(16)シゲルの決心
タロの町で冒険者活動を再開したシゲルは、アマテラス号を使って通常では数日かけて往復するような場所へ行ったりして、依頼をこなしていた。
場所によっては、ラウラたちのランクで受けられる常設依頼である薬草を取ったりもしている。
基本的に、シゲルがメインで動いていて、ラウラたちはそのおまけで依頼をこなすといった感じである。
ラウラがいる以上は、下手な場所に泊まるわけにはいかないので、仕方のないことだ。
そのラウラを連れまわしているのはどうなんだという思いは、シゲルの中にも当然のようにあるが、ラウラ本人からそれで構わないと言われれば、フィロメナの家に戻るように無理強いをすることもできない。
それに、ラウラにとっては、ギルドのランクはおまけであって、シゲルと一緒にいるのが目的だと言われてしまえば、そんな思いもなくなってしまった。
もっともそれは、ラウラ本人から言われたわけではなく、ビアンナから言われたことなのだが。
とにかく、そんなやり取りを経て、表面上は(?)シゲルがラウラたちを連れまわすという形で、冒険者活動を行っているのである。
そんなある日、今日は自分が夕食の用意をするとラウラから言われたシゲルは、簡易的な厨房に隣接している食堂で、くるくると動き回っているラウラをボーっとした様子で見ていた。
別に食堂にいる必要はないのだが、何となくこの日はそうしていたかったのだ。
そんなラウラの様子を見ながら、シゲルはふと本当に一国の姫とは思えないなと考えていた。
ラウラが料理をしている姿を見るのは、もうすでに当たり前の光景になっているので、そんなことを考えたのは久しぶりのことだった。
そして、その考えが湧き上がってくると同時に、申し訳ないという思いも湧き上がってきた。
一国の姫であるラウラは、本来多くの侍女などに囲まれて生活をしているはずである。
それが、なんの因果か今では二人だけに守られる生活になっている。
ただ、そのことでラウラが不満を言うのであれば、シゲルは速攻で元の家族の元へと送り返していただろう。
シゲルが申し訳ないと思うのは、自分に対して好意を向けてくれているラウラに、はっきりとした態度をとっていないことだ。
フィロメナやマリーナの時のことを考えれば、ヘタレだと言われても仕方のないような状況なのだ。
勿論、シゲルにも言い分はある。
ラウラの立場のことを考えれば、そう簡単に答えが出せるわけがない。
ラウラもそのことが分かっていて、今の状況で満足しているということもある。
とはいえ、いつまでもこの状態でいつづけていいはずがない。
いつかは結論を出さないといけないことだろう。
ラウラの姿を見ながらそんなことを考えていたシゲルは、そこでふと苦笑を浮かべた。
こんなことをうだうだと考えている時点で、すでに自分の中で結論は出ていると思いいたったのだ。
作業の合間でたまたま視界に入ったのか、そんなシゲルを見ながらラウラが首を傾げて聞いてきた。
「なにかおかしなことでもありましたか?」
「ああ、いや、なんでも――」
ないと続けようとしたシゲルだったが、そこで思いとどまった。
折角の機会なのだから、宙ぶらりんの状況を変えるのに丁度いいタイミングだと考えたのだ。
言葉を途切れさせたのを不思議そうな顔で見てくるラウラに、シゲルは少し真面目な顔になって言った。
「聞きたいことがあるんだけれど、いいかな?」
そう聞いてきたシゲルの様子を見て、ラウラは手伝ってくれていたビアンナの顔を見てから頷いた。
そして、ビアンナに作業の後を任せえたラウラが、シゲルの傍にまで近寄ってきた。
当然だが、ラウラの少し後ろには、ルーナが付き従っている。
そんなラウラに対して、シゲルは真正面から見ながらさらに聞いた。
「前にも聞いたことがあると思うけれど、もう一度確認しておきたいんだ」
「はい」
「もし自分たちが……ううん。自分が王国と対立することがあったら、ラウラはどうするつもり?」
シゲルがそう問いかけると、ビアンナとルーナの雰囲気が変わった。
二人の立場を考えればそうなるのも当然なので、シゲルは敢えて気付かなかったふりをしている。
ラウラも当然のようにそのことには気付いていたが、気にする様子を見せることなく、すぐに答えてきた。
「シゲルさんの行動が、人道に反するようなものであれば、もちろん止めます。ですが、国かシゲルさんを選ぶかと問われれば、シゲルさんを選びます」
「そう」
はっきりとそう答えてきたラウラに、シゲルはそれだけを答えた。
一応、ビアンナとルーナの様子も見ておいたが、二人の様子が変わることはなかった。
そのままの状態で三十秒ほど間を空けてから、シゲルはラウラに向かって言った。
「ねえ、ラウラ」
「はい」
「明日、今受けている依頼を片づけたら、王都に向かおうか」
そう言ってきたシゲルに向かって、ラウラははっきりと息を飲んで見せた。
シゲルたちと一緒に行動するようになってから、ラウラは自分の感情の表現を抑えるということが少なくなっている。
王族としては失格の行動なのだろうが、シゲルにとってはそちらのほうが好ましいと思える。
一瞬驚いたような顔を見せていたラウラだったが、その後は頬を微妙に赤く染めながら、少し狼狽えた様子を見せた。
「えっ!? ええと、そ、それは……?」
「嫌だったら嫌って言ってくれてもいいよ?」
「そんなことは言いません!」
ラウラは、シゲルに向かって慌ててそう言った。
それから落ち着かせるように一度だけ深呼吸をしたラウラは、
「そ、それでは、明日はフィロメナの家に行くのでしょうか?」
ラウラは、シゲルがなんの用事で王都に向かうと言っているのか、この時点できちんと理解していた。
「心配はするだろうから報告はしに行くけれど、王都には一緒に行くつもりはないよ」
今回の件に関して、シゲルはフィロメナたちの力を借りるつもりはなかった。
フィロメナたちの力を見せつけるよりも、自分自身の力を見せたほうがいいだろうと考えてのことだ。
シゲルの『覚悟』が伝わったのか、ラウラは嬉しそうな表情を浮かべつつ小さく頷いた。
「そうですか。そういうことでしたら、私は構いません。…………まずは、フィロメナとマリーナの説得からですね」
ラウラがそう言うと、シゲルは苦笑を浮かべてから頷き返した。
「そうだね。それがまず問題かな?」
ラウラとのことでフィロメナとマリーナが今更反対することはないと確信しているが、フィロメナたちを抜いての王都行きに関しては反対してくる……かもしれない。
それを考えると、ラウラの言い分は間違いではないのだ。
自分の顔を見て笑顔を浮かべているラウラを見ながら、シゲルはさらに続けて言った。
「それからラウラ」
「はい?」
「シゲルさん、じゃなくて、シゲルでお願い」
シゲルがそう言うと、ラウラは先ほどと同じように一度驚いたような表情になってから、すぐに嬉しそうに笑顔になった。
「わかりました。――シゲル」
少しだけ間を空けてからそう言ったラウラに、シゲルは同じように笑顔を向けるのであった。
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翌日。
シゲルたちは、予定通りにまずはフィロメナの家へと向かった。
予定よりも早く帰ってきたシゲルに、フィロメナは久しぶりにシゲルの料理が食べられると喜んでいたが、王都行きに関しては案の定渋った表情を見せていた。
それだけではなく、実際に最初のうちは実際に言葉でも反対をしてきた。
マリーナはフィロメナと違って言葉にしてくることはなかったが、顔を見れば反対しているのはわかる。
そのフィロメナとマリーナの反応に対して、別の意見を言ってきたのがミカエラだった。
そして、ミカエラが言った次の言葉によって、それまで反対していたフィロメナとマリーナが何も言えなくなってしまった。
「シゲルの顔を見ればわかるでしょう? どうせ何かあれば、大精霊辺りを呼び出すことも考えているわよ」
ミカエラのその言葉に、シゲルははっきりと頷き返した。
大精霊を便利に使うつもりはないシゲルだったが、いざというときに出し惜しみするつもりはない。
そんなシゲルに対して、マリーナが今度は心配するような表情を向けてきた。
「それは、大丈夫なの?」
「勿論事前に確認は取っておくよ。人前に姿を見せるのが嫌だということもあるだろうから」
当然といえば当然のシゲルの言葉に、他の面々はほっとしたような表情を浮かべた。
そして、少しだけ間を空けてからフィロメナが苦笑をしながら言った。
「それなら大丈夫だとは思うが……むしろ、逆に可哀そうになってくるな」
そのフィロメナの言葉に、シゲルとラウラを除いた他の面々が、真顔で頷くのであった。
宙ぶらりんの状態になっていたラウラですが、ようやくシゲルが動きました。
次(かその次?)で、この話はおわる……はずです。




