(9)女王との話し合い
フィロメナたちがユリアナにお願いした写本の数は、全部で六冊になった。
内訳では、ミカエラとマリーナが二冊、フィロメナとラウラが一冊ずつになる。
シゲルは、そもそも写本をするようなものを持ってきていないので、数には入っていない。
以前から話題になっている超古代文明からの出土品(?)ということで、本を受け取ったユリアナは、慎重にそれを扱っていた。
その様子を見て、フィロメナも大事に扱ってくれるはずだと確信していた。
フィロメナから受け取ったものを侍女に渡したユリアナに、フィロメナが改めて言った。
「言うまでもないでしょうが、それは大精霊からお借りしているものです。扱いは慎重に」
「当然ね。本当なら私自らやりたいところよ」
冗談めかしてユリアナがそう言うと、本を受け取った侍女が顔をしかめた。
女王であるユリアナに、そんな時間などあるはずがない。
勿論、ユリアナもそれを分かった上で言っているのだが、そうしなければ本当に自ら動きそうなので、敢えて釘を刺しているのだ。
話をしているのがフィロメナたちだからこそ、そんな顔をしているということもある。
その侍女の顔に気付いていながら、しっかりと気付かなかったふりをしたユリアナが、さらに続けて言った。
「それにしても、うちだけでこんなに得をすると、ほかから恨まれそうね」
ノーランド王国は、決して強国というわけではない。
大国相手に恨みを持たれてしまうと、下手をすれば飲み込まれてしまう……可能性もないわけではない。
出来ることなら国民をそんな危険にはさらしたくないと考えるのは、当然のことだった。
その責任をフィロメナに押し付けようとしてきたユリアナに、ラウラが釘を刺すように言った。
「そういうことでしたら、押しつぶされることのない大国に持っていくだけのことです」
「あら、嫌だ。ちょっとした冗談よ?」
ホホホと口元を抑えながらそう言ったユリアナだったが、目は笑っていなかった。
それをしっかりと見てしまったシゲルは、内心でこえーなどと考えていた。
シゲルのその心のうちに気付ているのかいないのか、ラウラは特に気にした様子もなく頷いた。
「そうですか。それに、恨みを買うとしてもそこまで長い期間ではないはずです」
「あら。どういうことかしら?」
聞き捨てならないセリフを聞いたという表情をするユリアナに、ラウラは一度首を左右に振ってから続けた。
「大したことではありません。なにも見つかった遺跡は、一つというわけではないのですよ?」
暗に、魔の森で見つけた遺跡のことを仄めかせたラウラに、ユリアナはなるほどと頷いた。
そもそも、フィロメナたちが超古代遺跡の情報を発信し始めたのは、ホルスタット王国が初めてだった。
普段のフィロメナとの付き合いも考えれば、そこから新たな情報(本)が出てきたとしても、不思議なことではない。
それに、ホルスタット王国は、ノーランド王国と違って紛れもなく大国の一つなので、変な恨みの買われ方をすることも少ないはずだ。
ノーランド王国は、それに乗っかって各国との話し合いに応じればいいだけである。
ラウラの話を聞く限りでは、すぐにそうなるというわけではなさそうだが、事前に分かっているだけでも対処の仕方がまったく違ってくる。
ホルスタット王国で新たに写本をお願いすることは、事前に話し合っていたことなので、フィロメナたちの顔色が変わることはなかった。
写本を他人にお願いして、そのうちの一冊を自分の手にできるのであれば、自分たちへの利は十分すぎるほどにある。
各国とのバランスを調整するというよりも、自分たちへの利益を考えた結果、そうしたほうがいいと決めたのだ。
ちなみに、魔の森の遺跡から写本用に本を持ち出すことは、きちんとメリヤージュから事前に了解を貰っている。
最初からそのつもりだったのかと納得していたユリアナは、ここでふとシゲルとその隣に控えているラグに視線を向けた。
「それにしても、しばらく見ない間に、あなたも随分と成長したようね。勇者の見る目は正しかったということかしら?」
「はあ……」
シゲルとしては、女王からそんなことを言われても、なんと返していいのかわからない。
そのため、非常に曖昧な返答しかすることができなかった。
そのシゲルに代わって、マリーナがすかさず言い返した。
「人のものを横取りしようとするのは、あまり褒められることではありませんよ?」
フツ教の神官としてのその言葉に、ユリアナはわざとらしく目を丸くした。
「あら嫌だ。誰もそんなことは考えていませんのよ? ただ、少しだけでも噂に聞くその実力を見せてもらえれば、と思っただけで」
「必要ないでしょう。そもそも私の相手すらまともにいないというのに、誰が相手をするのですか? ……まさか、多数で囲むとは言いませんよね?」
ここですかさずマリーナに代わって、そんなことは許さないという顔でフィロメナがそう応じた。
だが、ユリアナが反応したのはそこではなく、別のところだった。
「……それほどの力が?」
私の相手がいないということは、逆を言えばシゲルはフィロメナに勝つことができるということだ。
そこにユリアナが驚くのも無理はない。
ただ、そんなユリアナに向かって、フィロメナが肩をすくめながら答えた。
「当たり前でしょう? 女王に限ってのことではないのだが……大精霊を呼ぶことができるということを甘く見すぎていませんか?」
正確に言えば、大精霊を呼び出せるからこそではなく、特級精霊を三体も従えているからこそなのだが、それを敢えて公言するつもりはない。
それに、完全に嘘というわけでもないので、この場ではこれで十分なのだ。
案の定、フィロメナの言葉を聞いたユリアナは、ため息交じりに応えてきた。
「確かに、そうかもしれないわ。十分理解しているつもりでも、まだまだだったというわけね。……それにしても、うちでもそうなのだから、他国に行けば大変ではなくて?」
少しだけ揶揄い交じりの表情でそう言ってきたユリアナに、フィロメナは顔をしかめた。
水の大精霊という存在が確認されているノーランド王国は、大精霊に対する耐性とともに、その敬意や理解の度合いも高い。
それに比べて、ほかの国ではそれらが相対的に低いことは事実なのだ。
大きすぎる力を持てば、それに付随する面倒も多くなるのはどこの世界でも変わらない。
ユリアナは、暗にいろいろと面倒が出ているだろうと言ってきたのだ。
「それはそうですが……私の時となにか違いがありますか?」
勇者である自分とシゲルでは、持っている力はまったく違うが、扱いは変わることはない。
そう言ってきたフィロメナに、今度はユリアナが首を振った。
「なにも違わないわ。わざわざあなたに言うようなことでもなかったわね」
ユリアナは、少しだけ間を空けてからそう答えた。
そして、一つだけため息をついたユリアナは、改めて視線をラグへと向けた。
「それにしても、そちらの精霊は、私が知る精霊たちよりも随分と大精霊に寄っていると思うのだけれど?」
いまのラグは、精霊としての力を抑え込んでいる。
そうしなければ、すぐに普通の精霊ではないとばれてしまうので、気楽に街を歩けなくなってしまうのだ。
それでも、もともと持っている力をすべて抑えることはできない。
その力を読み取って、ユリアナはそこまでを予想したのだ。
そんなことを言ってきたユリアナに、今度はミカエラが肩をすくめながら答えた。
「それはそうですが、そもそもシゲルは大精霊を呼べるのですよ? それに近しい存在を傍に置いておけることに、なにか不思議なことでもありますか?」
普段の言動はともかく、どこへどんな噂が広まるかわからない女王を前にして、ミカエラはそう返した。
シゲルがラグたちを従えているのは、当然の結果だという認識を持たせることが重要なのだ。
「大精霊に近しい存在……ね。それはそれで随分……と思うけれど、これ以上はやめておこうかしら」
これ以上を突っ込んでも有益な情報を得ることができなくなる上に、フィロメナたちから反感を買いかねない。
そう判断したユリアナは、そんなことを言って誤魔化しつつ、ほかの話題へと移った。
ユリアナがほかに聞きたがった話とは、アマテラス号を使ってほぼ自由に移動できるようになったフィロメナたちへの他国の情報収集だった。
もっとも、なんだかんだで一つのところに長くいるフィロメナたちは、さほど他国に行っているわけではない。
それでも生身で仕入れている情報を聞くことに意味があったようで、嬉しそうにフィロメナたちが語る話を聞いていた。
そうして小一時間ほどフィロメナたちが泊まる宿で過ごしたユリアナは、預かった本を大事そうに城へと持ち帰るのであった。
これでユリアナとの話し合いは終わりです。
写本が終わった頃を見計らって戻ってきます。




