(20)二人の時間
ホルスタット王国の王族との話し合いを終えたシゲルとラウラは、ビアンナ、ルーナと合流をしてからフィロメナの家へと戻った。
「ほんの数時間で王都から魔の森まで来れるのは、やはり便利ですね」
と言ったのは、改めて感心した様子を見せているラウラだった。
シゲルとしても同感だったので、アマテラス号をゆっくりと下ろす操作をしながら頷いていた。
そして、シゲルたちがフィロメナの家に向かうと、玄関先ではフィロメナたちが出迎えてくれていた。
「あれ? 家の中で待ってくれていてもよかっ――」
よかったと続けようとしたシゲルだったが、フィロメナの顔を見て一度言葉を止めた。
「ええと、フィロメナさん? なぜにそんな顔をしていらっしゃるのでしょうか?」
何やら険しい顔をしているフィロメナを見て、シゲルは少しだけ腰が引けた状態でそう聞いた。
ただ、そんなシゲルに対して、フィロメナは何も言わずにただ無言で近づいていき、シゲルの腕を取って引っ張り始めた。
「え? あれ? なに?」
何も言わずに引っ張られているシゲルは、戸惑った様子でフィロメナを見る。
だが、そのフィロメナは相変わらず何も言わずに、ただシゲルを家に向かって引っ張っていた。
「頑張ってシゲル。とりあえず、フィーの言うことを聞いていれば収まると思うから」
「いや、余計に怖いんだけれど。何!?」
ミカエラの言葉に、シゲルは焦った様子でそう応えた。
といっても、ミカエラとマリーナの顔を見れば、悪ふざけに近い物だということは理解できたので、言われたとおりにフィロメナにされるがまま引っ張られていた。
そして、シゲルとフィロメナが家の中に消えていく様子を見ていたラウラが、ミカエラとマリーナの顔を交互に見て聞いた。
「大丈夫なのですか?」
「平気よ。単にシゲルが作った料理に飢えているだけだから」
マリーナがそう言うと、ラウラは納得の表情になって頷いた。
「そういうことですか。……ですが、完全に餌付けされていますね」
「まあ、本人がそれでいいと思っているからいいんじゃない?」
ラウラの言葉に、ミカエラが少し投げやりな様子でそう答えた。
フィロメナが、シゲルの作った料理に食いつくのは、すでに病的なレベルに達しているのではないかと(勝手に)考えているミカエラなのであった。
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一方、無言のまま家の台所まで引っ張られたシゲルは、フィロメナが何も言わなくてもすぐに目的を察した。
王都の向かう前に、ちょっとしたものを作ってあげたのだが、どうやらそれだけでは足りなかったようだった。
「ええと? 夕食まであと少ししかないけれど、お腹いっぱいにならない?」
「そんな心配はいらないから、何か作ってくれ」
「……はい」
怖いくらいの顔をしているフィロメナを見て、シゲルとしてはそう答えることしかできなかった。
今言った通り夕食まで時間もあと少しなので、軽く食べられるものを用意するしかない。
何を出すべきかと脳内で考えつつ、シゲルはフィロメナを見ながら言った。
「ちゃんと作るから、そんなに近づかなくてもいいと思うよ?」
シゲルがそう言うと、なぜかフィロメナがムッとした表情になった。
「なんだ。シゲルは私が近くにいるのが嫌なのか?」
「あー、いや。そんなことはないよ。ごめんごめん」
シゲルはそう答えながら、フィロメナの本来の目的を察した。
料理を食べたいというのは確かにあるのだろうが、それ以上に一緒にいたかったのだ。
そもそも、未だに他のメンバーが近づいてこないことがからして怪しい。
最初からそのつもりで、フィロメナたちが話し合っていたのだと、すでにシゲルは疑っていた。
そしてそれは間違っておらず、すでにラウラはミカエラとマリーナに説得されて、こっそりと別の部屋で寛いでいた。
タロの町の時から合わせると、それなりの時間を独占(?)していたので、協力はするということだ。
時間も時間なので、シゲルは夕食を作るついでに、フィロメナがつまみ食いできるようにすることにした。
適当に材料を用意して手早く夕食を用意し始めたシゲルは、途中で思い出したように言った。
「砂糖さえあれば、こういう時に食べられるおやつも用意できるんだけれどな」
「おやつか。作れるのか?」
今までシゲルは普通の食事しか用意したところしか見ていないので、フィロメナは期待を込めたような視線を向けながらそう聞いた。
「簡単な物だけだけれどね」
食事は趣味も兼ねて作っていたシゲルだが、菓子類はたまに興味が向いた時に簡単なものを作ったことしかない。
それでもクッキーくらいは作れるので、砂糖さえあれば作ることができる。
ちなみに、砂糖なしで作れるクッキーのレシピを知っているほどの知識はない。
シゲルの言葉を聞いたフィロメナは、少し考えるような顔になった。
「確か南のほうに行けば、多少は手に入れられると聞いたことがあるな」
砂糖は、王侯貴族くらいが手に入れられるもので、一般に出回ることはほとんどない。
それでも、やはり生産地まで行くことができれば、ある程度手に入れることはできる。
とはいっても、その値段は普通の一般家庭では贅沢の一つとして手に入れる値段にはなるのだが。
しかも、そうした砂糖は、シゲルが知っているような白砂糖ではなく、黒い物が混じっているような品質の低い物だ。
フィロメナの言葉を聞いたシゲルは、少し考えるような顔になって言った。
「そう。だったら今度は南に向かうのもいいかもしれないね」
「そうだな。……砂糖を手に入れるためだけに行くのは、随分な贅沢という気もするが」
普通は、それほどの距離の場所まで、簡単に行こうと考えることはしない。
それもこれも、あっという間に長距離を移動できるアマテラス号があるからこそできることだ。
フィロメナが言いたいことが分かったシゲルは、少しだけ笑った。
「まあ、折角あるんだから使ってあげるのが筋じゃないかな? その方がタケルも喜ぶだろうし」
「そうだな。まあ、そういうことにしておこう。……ところで、これはもう食べてもいいのか?」
先ほどから会話をしながらシゲルが作った一品から目を離していなかったフィロメナが、そう聞いてきた。
「――いいよ」
フィロメナのその様子に苦笑しながら、シゲルはそう答えるのであった。
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飢えた狼(?)を満足させた翌日、シゲルはマリーナと一緒にタロの町へと向かった。
「――まあ、何となくこうなることは分かっていたけれど」
「あら、私と一緒は不満かしら?」
シゲルの言葉に、楽しそうな表情になってマリーナがそう聞いてきた。
「まさか。不満なんかないよ」
マリーナの言葉に、シゲルは慌てて首を左右に振った。
実際、マリーナと二人きりで一緒に町を歩くことに対しては、不満など出るはずがない。
タロの町に着いたシゲルは、男どもからの痛い視線を感じつつ、気にしないふりをしながら町の中を歩いていた。
ただ、タロの町はさほど大きくはないので、本当にただぶらついているというだけだった。
それでもマリーナは十分に楽しんでいるのか、終始笑顔を浮かべている。
その顔を見ているだけで、シゲルとしても満足できていたので、お互い様と言ったところだろう。
勿論、ただ町の中をぶらついていただけではなく、それなりにある店の中に入って、服などの物色もしていた。
嬉しそうな表情を浮かべながらそれらの物を選んでいるマリーナの顔を見て、シゲルはどこの世界でも同じなんだな、なんてことを考えていた。
「何を考えているの?」
途中でそんなことを聞いてきたマリーナに、シゲルが思ったままのことを言うと、マリーナも笑いながら頷いて言った。
「――そう。もしかしたら、その辺はどこに行っても変わらないのかもしれないわね」
「そうかな? まあ、そうかもしれないね」
実際には、もっと多様性があって、それぞれ地域で様々な考え方があることもわかっている。
ついでに言えば、個人個人で趣味嗜好が違っていたこともきちんと理解している。
それでもシゲルは、あえて否定することなく、マリーナの言葉に同意をするのであった。
イチャイチャタイムでした。
これにて第七章は終わりになります。
次の第八章は、また三日ほどお休みをいただいて、更新を再開いたします。
m(__)m




