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(12)精霊の違い

 契約精霊たちに『精霊の宿屋』からの会話の方法を教えてくれたメリヤージュだったが、受けた恩恵はそれだけではなかった。

 翌日、宿のベッドですっかり寝入っていたシゲルを、時間になって起こす者がいた。

 それが誰かといえば――、

「んー? リグ? もう少し寝かせて……」

 意識が覚醒して寝ぼけながらそう返答したシゲルだったが、それでも揺さぶりは収まらなかった。

 続けられる揺さぶりに、次第にはっきりとしてきたシゲルは、目を開けて目の前にいる者を見て、ガバリと勢いよく起き上がった。

 そこにいたのは、ラグでもリグでもなく、『精霊の宿屋』の画面の中だけでよく見ていた姿だったのだ。

 しかも、大きさもラグやリグのようにすっかり成長している。

 

「え。も、もしかして、サクラ?」

 すっかり目が覚めてしまったシゲルの目に、桜色の髪を持った人物が映っている。

 そんな特徴を持った髪を持っている者は、新しい世界に来ていろいろな色の髪を見てきたシゲルにとってもサクラしかいない。

 そのサクラが、成長した姿で、しかも『精霊の宿屋』から出てきているのだから、驚くのも当然だった。

 

 シゲルの問いかけに、サクラは嬉しそうにはにかみながらコクコクと頷いていた。

「そうか。サクラも外に出られるようになったのか」

「はい」

 短い答えだったが、そこには隠しようのないうれしさが混じっていることに、シゲルは気が付いた。

 その声を顔を見れば、サクラも外の世界に出たかったということがわかる。

 

 と、そんなことを考えていたシゲルの耳に、別の声が聞こえてきた。

「やっぱり勘違いしたわね。サクラは、外に出られたのが嬉しいのではなくて、シゲルに触れられたのが嬉しいのよ?」

 シゲルは、青い髪を持つその人物に視線を移した。

「スイ?」

 昨日までと違って、すっかり成長した姿になっているスイを見て、シゲルは首を傾げた。

 

 そんなシゲルを見て、スイはクスリと笑ってから頷いた。

「そうよ。お陰で私もこうして成長できたわ」

「そうか。それはよかった。やっぱり拡張できたお陰?」

 シゲルの問いに、スイが一度頷いてから答えた。

「たぶん、そうね。拡張した後から、私に入ってくる力が増したから」

「力が? 何、それ?」

 スイの言葉に、シゲルが意味が分からずに首を傾げた。

 

 そのシゲルを見て、スイも首を傾げた。

「あら? ラグやリグから聞いていなかった?」

「いや、何も?」

「私たち契約精霊は、シゲルから力をもらって存在しているの。そして、『精霊の宿屋』が成長したらその力が大きくなったのよ。だから私たちも成長する余地が生まれたってわけ」

 初耳のその事実に、シゲルは驚いて口をぽかんと開けてしまった。

 少なくともそんな話は、ラグやリグからは聞いたことがない。

 それどころか、スイたちが成長しないことと一緒に悩んでいたので、そんなことは知らないはずだった。

 

 五秒ほどで驚きから復活したシゲルが、首を振りながら答えた。

「いや、初めて聞いたよ。ラグとリグは、知っていて教えてくれなかったのかな?」

「あら、そうなの? だったら、本当に知らなかったのかもしれないわね。あの子たちが、知っていて黙っているとは思えないから」

 スイがそう答えると、隣で黙って話を聞いていたサクラもコクコクと頷いていた。

「そうかな? でも、だったら何故スイやサクラは知っているの?」

 ラグやリグが知らないことを、スイやサクラは知っていて当然のような態度をしている。

 

 そのシゲルの疑問に、スイがあっさりと答えた。

「それはたぶん、生まれの違いだと思わ」

「生まれの違い?」

 意味が分からずに首を傾げるシゲルに、スイはさらに続けた。

「ラグたちは元が『精霊の宿屋』の生まれで、私たちはこちらの世界の生まれだもの。力の感じ取り方が違っていてもおかしくはないわ」

「え? そうだったの?」

「そうなのよ。『精霊の宿屋』で生まれた契約精霊は、今のところラグたちだけよ。多分、これもラグたちは知らないと思うわ。そんなこと意識もしていなかったでしょうから」

 スイの言葉に、シゲルは思わず唸ってしまった。

 属性や持っているスキルだけが違っていると考えていたシゲルだったが、どうやら知らないところで別の区分もあったと理解できたのだ。

 

 腕を組んで少しだけ考えたシゲルは、首を振ってから言った。

「一人で考えても仕方ないか。――ラグ、ちょっと来てくれる?」

 昨日の拡張以降は、『精霊の宿屋』で待機する契約精霊の数も増やしている。

 ラグは、昨日のうちにそのうちの一人に指定していた。

 

 シゲルの言葉に従って、ラグがその姿を見せた。

 ただ、シゲルが先ほどスイから聞いた話をラグに確認することはなかった。

 理由は簡単で、姿を見せたラグが、驚いたような表情になっていたからだ。

「あー、その様子を見る限り、やっぱり知らなかったんだ」

「はい。おそらくリグも同じだと思います」

 ラグがそう言って頷くと、さらにスイが続けて言った。

「まあ、仕方ないわよね。ラグたちは、最初から『精霊の宿屋』にいたから、違いなんて意識していなかったでしょうし。でも、今だったらちゃんと区別できるんじゃない?」

 スイの言葉を聞いたラグは、首を傾げながら虚空を見ていたが、やがて首を左右に振った。

 

 それを見て、どうやら駄目だったと察したシゲルが、慰めるように言った。

「まあ、急に言われても無理なのかもね。それは追々でいいと思うよ」

 現状、ラグたち初期精霊と他の精霊の違いに違和感を覚えたことは一度もない。

 いずれは必要になるかもしれないが、別に違いが区別できなかったとしても、シゲルにはいまのところ不利益などないのだ。

 

 シゲルの言葉にガクリとしていたラグは、元気を取り戻して頷いた。

「ところで、メリヤージュから教わった会話の方法は使えるようになった?」

『はい。それは大丈夫です』

 シゲルの問いに、ラグは敢えてそうしたのか、昨日のメリヤージュと同じような話し方で話しかけてきた。

「ただ、やはり『精霊の宿屋』にいないときは、普通に話したほうが楽ですが」

「そうなんだ。まあ、よほど緊急の時でもない限りは、使う必要もないけれどね。そう考えると、外敵が来た時くらいかな? 使えるのは」

「そうですね」

 シゲルの考えに、ラグも同意してきた。

 今までも特に『精霊の宿屋』からの会話ができなかったとしても不自由はなかった。

 それこそ外敵が来た時のような緊急事態以外に、使う必要もないはずである。

 用があれば、『精霊の宿屋』から出てきて話をすればいいだけなのだから。

 

 メリヤージュから習った会話方法に関しては、シゲルはそれ以上触れることはなかった。

 それよりも、別に気になることがあったのだ。

「ところで、『精霊の宿屋』って、新しい精霊が生まれたりしているの?」

 今までそんなことは全く考えていなかったが、先ほどのスイの話を聞いて、そんな疑問が沸いてきたのだ。

 『精霊の宿屋』はあくまでも精霊が訪ねて来る場所だと考えていたのだが、ラグたちが『精霊の宿屋』で生まれた精霊なのだとすれば、他に生まれていてもおかしくはない。

 

 そのシゲルの問いに答えたのは、スイだった。

「勿論よ。でも、今までは、私たちのように形を成している者ではなくて、力の弱い者たちばかりだけれど」

「ですが、おそらく今回の拡張で、下級精霊くらいは生まれてくるかもしれません」

 スイに続けて、ラグがそう続けてきた。

 ラグは精霊が生まれて来ていることは知っていたが、ただその場に存在しているだけの精霊だったので、あえてシゲルにはいっていなかった。

 『精霊の宿屋』のメンテナンスも含めて、その程度の力しか持っていない精霊は、直接役に立てることは何もないのだ。

 

 スイとラグの言葉に、シゲルは納得した顔で頷いた。

「そうなんだ。それってやっぱり『精霊の宿屋』に定住する精霊になるのかな?」

 今までは、契約精霊を除けば、下級精霊以上の精霊は、すべてが『お客さん』だった。

 もし『精霊の宿屋』で下級精霊以上が生まれれば、ずっとい続けてくれるようになるのかもしれないと、シゲルは考えたのだ。

「そうだと思うわよ? 勿論、私たちみたいに、こっちに定住を希望する精霊もいるかも知れないけれど」

「ああ、それはそうだろうね」

 いくら何でもシゲルもすべての精霊を『精霊の宿屋』に縛り付けておくつもりはない。

 それでも、環境を良くしてできるだけ多くの精霊に残っていて欲しいとは考えている。

 

 そうした定住する精霊の数が増えてくれれば、外敵から『精霊の宿屋』を守ることもできるようになるはずだ。

 すべての外敵を契約精霊だけで守り切れるとは、シゲルは考えていない。

 このまま拡張を続けて行って、チュートリアル以上の敵が出てきたときには、もしかしたら契約精霊では防ぎきれることができないかもしれない。

 そうしたことを考えれば、できる限り戦力になる存在を増やしたいと考えるのは、当然のことなのである。

前日から集めてもらっていた新しい契約精霊については、次話にて。

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