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(18)大精霊という存在

 大精霊は気軽に呼び出していい存在ではなく、そう簡単に利用してはいけない。

 シゲルはしっかりとそういう考えを持っている。

 それは、今までことあるごとにフィロメナたちから大精霊についての常識を教え込まれているからであり、シゲル自身も他の契約精霊とは違った存在という認識をしているからである。

 そのシゲルが、今回の件で矛盾するような行動をしているのは、その考えを押しのけてでも自分とラウラの立場を守りたいということがある。

 さらにいえば、今後のためにも少しくらいは大精霊に甘えてもいいだろうと考えたということもある。

 そのうえで、しっかりと事前にメリヤージュに確認を取ったのだが、シゲルにとっても予想以上の反応が返ってきてしまった。

 お陰で、シゲルとラウラは、なんの憂いもなくアドルフとの話し合いに望むことができたといえる。

 シゲルの中では、今回の件を機に、もっと大精霊を利用してやろうという考えが出てきたというわけではない。

 

 

 厳しい顔をして自分たちを見てくるアドルフに、ラウラは表情を変えずに言った。

「お言葉を返すようですが、大精霊を自由に呼び出せる存在を、どうやって一国で御するのでしょうか?」

 ラウラがそう問いかけると、その場の空気が固まった。

 さすがのアドルフも言葉をすぐに返すことができずに、間が空いてしまっていた。

 若い時に王として即位をした頃はともかく、最近ではありえないほどの失態といっていい。

 

 それでもやはり一番最初に復活をしたのはアドルフだった。

「――なんだと?」

 ラウラがこんなところで自分に嘘を付くはずがないという思いはあるが、それでも疑問の表情を向けるのは避けられなかった。

 ラウラもそうなるだろうと予想していたので、不快に思うようなことはない。

 それどころか、少しの同情を混ぜながら続けて言った。

「気持ちはわかりますが、事実です」

 

 ヒューマンと違って、精霊に対して適性が高いと言われているエルフでさえ、大精霊を従えていたという話は聞いたことがない。

 そのため、いくらラウラからの話だとしても信じられないと考えるのは、当然のことなのだ。

 ラウラもその気持ちはよくわかるため、怒ったり悲しんだりするようなことはなかった。

 ただ、これから起こることに、心の中で少しだけ謝罪をするだけだ。

 

 それでもどこか疑いの視線を向けてくる家族たちに、ラウラは小さくため息をついてからシゲルを見た。

 最初からこういう流れになるだろうと聞いていたので、シゲルも小さく頷くだけで行動を起こした。

「メリヤージュ、お願い」

 シゲルがそう言うと、その場の雰囲気が一気に変わった。

 具体的には、見えない空気に押しつぶされるようなものになったのだ。

 護衛のために重い鎧を着ている騎士たちが、思わずといった様子で小さくうめき声を漏らしていたが、それを咎める者はいなかった。

 呼び出したシゲルと、最初から来ると分かっていて心構えができていたラウラを除く全員が、なんの前触れもなく現れた存在に圧倒されていたのだ。

 

 

 自らの呼びかけによって現れてくれたメリヤージュに、シゲルは小さく頭を下げた。

 事前にことわっていたこととはいえ、出てきてくれたことに対するお礼は必要だと考えてのことだ。

「来てくれてありがとう」

「いいのですよ。どうしても手が離せないときは、ちゃんと連絡をしますから。……そんな状況になることはめったにないと思うけれど」

 小さく笑いながらそう言ってくれたメリヤージュに、シゲルも笑い返した。

 大精霊が手が離せなくなる状況というのは、一体何が起こっているときなんだろうという疑問は沸いてきたが、それをここで口にすることはなかった。

 

 一方で、親し気に大精霊と会話をしているシゲルを見て、ラウラの除く他の面々は唖然としていた。

 大精霊が出てきたときに感じた重圧は、すでに収まっている。

 それでも、大精霊から感じる圧力のようなものは、全く感じなくなったというわけではない。

 大精霊が大精霊であるといわれるだけの圧倒的な力の片鱗は、全身を通して十分に感じていた。

 

 その様子を少し余裕のある表情で見ていたラウラが、シゲルとメリヤージュの挨拶(?)が終わるのを待ってから話し始めた。

「納得できましたか?」

 ラウラがそう問いかけると、ようやく固まっていたアドルフが慌てた様子でメリヤージュに向かって頭を下げた。

「――まさか、このような席でお目にかかれるとは思わず……」

「いいのです。それよりも、今は話を進めることのほうが重要では?」

 やんわりと挨拶を途中で止められたアドルフだったが、それに対して怒るようなことはできなかった。

 この世界において、大精霊はそれほどの位置にいるのだ。

 

 王という立場にいながら、少しだけ感情をのぞかせて恨めし気な表情で見てくるアドルフに、シゲルは申し訳なさそうに言った。

「すみません。信じてもらうには、やはり実物を呼んだ方がいいと言われたものですから」

 それはその通りなのだが、事前の告知もなしにいきなり大精霊なんて呼び出すなというのが、この場にいた全員のこの時の感想だった。

 勿論、微笑みを浮かべながらシゲルの傍に立っている大精霊メリヤージュを前にして、そんなことを言うことはできない。

「それはまあ、そうだろうが……」

 アドルフは、ちらちらと大精霊に視線を向けながらそういうことしかできなかった。

 

 実の娘(ラウラ)から話をされたとしても、疑いの目を向けることは避けられなかった。

 それが予想できたため、実物を呼ぶことにしたとシゲルとラウラが判断は正しい。

 そして、だからこそ、一国の王であっても簡単に対応ができるはずがない事態であるということも、現実としてあった。

 具体的には、王として見せてはいけないような態度を、現在もし続けているのだが、それを抑えるには大精霊に帰ってもらわないとどうしようもできない。

 アドルフたちは、大精霊からそれほどの力の差を感じ取っているのだ。

 

 アドルフが言いたいことがすぐに理解できたシゲルは、ラウラに視線を向けて彼女が頷くのを確認してから、メリヤージュを見ながら言った。

「呼びだしてすぐで申し訳ないけれど、いったん戻ってもらってもいいかな?」

「わかりました。これ以上いてもシゲルにとってはいいことなどないですからね」

 シゲルの言葉に、笑顔を浮かべながらそう応えたメリヤージュは、一度頷いてからその場から消えた。

 現れた時と同じように、瞬きをする間に起こった出来事に、これまでのことは夢だったのではと思わせるほどだった。

 

 

 メリヤージュからの重圧が消えて、呆然とした様子を見せる一同に、ラウラが苦笑をしながら言った。

「言っておきますが、夢だったのではなんて甘い考えは持たないでくださいね」

「……わかっている。夢や理想を追うだけではなく、現実に対処していくのが、為政者としての役目だと其方に教えたのは私たちだ」

 アドルフが大きくため息をつきながらラウラにそう言った。

 それでもやはり恨めし気な視線を向けるのは避けられなかったようで、少し拗ねたような顔になっている。

 ちなみに、アドルフのその対応はまだましで、同席しているラダやカインは、彫像のように固まったままシゲルを見ていた。

 

 呆れたような視線をシゲルに向けているアドルフに、ラウラは一度頷いてから言った。

「それでは、今回の要求が正当なものであると理解いただけましたか?」

「本来であれば認めたくはないというべきだろうが、認めざるを得ないだろうな」

 ラウラの問いに、アドルフは苦虫を噛み潰したような顔になって頷いた。

 

 単純に、シゲルを戦力として見た場合、どんな手を使ってでも国として手に入れたいと考えるのは当然のことだ。

 歴史上、大精霊を自在に呼び出す存在などいないとされているのだから、なおさらである。

 戦力として見ない場合でも、大精霊を従えていた存在が所属していた国ということで、歴史に国の名を残すことができる。

 そのメリットは計り知れないものになり、何が何でも自陣に引き入れたいと考えるのは、為政者として当たり前の感情だった。

 

 ただしホルスタット王国のような大きな国の場合は、少しだけ事情が変わってくる。

 そもそも大国というのは、大精霊という戦力を組み込まなくても、周辺の国々に対して十分に睨みをきかすことができる。

 大国同士で戦争を起こして、さらに土地の拡張をしたいという野望を持っているのであれば別だが、そうでないのであれば、わざわざ周辺各国から疑念を持たれるようなことを避けるというのも一つの方策である。

 一つの大国が大精霊を戦力として持った場合、余計な刺激を他の大国に与えることもあり得る。

 

 下手をすれば暴発寸前の爆弾のようなものになりかねないシゲルのような存在は、直接自ら抱えるのではなく、適度の距離を保って付き合ったほうがいいというのがシゲルとラウラの考えた提案だった。

 そしてそれは、変に土地を広めていく拡張主義を取っていくよりも、内政を高めたほうがいいと考えるアドルフの主義主張と一致するものであった。

 単にシゲルを政治に巻き込みたくないだけではなく、ホルスタット王国にとってメリットがあるという話に、アドルフはどうするべきかと考え始めるのであった。

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