスは重要だからね」

 ドッグに入ってくるなり姿を見せたエアリアルにシゲルがそう言うと、当の本人はすぐに頷いてそう答えてきた。

 そもそもメンテナンスを出来るだけするようにと言っているのはエアリアルなので、それに対して文句を言ってくることはない。

 

 係留場所にしっかりとアマテラス号を泊めたシゲルは、改めてエアリアルを見ながら問いかけた。

「一つ質問なのですが……」

「土の居場所よね?」

 シゲルの問いかけに、エアリアルが少し食い気味にそう聞いてきた。

 

 さすがに話が早いと苦笑しながらも、シゲルは頷きを返す。

「はい。勿論、教えられないというのであれば、自分で探すのでいいのですが……」

「あら。そんなことくらい、なんの問題もないわよ。むしろ、来てほしいとうるさいから、さっさと行ってほしいくらいだわ」

「はあ。そうなんですか」

 エアリアルの回答に、シゲルは思わず気の抜けた返答をしてしまった。

 自分が大精霊たちに好まれているということは知っているが、会ったこともない大精霊にさえ話題にされているということが、不思議だったのだ。

 

 そんなシゲルに、エアリアルは笑いながら続けて言った。

「私が知っている土は、ネクロガンツ大洞窟にいるわよ」

 あっさりと土の大精霊の居場所を教えてくれたエアリアルだったが、シゲルは別のことが気になった。

「私が知っている……?」

 シゲルは、思わずそう口に出して言ってしまった。

 

 そのシゲルに対して、エアリアルは不思議そうな顔になって首を傾げた。

「あら、知らなかったの? 大精霊は各属性一体ずつじゃないわよ?」

 エアリアルがあっさりとそう言うと、シゲルは思わず後ろを振り返ってマリーナとラウラを見た。

 その二人とも、揃って首を左右に振った。

 どちらもそんなことは初めて聞いたという顔をしている。

 

 知らなかったのが自分だけじゃなかったことを確認したシゲルは、多少安堵した顔になってからエアリアルを見て言った。

「いえ、知りませんでした。では、大精霊はたくさんいるのですね」

「たくさんではないと思うわよ? 私も正確には把握していないけれど、二十もいないんじゃないかしら」

「そうなんですか?」

「多分、ね」

 大精霊と言えども、世界中のすべてを把握しているわけではない。

 ましてや、同類の大精霊が本気で隠れれば、探すのは困難なのだ。

 本気で探し出そうと思えば探せるだろうが、そこまでして隠れている同族を探し出すことをするつもりがない。

 そのため、大精霊の数を正確に把握しているのは、精霊神ぐらいではないか、というのがエアリアルの説明だった。

 

「シゲルだったらいずれ知ることができるかも知れないけれどね」

 少しだけ悪戯っぽい顔になってそう言ったエアリアルに、シゲルは首を左右に振った。

「いえ、いくらなんでもそれは……。いまのところこの大陸を飛び出すつもりはないですし」

「そう言うことじゃないわよ。もしかしたらシゲルだったら精霊神に会えるかもしれないってこと」

 なにやら確信めいた表情になっているエアリアルを見て、シゲルは思わず顔をひきつらせた。

 精霊神なんて存在と直接会うようなことになれば、また騒ぎの元になると考えての表情だった。

 

 エアリアルは、そんなシゲルの顔を見てもう一度笑みを浮かべた。

「まあ、あの方たちに会えるかは、色々なものが積み重なって、最後に運が絡まないと無理でしょうからね。いくらシゲルでも簡単に会えると思わないほうがいいわよ」

 エアリアルがそう言うと、なぜかシゲルの背後から二人分のため息が聞こえてきた。

 シゲルとしても内心で同じような気持ちになっていたので、それを責めるつもりは全くなかった。

 

 だが、ここで少しだけ間を空けてから、エアリアルが爆弾を落としてきた。

「――多分、ね」

「え、ええと、それはどういう…………」

「まあ、それはともかくとして、少しリグを借りて良いかな?」

 わざとらしいその誤魔化しに、シゲルはこれ以上の質問は無理だと判断して、すぐに首を傾げた。

 話のつながりが全くなかったのもそうだが、何故リグがここで出て来るのかがわからなかったのだ。

 

 頭の上に疑問符を浮かべているシゲルに、エアリアルがさらに続けて言った。

「ちょっとリグに教えておきたいことがあるのよ。一応言っておくけれど、精霊神に関することではないからね」

「はあ。まあ、構いませんが」

 リグはちょうどシゲルの護衛についていたので、ほかの精霊と交代する必要もない。

 この場所にいる限りは魔物に襲われる必要もないので、護衛はほかの契約精霊だけで十分である。

 

 

 シゲルが頷くのを確認したリグがエアリアルの傍に行くと、二人はすぐにその場から消えた。

 どこに行ったのかはわからないが、エアリアルが言うところの「なにか」を教えに行ったらしいとシゲルは判断した。

 そこで改めて、シゲルは後ろを振り返って未だ呆然としているマリーナとラウラを見た。

「ええと……なにか、とんでもないことを言われたような気もするんだけれど?」

「とんでもないこと、だけでは済まないと思いますよ、普通」

 シゲルの言い方にため息をつきながら、ラウラがそう応じた。

 

 マリーナは未だに意識をどこかに飛ばしたままだ。

 それも無理はないだろう。

 なにしろ、フツ教における神の一柱とされる精霊神に会える可能性を示唆されたのだ。

 信徒であるマリーナがこうなるのは、仕方のないことだと言える。

 むしろ、普通の信徒であれば、この程度では済まないはずだ。

 

 それでもいつまでもこの場所にいるわけにはいかないので、シゲルはマリーナの顔の前で右手を振って覚醒を促した。

「…………はっ!? なにか、あり得ない夢を見たような気が……」

「安心して。それはたぶん、夢じゃないから」

 現実逃避をしようとしたマリーナに、シゲルはそう返した。

 ここで誤魔化しても、いずれはばれることになる。

 それなら素直に事実を言ってしまった方がいいと考えたのである。

 

 シゲルの言葉で先ほどのやり取りが現実だったと認識したマリーナは、珍しく不満そうな顔になって言った。

「できれば、夢のままにしておいてほしかったわね」

「エアリアルのあの言い方だと、それをすると後で困ったことになると思うけれど、それでもよかった?」

 確信をもってそう言ったシゲルの言葉に、マリーナは困ったような顔になってから首を左右に振った。

 どうあがいても逃れられないということは分かっているが、それでも抵抗したくなることもあるのである。

 

 

 マリーナを正気に戻した後は、アマテラス号のメンテナンスが終わるまでそれぞれの作業を行うことになっている。

 そして、シゲルが『精霊の宿屋』の調整を行っているときに、エアリアルに連れていかれたリグが返ってきたが、特に詳しい話を聞くことはしなかった。

 帰ってきたリグの顔を見て、精霊神に関することではないことはすぐにわかった。

 それどころか、何故か顔を赤らめながら自分シゲルを見てくるリグを見て、シゲルはなにやら余計なことを吹き込まれたと確信していた。

 リグらしからぬ態度も、その考えに拍車をかけることになる。

 けれども、必要なことであれば話してくれるという確信もあったため、シゲルはリグにエアリアルからなにを教えられたのかを聞くことなく、過ごすことになるのであった。

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