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(13)初戦

 闘技場の闘者として登録したシゲルだが、初戦まではまだ日にちがあるので一旦フィロメナの家に戻った。

 これから先、しばらくの間は王都がメインの活動場所になりそうなので、必要な物を取りに戻ったのだ。

 アマテラス号に各部屋があるシゲルたちは、家の部屋よりも狭いという不便さを除けば、どこにでも趣味(生活の糧?)を持ち込める。

 魔道具の研究という、なんだかんだでいろいろと物を持ち込まなければならないフィロメナでさえも、アマテラス号の部屋で研究を続けることができる。

 ただし、やはりスペース不足はネックになるので、アマテラス号を主拠点にすることはできない。

 

 さらにアマテラス号に関しては、もう一つの大きな変化があった。

 それは、シゲルとラウラが婚約することによって、王家との繋がりが正式なものになり、王都にアマテラス号の停泊スペースが作られたのだ。

 これまでは、町の防衛のことなどを考えて、近隣に泊めるようにしていたのだが、その場所を使えば自由に出入りできるようになった。

 王都の外に泊めていた場合は、おかしな輩がアマテラス号にちょっかいをかけてくる可能性もあった。

 それが、町中に停泊スペースができたことにより、王都側が監視をしやすくなった。

 勿論、単に泥棒もどきを見張るだけではなく、アマテラス号そのものを監視するという目的もあるのだろうが、それについては全く気にしていなかった。

 別にシゲルたちは、ホルスタット王国に対してやましいことをしているわけではない。

 

 そんなわけで、フィロメナの家から王都の戻ったアマテラス号は、堂々と王都の中に降りた。

 その場所は、王城にも近く監視する意味においては、しやすい場所ということになる。

 逆により城に近付いて危なくなったと言えるが、そこはラウラの配偶者ということで、信頼されているとみるべきだろう。

 相反するようにも思えるが、王族や貴族が家族同士で監視をするということも珍しいことではない(というか普通?)ので、シゲルはそこを深くは考えないようにしている。

 

 

 そして、王都の拠点を移してから三日後。

 シゲルは闘技場でのデビュー戦を迎えていた。

「――それはいいんだけれど、どう考えても派手すぎだと思わない?」

「そうでもないわよ。試験であれだけ派手にAランクモンスターを倒したのだから、闘技場側が期待するのも無理もないと思うわ」

 呆れたように闘技場内を見回していたシゲルに、マリーナが肩をすくめながらそう答えた。

 ちなみに、今回一緒に来ているのはマリーナだけで、他はそれぞれのことをしている。

 せっかくのデビュー戦なのに、応援にも来てくれないのは寂しいと思わなくもないが、シゲルは信頼されていると考えるのが正しいと考えることにしている。

 

 前評判が高いものの全く顔が知られていないシゲルは、堂々と一般の出入り口から闘技場に入っていた。

 そこでは、シゲルの戦いに合わせて、懸命に宣伝(呼び込み)に励んでいる闘技場職員がいた。

 また、その呼びかけに吸い込まれるように、闘技場の窓口に人が集まっている。

 複数あるその窓口は、闘技の勝敗を賭けることができる場所だ。

 その人数を見ても、注目の高さがうかがえる。

 それもこれも、シゲルという期待の新人が現れたことによる闘技場側の宣伝の効果であった。

 

 

 注目されればされるほど、シゲルにとっては本来の目的が果たせるので、それについて文句を言うつもりはない。

 ただ、自分の試合のためにこれほどの人数が集まっていると考えると、なんともフワフワした気分になってくるのも確かだった。

「……これが注目されると本来の力が出せないということに繋がるのかね?」

 与えられた控室で、誰に言うでもなく呟いたシゲルだったが、くっついてきていたマリーナに耳にはしっかりと入っていた。

「あら。緊張しているの?」

「緊張……とは違うと思うよ。どちらかといえば高揚、というのが正しいんじゃないかな?」

 自分が見世物にされるための舞台で、そんな気分になるとは思っていなかったシゲルとしては、少しだけ驚いていた。

 

 そんなシゲルの様子をじっと見ていたマリーナは、内心でホッと安堵していた。

 戦闘力という点においては全く心配はしていなかったが、これほど多くの人前で戦うのは初めてのシゲルだ。

 だからこそ多少心配して一緒に着いてきていたのだが、今のところそのせいで変に体が硬くなっているということはなさそうだ。

 ちなみに、マリーナ以外の女性陣が来ていないのは、シゲルに変に緊張させないという目的もあったりする。

 

 シゲルの答えを聞いたマリーナは、そんな内心を隠しつつ、いつも通りの顔のまま頷いた。

「そう。高揚しすぎて冷静さを失ったら駄目だけれど、見たところそんな様子もなさそうだから大丈夫そうね」

「そうなのかな? まあ、それならいいや」

 マリーナの言葉を聞いて、シゲルは気負いすぎることなく頷いていた。

 自分でもこの状況で頭の中は冷静でいられることに、少しだけ驚いていたりもする。

 シゲルはあがり症というわけではないが、これほど多くの人前に立ったことがあるわけでもないので、不思議といえば不思議である。

 

 とにかく、今の状態が最悪には程遠い状態であることはシゲルにもわかっている。

 マリーナのお陰で改めてそのことが自覚できたシゲルは、そのままの状態で会場へと向かったのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 会場に入るなり多くの歓声に包まれることになったシゲルだったが、それらの声に飲み込まれるということはなかった。

 それどころか、冷静なまま周囲を見回す余裕さえあった。

 また、だからこそシゲルは、観衆の一角に周囲とはまた違った状態でこちらを見てくる者たちがいることに気付いた。

「――なんでこんなところに来ているんですかね、アドルフ王」

 その呟きは小さかったため、観客の歓声に消されて誰の耳にも入ることはなかった。

 ついでに、そんなことを言っていたシゲルだったが、アドルフ王がわざわざ姿を見せている理由にもきちんと気付いていた。

 その理由は、アドルフ王の隣で、ニコニコと(営業用の?)笑顔を浮かべながら周囲に手を振っている。

 

 朝食をとるなりすぐに姿を消したラウラが、ちゃっかりと特等席を陣取っているのを見て、シゲルはガクリと力が抜ける思いになった。

 わざわざ父王と一緒にいることで、その目的も理解できることから文句を言うこともできない。

 そもそもこんなところでそんなことを口にしても意味がないので、シゲルは気付かなかったふりをして戦いに集中することにした。

 

 意図的に貴賓席から視線を外したシゲルは、中央に立っていた見届け人を見た。

 見届け人は、試験の時の判定員と同じような役目を負っていて、闘技の判断を行う。

 たとえどんなに闘者が続けると言っても、見届け人が終わりといえばその時点で負けとなる。

 ついでに、開始の役目も見届け人が負っているので、シゲルはそちらを見たのだ。

 

 シゲルの覚悟が決まったと理解したのか、見届け人は会場に向かって何やら話し始めた。

 これから行われる戦闘に集中しているシゲルに耳には、話し半分しか入ってきていなかったが、どうやらシゲルと戦う相手の紹介を行っているようだった。

 そして、ついにその見届け人から開始の宣言がなされた。

「開始!」


 見届け人がその宣言をした時には、すでに中央からいなくなっていて、闘技場にはシゲルしか残されていなかった。

 そして、シゲルの耳に開始の合図が聞こえてくるのとほぼ同時に、シゲルの目の前に三体の巨体が現れた。

 今回の対戦相手は、サイクロプスが三体だ。

 Aランクになったばかりの闘者にとっては、破格の数になる。

 もっとも、賭けをする際にどんな魔物が相手になるのかはわかっているため、そのことで会場が騒めくことはなかった。

 ちなみに、今回の賭けに関しては、わずかに魔物側が有利になっていたりする。

 サイクロプス三体という相手のことを考えれば、そこまで拮抗することはないので、それだけシゲルが期待されているということの裏付けでもある。

 

 シゲルとサイクロプス三体の戦いは、こうして始まるのであった。

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