(14)シゲルの感傷
サイクロプスがAランクに指定されているのは、単にその怪力や巨体に見合わないスピードを持っているからだけではない。
サイクロプスは、一見して脳筋と思われがちだが、複数体集まればきっちりと連携を取ってくるのだ。
その連携は、人が行うような口頭での指示出しが行われているわけではないが、戦闘に特化した魔物としての本能に基づいているといわれている。
人よりもはるかに強い個体が、集団になれば連携を取ってくる。
その悪辣さに、文句なしのAランク魔物としてその名をはせているのがサイクロプスなのである。
そのため、シゲルの相手としていきなり三体のサイクロプスを用意したということは、闘技場の運営側がそれだけの実力があると認めているということになる。
観戦者が魅了する戦いが行われれば、それだけ売り上げも上がるのだから、出来るだけぎりぎりの戦いを闘技場側が求めるのだ。
最初から勝てるとわかっている戦いでは、そもそも賭けが成立しないのだから、そうなるのは当たり前である。
戦いに出る闘者も、それを見ている観戦者も、そのことを理解したうえで、闘技場という娯楽が成り立っている。
シゲルは、それらのことを踏まえたうえで、さてどうするかと悩んでいた。
サイクロプス三体であれば、さらに上級精霊を呼び出して倒してしまうことは簡単にできる。
ただ、それをしてしまうと、試験の時のようにあっさりと終わってしまうだろう。
単に強さを見せるだけならそれでもかまわないのだが、闘技場の闘者としては及第点くらいにしかならない。
闘者として人気を得るためには、やはり魅せる試合というのも必要になってくる。
とはいっても、闘技場での戦いを見たことがないシゲルは、どうすれば「魅せる」試合になるのかが分からなかった。
試験の時にリグが使った相手を縛り付ける魔法を使えば、三体を同時に足止めすることはできるはずだ。
ただ、それだとあっさりしすぎて見ている者が拍子抜けするということは、シゲルにもわかる。
それらのことを考慮した結果、シゲルは派手な魔法で倒すということを選択した。
まず、シロのスピードで三体のサイクロプスの足止めを行う。
そして、その間にリグが風の魔法を使ってとどめを刺すのだ。
そういってしまうと簡単なことのように思えるが、実際にはそううまくいかない。
そもそも、三体のサイクロプスを同時に足止めすること自体が、よほどの実力がなければできない。
さらに、その体格に見合った頑丈さを持っているサイクロプスを、一撃で倒せる魔法となると、かなりの強さが必要になってくる。
本来であれば、それらのことを行うために、細かい指示を出さなければならないところなのだが、シゲルが行った指示は簡単なものだった。
「シロは足止め。リグはとどめを」
サイクロプスが向かってくる間に、シゲルはそれだけを言った。
そして、その指示に従うように、シロとリグが動きだした。
シゲルの指示に従って、先にサイクロプスと当たったシロがそのスピードで三体のサイクロプスを翻弄し始めた。
その隙にリグは動きを止めて魔法を練り始めている。
ただし、これは観客に見せるためのパフォーマンスで、精霊であるリグは、実際にはこんなことをする必要はなかったりする。
先ほどのシゲルの指示もそうだが、前もってそうした方がいいと話していたのだ。
いたずら好きなところがあるリグは、その話を聞いて乗り気になっていたのは、また別の話である。
ある程度の時間をかけて放ったリグの魔法(風の刃)は、三体のサイクロプスに同時に当たった。
それと同時に、それぞれのサイクロプスからパッと血しぶきが上がった。
それを見ていた観客が、一斉に盛り上がるように歓声を上げるのを聞いて、シゲルは内心で残酷だなと考えていた。
本来であれば、たとえ魔物であっても苦しまずに倒してあげたいというのが、シゲルの本音だったりする。
それが上から目線の勝手な思いだったとしても、だ。
とはいえ、今はそんなことを言っていられる状況でもない。
「魅せる」戦いをすると決めている以上は、まずは観客を盛り上げることが必要なのだ。
そう割り切ったシゲルは、眉を顰めつつもシロとリグの戦いを見守っていた。
結局、何度かリグが魔法を放ったところで、サイクロプスたちはほぼ同時に倒れた。
途中、らちが明かないと判断したのか、一体のサイクロプスがシロの足止めを抜け出そうとして、シゲルのところに向かってきたが、それもシロがあっという間に追いついて防ぎきってしまった。
リグはリグで、サイクロプスを倒せるほどの魔法を放っても、疲れた様子を見せることなく、最後まで魔法を使い続けていた。
すでに身じろぎすらしなくなっている三体のサイクロプスを見て、離れたところで結果を見守っていた未届け人が終了の合図をした。
「勝者、シゲル!」
その声と共に、戦いに満足した観客たちの歓声がそこかしこで上がった。
中には、賭けに負けたものの、戦いそのものに興奮したという声がある。
それらの声を聴きながら、シゲルはちらりと貴賓席へと視線を向けた。
そこでは、アドルフ王が満足げな表情で頷き、ラウラが心配そうな顔でこちらを見ていた。
ラウラは別に、シゲルが倒されると考えて心配しているわけではない。
この戦い方がシゲルにとっては不本意だと分かっているからこそ、そんな顔をしているのだ。
そのことが分かったシゲルは、安心させるように貴賓席へと軽く頭を下げてから出入り口へと歩き始めた。
既に勝利宣言はされているので、いつでも出て行っても構わないのである。
そのころには、倒れていたサイクロプスの体もすでに消えていた。
そして、闘者であるシゲルがいなくなったことで、観客たちは興奮冷めやらぬ様子で、先ほど行われたシゲルの対戦を振り返り始めるのであった。
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控室に戻ったシゲルは、そこで心配そうな顔をして待っていたマリーナを見て、苦笑をした。
「ラウラもそうだったけれど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
シゲルがそう言うと、マリーナはそれが本当かどうかを見極めるように、じっと見ていた。
しばらくそうしていたマリーナだったが、その言葉に嘘がないと分かって、ホッと息をついていた。
「どうやら本当のようね」
「そもそも闘技場自体、戦いを見世物にするところだからね。それが嫌だったら、最初から登録なんてしていないよ」
戦闘前は色々と考えていたシゲルだったが、それもまた本音だった。
戦う前だったらこそ、色々なことを考えてしまっただけのことである。
いつもは、考える間もなく戦いが始まるのが普通なので、戦闘までに時間があった先ほどは、余計なことを考えてしまったのだ。
シゲルの言葉を聞いたマリーナは、ため息をついてから答えた。
「そう? まあ、シゲルだったらそう言うでしょうね」
最初からこうなると予想していたかどうかはともかく、闘技場での戦いは前もって教えておいたのだ。
その上で、戦いの前に感傷に浸ってしまったのだから、フィロメナたちを責めるいわれはないとシゲルは考えていた。
そのことをきちんと理解しできたからこそのマリーナの台詞であった。
これ以上この話を続けても仕方ないと考えたシゲルは、マリーナの手を握ってから言った。
「さっさと受け取るものを受け取って、船に戻ろう? 下手に時間を空けると面倒なことになりそうだし」
今ならまだ観客たちは闘技場内に残って余韻に浸っているはずである。
それならば、今のうちに移動してしまった方がいいと考えたのだ。
「確かに、それはそうね」
シゲルの考えに同意したマリーナは、真顔になって頷いた。
もっとも、闘技場から出て行っていない観客が全くいないわけではないので、結局シゲルは見つかってしまうことになるのだが、それはまた別の話である。




