(12)シゲルの立場
まだ興奮冷めやらぬ中、シゲルの目の前では、シロが倒したはずのサイクロプスが姿を消した。
これが、魔物を呼び出す召喚具の一番の謎とされている機能の一つだった。
呼び出された魔物は、本物そのものといってもいい存在なのだが、戦ったあとは必ずその姿を消してしまう。
呼び出した魔物が倒しきれなかったとしても、きちんとした処理を行えば、消すこともできるのだ。
その割には、物理的なダメージもしっかりと残るので、実際の魔物を呼び出しているのか、作り物の魔物なのかは、議論が分かれるところである。
もっとも、戦う本人にとっては、実際に怪我もするので、どちらでも構わないと考えるのが普通である。
ちなみに、倒してしまえば一定時間が経つと消えてしまうので、素材を得ることはできない。
故に闘者と闘技場側で、素材についての面倒なやり取りが発生することはない。
見学者たちにとっては既に見慣れた光景なのか、消えて行った魔物には目もくれず、シゲルに注目が集まっていた。
それらの視線に居心地の悪さを感じつつ、シゲルは判定員を見ながら聞いた。
「まだ試験はあるのですか?」
「い、いいえ、ございません。あちらで手続きを行いますので、着いて来てください」
判定員はそう言いながら、複数ある出入り口の一つに向かって歩き始めた。
勿論、シゲルが着いて来るのを確認した上で、である。
シゲルが去った闘技場内では、まだまだ興奮が収まらない様子で、見学者たちが騒いでいた。
その様子をしっかりと観察していたフィロメナたちは、お互いに視線を交わしながら話をしていた。
「――今のところ忌避するような言葉は出ていないな」
「まあ、そもそも強さが基準になっている場所だからそれも当然ね」
シゲルの実力を見せることで起こる一番の懸念点は、その実力の高さに排除の方向に世論が動きかねないことだった。
闘技場が強さに重きに置いていることから、そうならない可能性のほうが大きいと判断したからこそ登録を勧めたのだが、それでも絶対ではなかった。
その懸念が、少なくとも今のところは聞こえてこなかった。
フィロメナとマリーナの言葉に、ラウラも同意するように頷いた。
「どちらかといえば、今後に期待する声のほうが大きいようですね」
強さによってランク付けされる闘技場だが、対魔物戦では最高ランクがSランクとされている。
ところが、そのSランクになるためには、Aランクで連勝をしなければならないので、現在はそのランクについている者がいないのである。
ちなみに、フィロメナが登録をすればSランクは間違いないと言われているが、登録はしていなかった。
理由は簡単なことで、フィロメナ自身に興味がないということと、そもそも賭けが成り立たないということで、闘技場側が積極的に誘ってこなかったということがある。
シゲルの場合は、今のところ噂だけで実際の成果を知る者が少ないので、その辺りはきちんと成立するのである。
ただし、シゲルがSランクになった場合でも問題が起こらないわけではない。
「……後でシゲルには、手加減をするように言っておかないとならないな」
フィロメナが周囲を気にしながらこっそりと言うと、マリーナとラウラが無言のまま頷いた。
Sランクの魔物をサクサクと倒してしまうと、それはそれで問題が起こり得る。
その辺りの調整は非常に微妙なところなのだが、シゲルの感覚に任せるしかない。
もっともフィロメナたちは、そこまでシゲルが闘技場に入り浸りになるとは考えていないので、あまり心配はしていない。
シゲルが闘技場に登録をしたのは、あくまでもその名前と実力を一般に知らしめるためである。
その意味においては、今回の試験ですでに役目を果たしたと言えるが、まだまだ十分であるとは言えない。
今回のような特殊な者たちだけではなく、あと数回は実際に一般の者たちの前での戦闘は必要になるはずである。
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シゲルと婚約をしたフィロメナたちに気を使って一日離れて行動をしていたミカエラは、話を聞いてため息をついた。
「そういうことなら私も一緒に行けばよかったかしら」
「なんだ。シゲルの戦闘にでも興味があったのか?」
フィロメナが首を傾げながらそう言うと、ミカエラは首を左右に振った。
「そっちじゃなくて、登録の方よ。精霊使いは数が少ないのでしょう?」
「ああ、なるほど」
ミカエラの答えに、フィロメナが納得顔で頷いた。
精霊使いの認知度が低いのは、そもそもの数が少ないためである。
その上で、シゲルのように上級精霊を二体も同時に使うということ自体が普通ではないのだが、話しに聞く限りではその辺りに誤解があるようだった。
精霊使いがたった一人でサイクロプスを圧倒できたのは、上級精霊を従えているからである。
ミカエラ自身が、シゲルと対峙して勝てるかどうかと聞かれれば、無理と答えるだろう。
勇者パーティの一員として生き残ることができたのは、やはりフィロメナの存在が大きいとミカエラ自身がよくわかっている。
もっとも、そのミカエラも他の精霊使いから見れば、突き抜けた位置に存在しているのだが。
とにかく、精霊使いという視点から見れば、シゲルの実力が抜けていることを知らせるという点においては、失敗したともいえる。
「登録する精霊使いが増えれば、シゲルのやったことがどれほどのものか理解されたのでしょうけれどね」
マリーナがそう言うと、隣に座っていたラウラも何度か頷いていた。
「まあ、それはいっても仕方ないよ。どうせ何度か戦うことになるのは織り込み済みだったんだから」
何故か反省モードになってしまった女性陣を見て、シゲルは慰めるようにそう言った。
これまでの前例が少ない以上、評価が渋めになってしまうことは仕方がない。
最初から何度か闘技場に来ることが分かっていたシゲルとしては、フィロメナたちが言ったことは、大したことではないのだ。
当初の目的は、シゲル自身の戦闘能力の高さを見せつけることだ。
それに合わせて、契約精霊たちの強さが示されればいうことはない。
そうすれば、シゲル自身だけではなく、精霊たちにも下手に手を出して来ようとは思わなくなるはずだ。
それさえ達成できれば、途中の手間は多少目論見が外れたとしても問題ではない。
覚悟さえ決めてしまえばあとはどうとでもなると告げるシゲルに、フィロメナたちは苦笑をした。
「シゲルは、変な時に豪快になるな」
「肝が据わっているというか……」
フィロメナに続いて、マリーナも感心した顔で頷いている。
微妙にディスられているのかもと一瞬考えたシゲルだったが、二人の顔を見てそうではないことに気付いて、なんとも言えない顔になる。
どう反応していいのかわからなかったのだ。
その気持ちを誤魔化すために、こちらを見てきているミカエラを見て聞いた。
「ミカエラは何をしていたの?」
「私? 大したことはしていないわよ? 町をぶらついたり、ちょっとした知り合いに顔を見せに行ったりね」
エルフであるミカエラだが、勇者パーティとして行動していた以上、各地に知り合いは存在している。
ホルスタット王国は、魔族の領地からは離れた位置にあるが、知り合いがいないわけではないのだ。
ミカエラに気を使わせてしまったことを気にしていたシゲルは、その答えを聞いて安心した表情になった。
それを見たミカエラが、先ほどとは違った意味で苦笑をした。
「あのね、シゲル。自分から一人で楽しむって言ったんだから、そこまで気にしなくてもいいのよ。――変に気を回しすぎると、禿げるわよ?」
「は、禿げ……!」
ミカエラの冗談に、シゲルは微妙に体をピクリとさせた。
別にシゲルにその兆候が現れているわけではないのだが、やはり気になるお年頃(?)なのだ。
そのシゲルの様子を見て、何故かフィロメナが少し慌てたように言ってきた。
「わ、私は別にシゲルがそうなったとしても気にはしないぞ?」
なんと返していいのかわからないことを言われたシゲルは、その言葉になんとも言えない顔になった。
聞きようによっては、その兆候が見えているというようにも受け取れるためだ。
なんとも言えない空気に包まれたため、マリーナが少しだけ非難するようにミカエラを見た。
「あ、えーと、ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないんだけれど……?」
そう言って頭を下げたミカエラだったが、言ってしまった言葉が戻るわけではない。
小さな心の傷をシゲルの中に残して、この会話は強引に終わりを迎えるのであった。
落ちに使ったシゲルの頭部ですが、今のところどうこうなることはありませんw




