(16)精霊術の使い方
図書室の利用時間ぎりぎりまで粘ったフィロメナとミカエラがアマテラス号に戻ると、そこではすでにシゲルたちが揃っていた。
そして、シゲルから闘技場の結果を聞いたフィロメナは、先ほどのミカエラの推測を話した。
「――と、いうわけで、もしかしたらシゲルの精霊術が伸びない理由が分かったかもしれない」
「はー。なるほど」
フィロメナの説明を聞いたシゲルは、納得顔で頷いた。
シゲルの精霊術は、上級精霊を従えているにも関わらず、さほど高いといえるレベルではない。
勿論それは、ミカエラから見てという注釈が着くのだが、ごくごく平均的なレベルに留まっているのだ。
シゲルがミカエラから精霊術を教わるようになってから、ずっとその理由が分かっていなかったのだが、今回の件でもしかしたらというとっかかりができたといえる。
ただ、今回ミカエラが見つけた事実が、シゲルに当てはまるかどうかは、やってみないと分からない。
ミカエラは、フィロメナに続いてさらにそう説明した。
「――だから、実際にはやってみないと分からないのよ」
「うーん。言いたいことは分かった。というか、思い当たることは多々あるけれど、そもそも言葉の説明だけだときちんと理解できたか怪しいな」
腕を組みながら考えるように言ってきたシゲルに、ミカエラも頷き返した。
「わかっているわ。そもそもあの一冊の考察だけで、合っているのかどうかもわからないし。――というわけで、明日はシゲルも一緒に行きましょう?」
ミカエラのその台詞を聞いて、最初からそのつもりだったのかとシゲルは納得した。
明日は特に用事があるわけではないので、ミカエラの提案に反対する理由はない。
何よりも、契約精霊だけに任せる戦闘からどうにか脱却できないかと悩んでいたところなので、少しでもきっかけになるのであればそれに越したことはない。
「そうだね。それが一番よさそうだ。――自分が図書室に入っても問題ないんだよね?」
シゲルがそう問いかけると、ラウラはコクリと頷いた。
「勿論です。ただ、もしかしたら、余計な者と会うかもしれませんが……」
「それはもう今更だよ。あれだけのことをやってそれでも突っかかってくるなら、どこにいても同じじゃないかな?」
シゲルが苦笑しながらそう言うと、フィロメナは同感だとばかりに頷いた。
「その通りだな。もう力を隠す必要もなくなったんだから、遠慮する必要はあるまい」
フィロメナはそう言いながらニヤリと笑った。
これまでの半引きこもり状態からすれば、随分と積極的になっているが、これは単に状況に合わせているだけである。
今となっては無理に隠れている必要もないので、自分のためになると分かっているのであれば、表に出ることもいとわない。
勿論、ただ黙って言われたい放題になるつもりは毛頭ないのだが。
それはともかく、今はシゲルの精霊術のことを調べるほうが先決である。
せっかく、そのとっかかりになりそうなことをミカエラが見つけてくれたのだから、それに乗らない手はない。
来るかどうかわからないおかしな輩を気にするよりも、まずは自分のことが先決だと、シゲルは翌日図書室へと行くことを決めるのであった。
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翌日は、ミカエラが見つけた本をシゲルが読んでいる間に、ほかの者たちが精霊術に関する本を探すことから始まった。
その結果、ヒューマンが使う精霊術に関する研究をしている書物がいくつか見つかった。
「思ったよりも、きちんと研究されているのね」
と言ったのは、ミカエラだった。
ミカエラにそう言わせるほどに、ヒューマンが使うための精霊術の研究がされていたのだ。
既にアマテラス号に戻ってきていたシゲルは、ミカエラを見ながら聞いた。
「読んでみてどうだった? どこか矛盾してそうなところとか?」
「少なくとも私が見たところではなさそうだったわ。残念なことに、ね」
ミカエラは、まさか種族によって精霊術の使い分けがあるなんてことは考えていなかったのだ。
それを考えると、むしろ衝撃の大きさは、シゲルよりもミカエラのようが上かもしれない。
信じられないといわんばかりにミカエラが首を左右に振るのを見て、マリーナが真面目な顔をしながらシゲルに聞いた。
「きちんとした理論が構築されていることは分かったけれど、実際には使えそうなの?」
「そう言われると思って、ちょっと試しにやってみたんだよね」
シゲルがそう言うと、ほかの面々の視線が一斉に集まった。
その顔には、いつの間にと書かれていた。
それを見て、少しだけ笑ってからシゲルはさらに続けて言った。
「船に戻ってきたときにちょっとだけね。――まあ、それはともかく、確かにあの考え方は間違っていないみたいだね」
「ということは……」
シゲルの言葉に、フィロメナが問いかける視線を向けた。
「うん。今までよりも威力が高い精霊術とかも使える……と思う」
はっきり断言できないのは、アマテラス号の中だったため、そこまで強い魔法を使えなかったためである。
今回の調査で分かったことは、要するに単に自然パワーとして精霊術を使うのではなく、きちんと理論立てて使えばいいのではないかということだ。
精霊術は術者のイメージを精霊に伝えて、それを魔法として具現化するということに他ならない。
ただ、そのイメージの伝え方が、エルフとヒューマンで差があるというわけだ。
自然そのものをより身近に感じ取れるエルフは、そのままのイメージを精霊に伝えればいい。
だが、ヒューマンは自然現象をそのままではなく、理論立てて精霊に伝えた方が伝えやすいのである。
特にシゲルの場合は、科学というものを前提に魔法をとらえているので、精霊術の場合もそちらのほうがよりイメージとして伝えやすくなったというわけだ。
なぜそんなことを今まで気付かなかったかといえば、それはシゲルがエルフであるミカエラから精霊術を教わっていたからである。
「――というわけで、自然そのものを伝えるという感覚だけじゃなくて、きっちりと理論立てがほうがいいみたいだね。特に自分の場合は」
「なるほどな。言われてみれば、確かに納得ができるな」
理論そのものは今日調べた書物で書かれていたので理解できていたが、実際に精霊術が使えるシゲルがいえば、さらに説得力が増す。
フィロメナがそう言うのに合わせて、マリーナやラウラも頷いていた。
その様子を見て、ミカエラがどこか納得できないような顔になって言った。
「なんか、エルフの精霊術が否定されているようにも聞こえるけれど、シゲルのお陰で実証されたわけね」
「いや、別にそっちを否定しているわけじゃないよ。単に、捉え方が違っているというだけで」
フォローするわけでもなく、シゲルはごく自然にそう返した。
一口に精霊術といっても、やり方が複数あっても構わないというのが、今のシゲルの考えだった。
シゲルの考えに同調するように頷いたラウラが、ここでさらに質問をしてきた。
「ヒューマンの精霊使いが少ないというのは、単に素質だけの問題ではなく、シゲルのようにエルフから精霊術を教わっているからかもしれませんね」
「そうね。今回見つけた書物が、一般に広まっているとは思えないし」
ラウラの考えに同意するように、マリーナがそう言った。
シゲルのように精霊術の素質を持つ者が、ヒューマンの中で少ないというのは紛れもなく事実である。
ただ、素質を持つものが少ないからといって、レベルの高い精霊術を使える者が少ないというわけではないはずなのだ。
ところが、ヒューマンの精霊使いは、実力が高い者はほとんど存在していない。
その理由が、今回の件で分かったかもしれない。
もっとも、そんなことがわかったからといって、ヒューマンの精霊使いの知り合いがいるわけでもないので、シゲルたちにできることは少ない。
「とりあえず、今回のことは、ラウラからアドルフ王に直接伝えるのが一番かな?」
「そうですね。この国にどれくらいの精霊使いがいるかはわかりませんが、とりあえず伝えておきます」
フィロメナがそう言うと、ラウラは頷きながらそう答えるのであった。
契約精霊と普通の(?)魔法に頼っていたシゲルですが、これで自分自身が強化されることにな……るはずです。




