(13)写本願い再び
初期精霊三体が特級精霊に変わり『精霊の宿屋』が変化していく一方で、そのほかのことに関しては、順調に進んでいた。
森の遺跡で写本用の原本を手に入れたシゲルたちは、フィロメナの家に戻って数日空けてから再び王都へと向かった。
そして、王都に着いたシゲルたちは、ラウラの先導のもとで一度彼女の部屋へと入った。
シゲルのところに嫁ぐことになって王族としての身分がなくなるとはいえ、王の娘という立場までは失っていない。
そのため、王城の個人の部屋に戻るのは、面倒な手続きなしでできるようになっている。
ただし、そこから先の王に会うための手続きは、ほかと変わらない。
きちんとラウラの侍女を通して面会の申し込みをしたうえで、王からの返答を待つのがこれまで通りのやり取りである。
というわけで、シゲルたちはしばらくの間、ラウラの部屋で取り留めもない会話をして楽しんでいた。
シゲルたちがラウラの部屋で会話をしていると、すぐに王からの返答が来た。
それによると、どうしても外せない用があるのですぐには会えないが、今から二時間後に来るようにということだった。
普通であればありえないほどの速さの対応だが、もともと勇者であるフィロメナのことを重視しているアドルフらしい対応といえる。
とにかく、アドルフからの返答を聞いたシゲルたちは、時間が来るまでラウラの部屋で寛いでいた。
そして、迎えが来るのを見計らって、ちょっとした準備を開始するのであった。
案内の者に通された部屋では、すでにアドルフが待っていた。
事前の連絡で、アドルフはシゲルたちと会う前に、他国の使者と会っていたと知っていたので、さほど驚きはしなかった。
シゲルたちが案内された部屋は、そのときの会談で使った場所なのだ。
部屋の中央で待っていたアドルフに対して、ラウラが開口一番にこう言った。
「父上、随分とお疲れのようですが?」
ラウラのその言葉を聞いて、シゲルは内心で驚いていた。
シゲルから見る限りでは、そんな様子には全く見えなかったのだ。
ただ、それはアドルフにとっても同じだったようで、少し驚いたような顔になりながらラウラを見た。
「そうか? そんなつもりは全くないのだがな?」
その答えを聞いたラウラは、少しだけ顔をしかめた。
「そうですか? では、今すぐに母上のところに顔を見せに行きますか?」
「いや、それは……さすがに無理だろう?」
ラウラの言葉に、アドルフは一瞬考える様子を見せてからそう答えた。
王妃という立場であるがゆえに、ラダもまたアドルフと同じくらいには忙しい身なのだ。
そんなアドルフに対して、ラウラは真顔で答えた。
「そうですか? 父上が疲れていると言ったら、飛んでくると思いますが?」
「……わかった。吾が悪かった。疲れているのは認めるから、ラダを呼ぶのは止めてくれ」
白旗を上げるように両手を挙げてそう言ったアドルフに、ラウラは満足げな表情で頷いた。
その娘の顔を見て苦笑しながら、アドルフはシゲルたちにソファに座るように促した。
「それで? 今回はなにがあった……と本来なら聞くべきだろうが、意味はないだろうな。写本用の原本を持ってきてくれたのだろう?」
すでにノーランド王国のユリアナ女王から話を聞いていたのか、アドルフがいきなりそう言ってきた。
一国の王同士ともなれば、遠距離であっても魔法を使って会話ができるのだ。
こうなるだろうということは、すでにラウラが予想していたので、フィロメナも慌てることなく頷き返した。
「そうです。引き受けてくれますか?」
「断るわけにはいかないだろう。いや、こういう言い方は卑怯だな。喜んで引き受けさせてもらう」
これまで見つかっていなかった遺跡から得た本は、文化財としての価値もさることながら、当時を知るための知識としても十分すぎるほどに資料的価値がある。
それどころか、魔道具に関してははるかに進んでいたことが分かっているので、国家としてはのどから手が出るほど欲しがるものなのだ。
ホルスタット王国では、すでにノーランド王国で写本の作業が始まっているという噂が届いていた。
それほどまでに、フィロメナたちが発表した超古代文明に関しての話は、各所で関心が持たれているのだ。
ついでに、ユリアナはしっかりと仕事をしているようで、フィロメナたちが他にも原本を出すということも伝わっている。
そもそもの起こりは魔の森にあるという遺跡から始まっているので、アドルフにその矛先が向くのは当然だと思われているのである。
そうした状況があるので、アドルフとしても断る理由は全くないのである。
アドルフの返答を聞いたラウラが、頷きながら答えた。
「そうでしょうね。――存分に外交的手段として利用してください」
敢えてそう付け加えたラウラに対して、アドルフは苦笑しながら言った。
「ラウラ。淑女はそうしたことは、もっとオブラートに包んで言うべきではないか?」
「父上相手にそんなことをしても意味がないでしょう」
きっぱりとそう言い切ったラウラに、アドルフは苦笑を浮かべたまま頷いた。
いわゆる『貴族の会話』に慣れているアドルフだが、面倒だと思う心がないわけではないのだ。
父娘のじゃれあい(?)が終わったところで、フィロメナたちがアドルフへ写本用の原本を渡した。
ここで渡した本は、全部で五冊になる。
メリヤージュはもっと持って行ってもいいと言っていたのだが、一応様子をみる目的もある。
それに、そんなに一度に出してもフィロメナたちが対応しきれない。
自分たち用に写本をしてもらっているので、一度に多くの本を抱えても読み切るための時間がないのである。
写本に関する話がまとまったところで、今度はアドルフがシゲルのほうを見てきた。
正確には、シゲルの傍に控えていたラグにその視線が向いている。
「ところで、そちらの精霊は、随分と雰囲気が変わっているようだが?」
進化したといっても、姿形までが変わっているわけではない。
ラグは以前にもアドルフの前に姿を見せているので、すぐにわかったようだった。
それでも、今のラグから感じる力が、以前とは違っているということには気付いたようだった。
最初からそれに気づかせる目的でラグを出していたシゲルは、慌てることなくアドルフの問いに答えた。
「お陰様で、ラグも随分と成長しているようでして……」
「成長……するものなのか?」
ミカエラが以前に驚いていたように、精霊が成長をするといのは一般的な認識ではない。
アドルフがそう言いながら戸惑ったような顔をするのは、当然のことだった。
そんなアドルフに、ミカエラが釘をさすように言った。
「言っておきますがアドルフ王。大精霊を呼び出せるシゲルの精霊が、普通であるとは思われないように」
「……なるほど」
ミカエラの言葉に、アドルフは一度シゲルの顔を見てからそう言って大きく頷いた。
その間は一体なんだと突っ込みを入れたくなったシゲルだったが、ここはぐっとこらえる。
一国の王に対して、そんなことをするわけにはいかないと自制が働いたのだ。
ちなみに、シゲルが契約している精霊たちが特殊であることは間違いないが、大精霊の名前を出すことで、敢えて誤解をさせるようにしている。
進化自体は他の精霊でもすることはあるのだが、頻繁に起こるようなものではなく、一般的に起こるものだと誤解されるわけにはいかないのだ。
そもそもそんなに簡単に進化ができるのであれば、精霊と契約をしている他の精霊術師たちが気付かないわけがない。
シゲルの場合は、あくまでも『精霊の宿屋』があるから起こっているというのが、ミカエラの認識だった。
精霊が進化をすると分かれば、契約している精霊に対して無茶なことを要求する者も出て来るかもしれない。
そんなことはシゲルも望んでいないので、敢えて誤解させておくことに異論はなかった。
もっとも、そんなことをする輩が、ずっと精霊と契約し続けることができるかは疑問だが。
ただ、残念ながら無理やりに精霊に言うことを聞かす方法がないわけではないので、情報を隠すことには意味がある。
そのことは、シゲルもミカエラからすでに何度も言われているのである。




