(18)手紙の結果と不安
ラウラたちによって分けられた手紙は、その日のうちにシゲルの元へと届けられた。
といっても、すべてを処理できたわけではないので、これからもラウラはしばらくの間伝書鳩的な役目を負うことになる。
ただ、シゲルが王都を離れた場合は、その限りではないので、ずっと王城にあるラウラの私室にとどまり続けることになるのだが。
もし、王が離宮を作る決断をすれば、そこに預けることになるはずだ。
その離宮ができれば、やはりラウラのために用意された侍女たちが、手紙の仕分けを行うことになる。
ラウラから手紙を渡されたシゲルは、マジマジとそれを見ながら言った。
「随分と多かったみたいだね」
「はい。予想以上でした。……やはり大精霊を呼び出せるというのは、それだけの威力があるということでしょうね」
真面目な顔でそう答えてきたラウラを見て、シゲルは苦笑しながらも頷いた。
シゲルとさえ繋ぎが取れれば、大精霊の力を自由に使えるという思惑が見て取れるだけに、素直に喜ぶことはできない。
勿論、そんなことを考えている輩のいうことを聞くつもりは、毛頭ないのだが。
それはともかく、今回ラウラがシゲルに渡した手紙は、未開封になっている物である。
それらは、勝手に第三者が開封していいようなものではない手紙だ。
そのうちの一枚を手に取ったシゲルは、相手の名前を見て今度ははっきりとため息をついた。
「王国からの手紙って……面倒にしか思えないな」
そこには王国の名前と共に、代表として国王の名前が書かれている。
王個人からの手紙ではなく、国からのものとなれば、そう簡単に侍女が処理できるようなものではないのだ。
ラウラが持ってきた手紙は、そうしたものばかりである。
めんどくさいとその顔に書いているシゲルを見て、ラウラが苦笑をしながら頷いた。
「気持ちはわかりますが……とにかく、一度は目を通したという事実が大切です。その後どうされるかは、シゲルさん次第になります」
「それはそうだろうねえ……」
勝手に開けられない以上、シゲル自身で処理するしかない。
しばらくの間、それらの手紙を眺めていたシゲルは、ふと思いついたように言った。
「いっそのこと、ラウラを経由して届けられるものは、一度必ず第三者の目が通るということを通告するか」
「それは……いえ、それもありでしょうか」
一瞬否定しかけたラウラだったが、すぐに思い直したような顔になって頷いた。
第三者の目を通すとなれば、秘密の連絡はできなくなってしまう。
ただ、今のところそんなやり取りができる個人的な関係を結んでいる相手はフィロメナたちを除けばいないので、最初からそうしてしまうのもありだと考えたのだ。
個人あての親書ともなれば、第三者が開けるわけには行かないが、基本的に親書のようなものは当人に直接渡すのが筋である。
それこそラウラを介して連絡を取ろうという手段を取ってくる相手に、そんな気遣いをする必要はない。
……と、開き直ってしまうのである。
ただの思い付きで言ったことだが、シゲルは真剣な顔になってラウラを見た。
「それじゃあ、そうしてしまおうか。伝え方は任せるよ」
「本当にいいのですか?」
再度そう確認を取ってきたラウラに、シゲルはきちんと頷き返した。
「構わないよ。変に付き合いが増えて、余計な時間が取られることにはなりたくないし」
シゲルの答えを聞いて、ラウラは「わかりました」と頷いた。
ラウラの返答を聞いたシゲルは、今度はフィロメナとマリーナを見て言った。
「二人ともごめんね。ラウラを手伝ってくれたんだよね?」
「そうだが、別に謝る必要はないぞ? 私たちが勝手にやったことだからな」
「そうそう。それに、なかなか見ていて面白かったわよ? どうしてこんな強気な文面が書けるのかしら、とかね」
笑いながらそう追随してきたマリーナを見て、シゲルは苦笑を返した。
その言葉を聞いただけで、どんな手紙が来ていたのかが、想像できる。
嫌そうな顔をしているシゲルを見て、フィロメナはニヤリと笑った。
「いや、本当にすごかったぞ。あそこまで上から目線で書けるのは、才能の一種だろうな」
「まったくね。中には、どう考えても代筆だろうという物もあったわよ。よくあれで、繋ぎが作れると考えたものね」
容赦のないフィロメナとマリーナの言葉に、一応(?)王族の一員であるラウラが割って入った。
「皆さま、それくらいで……。代筆の中には、『出した』という事実だけが欲しい方もいらっしゃるでしょうから……」
ラウラがそう言うと、シゲルを含めた残りのメンバーは、なるほどと頷いた。
貴族の中には、上位者のやることに追随しなければならないようなことも起こってくる。
貴族は貴族で面倒なんだろうなあと、他人事のように考えたシゲルは、受け取った手紙を振りながら言った。
「じゃあ、とりあえず、これには目を通しておくよ。返事をするかどうかは……見てからかな?」
「それで構わないです。どんな返答をするかも考えておいてください」
「わかったよ」
ラウラに向かって頷いたシゲルは、その場で手紙を開封し始めるのであった。
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シゲルが目を通した手紙には、どれにも必ずある一文が書かれていた。
曰く、いずれは直接話をしましょう、ということだ。
中には取り引きらしきものを持ち掛けているものもあったが、残念ながらシゲルの興味を引くものはなかった。
当然のように直接は書いていなかったが、金品女をお渡ししますととれるような文章さえもあった。
親書的な手紙に何を書いているのかと呆れたりもしたが、そもそも賄賂が当たり前にあるような世界でこうしたことが書かれるのは、ある意味当然なのかもしれないとシゲルは思うことにした。
勿論、そんな誘い(?)に乗るつもりは毛頭ないのだが。
一応すべての手紙に目を通したシゲルは、定型文の返事で構わないと判断した。
どれもこれも、個人的に会いに行きたいと思わせるようなものではなかった。
シゲルはこちらの世界での手紙の作法など全く分からない。
どのみち第三者の目が通るのであれば、変に崩した文章で書くよりはその方がいいと考えたのである。
シゲルがそのことをラウラに伝えると、彼女もすぐに頷いていた。
シゲルが形式ばった手紙を書けないということは知っていたので、あとはシゲルがどうするかだけだったのだ。
そのシゲルが定型文でお断りを入れるのであると判断したのであれば、それはそれで構わないのである。
それらのやり取りを終えたシゲルは、自室に入って『精霊の宿屋』の確認を行うことにした。
外敵が出現するようになった『精霊の宿屋』だが、今のところ大事に至るようなことにはなっていない。
今のところ大した敵が出てきていないということもあるが、『精霊の宿屋』を管理する契約精霊たちが、上手くいなしていくれていた。
ただ、その外敵の存在もあってか、ランクの上がり方が若干早くなっているような感じを受けている。
特に、初期精霊の三体は、すでに上級精霊のAランクにまで達していた。
シゲルは、今も護衛をしてくれているラグを見て言った。
「ランクが上級精霊の一番上まで行ったけれど、この先はあるのかな?」
「さて、どうでしょうか。……シゲル様は、頭打ちになった私たちを手放されますか?」
いきなりそんなことを聞いてきたラグに、シゲルは目を見張った。
「いや、そんなことはしないよ。というか、なぜそんなことを?」
『精霊の宿屋』では、契約精霊を簡単に解除できるようになっている。
ただ、今まで一度も契約を解除するなんて話はしていないので、なぜラグがそんな話をしてきたのかが分からなかったのだ。
シゲルにしてみれば、ラグの問いかけは、寝耳に水のことだった。
驚いているシゲルを見て、ラグは軽く頭を下げた。
「すみません。特に深い意味はなかったのですが、なぜか気になってしまったもので……」
微妙に憂いを含んでいるような表情になったラグを見て、シゲルは安心させるように微笑んだ。
「だったらそんな心配をする必要なんかないよ。別にどうしてもラグたちが成長してほしいなんて考えてないからね」
「そうですか」
シゲルの答えを聞いて、ラグは安心したような顔になって頷いた。
そのラグの顔を見たシゲルは、『精霊の宿屋』に外敵が来るようになって、精霊たちもどこかで不安を覚えるようになったのかと、そんなことを考えるのであった。
精霊の数が増えてきたので、今後のランクの細かい内容は、初期精霊三体だけにしようかなと考えています。




