(20)王の会話
「随分と派手にやっているようだな」
アドルフ王に呼ばれて、ラウラと共に会うことになったシゲルは、開口一番にそう言われることとなった。
ここで、なんのことでしょうとわざわざ問いかけるほど、シゲルは鈍くはない。
「自らの身を守るためには必要だと考えましたので」
本当は女性陣に言われて動いたのだが、それを言うようなこともしない。
男としての矜持がとかそんなことではなく、実際に決断して動いたのは自分なのだ。
シゲルの言葉に、アドルフは頷きつつ、すぐに首を振った。
「確かに必要なことかも知れないが……いや、おかげで、また軍部の者どもが騒ぎだしているぞ?」
「はあ……そう仰られましても」
シゲルとしては、ホルスタット王国に限らず、どこかの一国だけに肩入れするつもりは全くない。
そのため、そんな話題を出されても、曖昧な返答しかすることしかできなかった。
既に国に所属することはないとはっきり伝えているので、ここでもう一度繰り返しても意味がないということもある。
ついでに言えば、アドルフはそのことを分かったうえで、ただの愚痴のようなものとして話をしているので、シゲルが余計なことを言う必要はない。
そのシゲルの対応が良かったのか、アドルフの愚痴(?)はさらに続いた。
「その軍部の騒めきを見て、次は文官どもが他国と余計な軋轢を生むつもりかと言い始めている。本当にいろいろと騒ぎを起こしてくれるな」
ここでアドルフは、少しだけ睨むようにしてシゲルを見てきた。
その視線を受けて、シゲルは少しだけ身を引いてしまったが、それを見ていたラウラがここで割って入ってきた。
「父上。ここは、いろいろと本音が聞けて助かったというべきところですよ」
今いる部屋には護衛もメイドおらず、三人しかいない本当に私的な場だったので、ラウラはあっさりとそんなことを言った。
そのラウラに対して、アドルフは肩をすくめて見せた。
「そうは言うが、シゲルもそろそろこういう言い回しに慣れておいた方がいいのではないか?」
アドルフがシゲルをわざわざこの場に呼び出して愚痴を言い始めたのは、貴族の面倒な言い回しに慣れさせるためでもあったようだ。
勿論、自分自身の中にあるモヤモヤを吐き出すためでもあったのだろうが。
「そうかもしれませんが、少なくとも今すぐに必要というわけではありませんね」
ラウラがそう応じると、アドルフはオヤという顔になった。
「なんだ。王都を離れるのか?」
「ええ。そろそろあの方たちが我慢できなくなってきているようですから。まあ、それはわたくしもですが」
シゲルが王都の闘技場で立場づくりをしている間、フィロメナたちは、遺跡に関する研究を進めていた。
だが、机上でできることには限界があるため、そろそろもう一度水の街辺りを訪ねてみようかという話になっているのだ。
ラウラの言葉を聞いたアドルフが、右手で顎を撫でるようにした。
「ふむ。夢中になれるものがあるということは、いいことだな」
「父上。カインに丸投げしているおかげで、自分には関係がないのかもしれませんが、そこまで無関心でよろしいのですか?」
「そうは言うがな。彼女たちのもたらす情報が各国に影響を与えているのは間違いない。ただ、撒いた種が花開くのは、カインの代であろうよ」
アドルフは、フィロメナたちが見つけた古代文明に関しての話が実際に世間に浸透するのは、まだ先だと考えている。
だからこそ、カイン王太子にすべてを任せて、自分自身は報告を受け取るだけにしているのだ。
それには、将来王座に着くことになっているカインに、きちんとした実績を積ませたいという親心も含まれている。
それはともかく、そんな王家の内情はシゲルにはほとんど関係がない。
だからと言って、将来義父になる予定の人物の愚痴ぐらいは、普通に聞くつもりはあった。
そのため、自分のために盾になってくれているラウラに代わって、アドルフに向かって言った。
「そうかもしれませんが、そうはならないかもしれません」
「――フム。どういうことだ?」
シゲルの言葉を聞いて、アドルフは一瞬だけ考える様子を見せてからそう聞いた。
「思った以上に、各国への浸透が早すぎます」
電話などないこの世界において、情報の伝達は基本的に口伝か文書でのやり取りになる。
情報網が発達していないこの世界では、噂の真偽を確かめるためには、時間をかけて何度もやり取りをする必要があるのだ。
それにも関わらず、超古代文明に関する情報は、思った以上の速さで各国に受け入れられているように、シゲルには感じていた。
シゲルの説明を聞いたアドルフは、真顔になって聞いた。
「それは、何者かの意図が介在しているということか?」
「さすがに現時点では、そこまで断言はできません。ただ、全てではないにせよ、伝承なり文献なりが残っていた可能性はあります」
シゲルの考えでは、もともと口伝なりなんなりで、超古代文明に関する事柄が伝わっていた可能性があったのではないかということだ。
一番分かり易いのは、ノーランド王国における水の大精霊の存在である。
直接遺跡に関することではなかったが、王国全体で水の大精霊に関する情報が統制されていた。
どこまでが意図的だったのかはわからないが、王国内で水の大精霊に関する情報がとどまっていたのは紛れもない事実である。
それと似たようなことが、ほかの幾つかの国でも行われていたのではないか、というのがシゲルの推測だった。
「――意図的なのか、偶然なのか、単に時間と共に記憶が薄れていったのかは分かりませんが、何らかの形で超古代文明に関する情報が残っていた可能性はあります」
もっといえば、フィロメナが公表するまで色物扱いにされていたが、超古代文明を主張する者たちはいるにはいたのだ。
それは、そうした昔から伝わっている情報をもとに、主張されている可能性もある。
そうした者たちが、ここぞとばかりに勢いづいているのは、間違いのない事実である。
シゲルの話を聞いたアドルフは、もう一度右手で顎を撫でた。
「フム。情報の精査が必要だな」
「そうなりますね。ただ、カイン王子であれば、そのことは気付いていそうですが」
シゲルがそう言うと、アドルフは興味深げな表情でシゲルを見た。
「ほう。なぜ、そう思う?」
「そうでなければ、あのようなことを自ら聞いてくるとは思えませんから」
ここでシゲルは、敢えて具体的なことを口にすることはしなかった。
だが、アドルフは、それの戸惑うことなく一度頷いてから言った。
「高度な技術を持っていたはずの文明が滅びた理由か……」
その言葉を聞いたシゲルは、王と王太子の間で、しっかりと情報の交換がされていることがわかった。
二人が一緒にいるところを直接見たのは片手で数えるほどだが、その時も仲が悪いようには見えなかった。
シゲルは、そのことに安心しつつ、それを顔には出さないように頷いた。
「ええ。ただの気のせいということもありますが、一応頭の中にとどめておいたほうがよろしいと思います」
「確かに、カインもそう言っていたな。――分かった。記憶に留めておくとしよう」
実の息子と娘婿から釘を刺されたアドルフは、王の顔になってそう頷くのであった。
最初は軽い話題だったが、いつの間にか遺跡に関する重たい話に変わっていた。
それでもアドルフは特に気にすることなく話を続けていた。
そして、話の最後の方になって、アドルフはラウラを見て言った。
「そうだ。結局、離宮はタロの町の郊外に作ることになった」
「そうですか。意外に早く決着しましたね」
「まあ、わざわざ腕のいい職人を魔の森にやろうとする者はいなかったということだな」
アドルフがそう説明をすると、ラウラはそうですかと頷いた。
シゲルたちは、普段から魔の森に住んでいるので気付きにくいが、魔物が多く出て来る森に居を構えようとする者はほとんどいないのである。
離宮に関する話を詰めた後で、シゲルたちはアドルフとの話し合いを終えて、その場を辞することになった。
これにて第8章は終わりになります。
章内容としては、王都編といったところでしょうか。
次から第9章で、再び遺跡に焦点が当たります。(たぶん)
次回更新ですが、お正月を挟んでしまいますので、少し間が空いて1月4日の更新になります。
ご了承ください。




