(1)現在の状況
ホルスタット王家との話し合いからひと月が過ぎていた。
あと数日後には、シゲルはラウラと共に婚約発表の場に出ることになっている。
ついでに、その場では、フィロメナ、マリーナも一緒に発表する予定だ。
発表が行われる場所と立場上、ラウラが優先的に扱われることにはなるが、シゲル自身は優劣をつけるつもりはない。
そのことは既に三人から了承をもらっているので、シゲルは安堵している。
ちなみに、微妙にシゲルのヘタレな部分が出たともいえるが、三人はそれもシゲルらしいと笑っていた。
婚約発表を数日後に控えたある日、シゲルはのんびりとフィロメナの家の自室で『精霊の宿屋』の調整を行っていた。
「――よし。これで、全体的に変えることができたかな?」
調整を終えた後の画面を見たシゲルは、満足げな表情で頷いた。
拡張を行ってから今までコツコツと精霊力を貯めながら調整を行い、ようやくその作業が終わったのである。
何しろ今回広がった大きさがこれまでにないほどだったので、未開発の部分の調整を行うだけでかなりの精霊力を必要としたのだ。
細かい調整はまだまだ続けるが、これで全体をいじることはない予定だ。
現在の『精霊の宿屋』は、次のようになっている。
まず、中央に桜の精霊樹があることは変わっていない。
それを中心にして、大きめの公園のような場所にした。
テーマは日本庭園のような場所である。
ちなみに、通路に見立てている場所には、縁石や玉砂利になりそうなものを敷き詰めてある。
別に人が歩くわけではないので、ただの土を踏み固めたような道にしてもよかったのだが、シゲルの趣味と土の精霊の訪問が増えてくれないかという効果も狙っている。
日本庭園風の公園の南東側には、北東から南西に向かって流れる川がある。
その川の上流、『精霊の宿屋』全体でいうと北東側には、すでに湖といいっていいほどの大きさの池がある。
その池には、当然のように精霊の雫を配置してある。
北東側は、水の精霊の訪問を狙って作っている。
全体の南東側は、中央に炎の調べ(松明)が置いてあり、それをかがり火にするようにして大きめの屋敷が建てられている。
その屋敷は契約精霊の拠点になっていて、外敵が来るまでの待機場所にもなっていた。
さらに屋敷に併設するようにして、ノーラが作った宝物庫もしっかりと建っている。
そのほかにもいくつかの建物を増やしていて、ちょっとした開拓村といった様子になっている。
今後も建物は増やしていくつもりなので、いずれ南東側は、ちょっとした町にする予定だ。
さらに全体の南西側は、花畑や草原が広がっていて、中央にはエアリアルから貰った風の源がある。(第5章 今後に向けて(8)精霊の好むものにて、「見えないもの=風の源」となっていました)
『精霊の宿屋』には、一応季節があるので、季節によって咲いてくる花が変わるように、多くの種類の花を植えてある。
最後の北西側には、すでに森といっていい大きさの林が広がっている。
ここも一つの種類の木だけにはせず、なるべく自然の状態に近い森になるように再現をしていた。
完成した『精霊の宿屋』の状態を見て満足をしているシゲルに、横から様子を見ていたリグが嬉しそうに言ってきた。
「これでまた、訪れる精霊が増えるかな?」
「どうかな? 増えてくれると嬉しいけれど」
実は、『精霊の宿屋』に外敵が来るようになって、一時的に訪問する精霊の数が減っていた。
ただ、それも日が進むにつれて元の状態に戻っていき、シゲルが調整を入れるたびにその数が増えていた。
今では、拡張前を遥かに越える精霊たちが、『精霊の宿屋』に訪問してきている。
慎重な様子を見せているシゲルに対して、リグが励ますように言ってきた。
「大精霊の皆も来たんだから、これからどんどん増えてくると思うよ?」
「あー、それはそうかもね」
すでに『精霊の宿屋』には、メリヤージュだけではなく、ほかの面識ある大精霊も訪ねてきていた。
遠距離通信を覚えたラグやリグのところに、それぞれの大精霊から連絡があって、それをシゲルが許可したために実現したことだった。
その訪問があってから、訪問してくる精霊たちの数が増えているのも事実である。
シゲルは、大精霊たちには助けられているなあと思いつつ、それを拒否するつもりもない。
そもそも大精霊の側から望んでいることなので、断るのもおかしいと考えているのだ。
「でも、大精霊の皆に頼りになるばっかりなのもなー」
「シゲルは、大精霊が嫌い?」
「まさか。そんなわけないよ。ここまで順調に『精霊の宿屋』が成長しているのは、間違いなく大精霊のお陰だし。そもそも、今まで嫌いになるようなことされた覚えもないしね」
初めてメリヤージュと会ってから今まで、シゲルは大精霊に対して悪印象を抱いたことはない。
ただ、やはり他の契約精霊とは違って、ちょっとした距離があるのも確かだった。
成長を続けている『精霊の宿屋』に合わせるように、契約精霊も順調に成長をしている。
今も相手をしてくれているリグを含めた初期精霊の三体は、すでに上級精霊のCランクだ。
そろそろBランクが見えてきているが、その次がどうなるかは今のところ分かっていない。
大精霊がいる以上は、その先があるのも間違いないとは考えているが、そう簡単に先に進めるとは考えていなかった。
さらに、今回の拡張で上級精霊になった三体はHランクで、アグニは中級精霊のCランク、残りの三体は中級精霊のDランクになっている。
順調に成長を見せている契約精霊だが、今後も同じように伸びていくのかは考えないようにしている。
それは、成長を期待したうえで『精霊の宿屋』の運営をしていくと、一つ歯車が外れた時に、とんでもないことになりそうだからだ。
ぎりぎりのところを攻めていくのもスリルがあって楽しいということもわかるが、少なくともシゲルはそんなことは求めていない。
それでなくとも、十分に楽しんで生きていくことはできているのだから、無駄に危険(?)に突っ込むつもりはないのである。
シゲルの中で『精霊の宿屋』は、あくまでもこの世界での人生を楽しむための道具の一つであるという位置づけなのだ。
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『精霊の宿屋』の調整を終えたシゲルが、リグと一緒にリビングに移動すると、そこには全員が揃っていた。
「あれ? いつの間に集まっていたの?」
一時間ほど前にシゲルが顔を出した時には誰もいなかった。
「ついさっきだな。別に声をかけたというわけではないのだが」
フィロメナがそう答えると、ほかの面々も頷いていた。
「そう。明日は出発だけれど、準備は大丈夫?」
「大丈夫よ。そもそも私たちがこっちから持っていくものは、ほとんどないから」
シゲルの問いに、マリーナがそう答えてきた。
シゲルたち、というよりも女性陣は、明日には王都に向かって婚約発表の準備をしなければならない。
報告から今まで、何度か王都に行ってはドレスの用意などをしてきたが、明日から数日間は本格的な準備をすることになる。
ちなみに、そうした用意のほとんどは、ホルスタットの王族が進めていた。
そもそも、発表という形で大々的に行うことになったのは、王族の意向でもあるので、シゲルたちはありがたくそれに乗っかることにしたのだ。
ラウラが任せてしまえばいいと丸投げしたので、それに合わせたとも言うのだが。
とにかく、数日後に婚約発表を控えたシゲルは、すでに緊張を――していなかった。
自分でも不思議なことだが、全くと言っていいほどに、気持ちは平常通りだった。
勿論、当日になって多くの人々からの注目を集めることになれば緊張もするのだろうが、今のところは落ち着いている。
もしかしたら、すでに覚悟を決めてしまっていて、心が落ち着くところに落ち着いているのかとも思っている。
とにかく、今の自分は幸せだと、三人の女性たちの笑っている顔を見て、シゲルはそんなことを考えるのであった。
池と湖って、どれくらいの大きさで分けられるんでしょうね。
(敢えて調べてないw)




