(11)不思議な会話
魔族とニアミス(?)をして、『精霊の宿屋』を拡張した日の夕刻。
シゲルたちは、この日泊まる予定の町の傍にアマテラス号を泊めていた。
いつもならすぐにでも町の宿屋を確保しに動くのだが、今回はそうしていなかった。
まだ最大のイベントというべきことを、やり残していたのだ。
艦橋に全員が揃って自分に注目が集まっている中、シゲルはそっとその名前を呼んだ。
「メリヤージュ、来てくれますか?」
シゲルがこの場でメリヤージュを呼んだのは、最初に会ったときに彼女が言っていたように、本当に『精霊の宿屋』に入れるのかを確認するためである。
「呼びましたか、シゲル?」
シゲルの呼びかけに応えるように、メリヤージュがあっさりと姿を見せた。
大精霊は、そうそう簡単に姿が見ることができるはずがないのだが、あまりの気安さにシゲルは内心で拍子抜けしていた。
「以前の約束が果たせるのではないかと思って呼びました……が、どうですか?」
シゲルがそう言うと、メリヤージュは一瞬驚いたかのように目を見開いてからにこりと微笑んだ。
「シゲルならいつかはと思っていましたが、これほど早く達成するとは思いませんでした」
「ということは、入れるのですか?」
「ええ。問題ありませんよ。――では、さっそく入ってみましょう」
メリヤージュはそう言った傍から姿を消した。
それは、いつもの消え方と一緒だったが、単に目の前から消えたわけではないことは分かっている。
メリヤージュが姿を消したのを確認したシゲルは、すぐに『精霊の宿屋』を開いた。
すると、画面上にしっかりとメリヤージュらしき姿があるのが確認できた。
『精霊の宿屋』の中にいるメリヤージュは、ほかのいくつかの精霊たちのようにその身に光を纏っていて、それが誰よりも強いのだからすぐにわかった。
ちなみに、ラグたちも光を身に纏うことはあるが、いつもではないので、シゲルは精霊の気まぐれで起こっている現象だと考えている。
メリヤージュが、『精霊の宿屋』の画面内を移動するのを見ながら、シゲルは周囲からの視線(圧力?)を感じて、ふと頭を上げた。
見ればフィロメナたちが、先ほど以上に自分に注目していることがわかった。
「ええと、しばらくかかりそうだから、なんだったら先に宿を取ってきてもいいよ?」
「いや、そういうわけにはいかないだろう。木の大精霊が何かをするとは思えないが、シゲルがやらかすかもしれないからな」
フィロメナがそう答えると、ほかの者たちが一斉に頷いていた。
皆の反応に、微妙に傷付いたシゲルは、顔をしかめた。
「いや、そんなことはないと思うけれど……?」
「そうか? シゲルのことだから、大精霊に求められるままに、町の中で呼び出したりするのではないか?」
「い、いや、まさか。そんなことは……」
フィロメナの言葉に、シゲルはそう言いながら微妙に視線をずらした。
確かにメリヤージュに請われれば、言われるがままに町の中を案内しそうだと、一瞬でも考えてしまったのだ。
今、フィロメナに釘を刺されていなければ、ほぼ間違いなくそうしただろう。
騒ぎになるということは分かっているが、それよりもメリヤージュの希望を優先したはずだ。
全員からの無言の圧力を感じたシゲルは、抵抗することなくすぐに頭を下げた。
「ごめんなさい。そういうこともあるかもと、ちらりと考えていました」
「だろうな。頼むからそういうことはやめてくれよ? まあ、シゲルが目立ちたいというのなら止めないが」
フィロメナがそういうと、他の面々も各々頷いた。
フィロメナたちは、シゲル自身が大精霊を召喚できるほどの精霊使いであることを公表するつもりなら、それを止める気はない。
ただ、今までのシゲルの言動から、なるべく面倒を避けたいと考えているとわかっているからこそ、こうして忠告しているのだ。
シゲルもそれが分かっているからこそ、特に反発することもなく、素直に謝ったのである。
フィロメナからの忠告を受けて反省しているシゲルの元に、耳慣れない声が聞こえてきた。
それは、空気を伝って耳から聞こえてくる音ではなく、直接頭の中に響いてくるような声だった。
『そのような心配はしなくてもいいですよ。私は、自ら目立つような真似をするつもりはありません。――導者からの呼び出しがない限りは』
「えっ!? メリヤージュ?」
『精霊の宿屋』の中にいるはずのメリヤージュからの声が聞こえてきて、シゲルは慌てて画面を確認した。
声の聞こえ方から、まだ外に出てきていないとはわかっていても、初めての事態にもしかしてと考えてしまったのだ。
『精霊の宿屋』の画面と周囲を交互に見ているシゲルに、メリヤージュがさらに話しかけてきた。
『シゲルが作っているこの世界は、とても住みやすいですね。多くの子たちが訪ねて来る理由がこれで分かりました』
「そう言っていただけるとありがたいです」
『あら。そんなに恐縮しなくてもいいのですよ? 本心から言っているのですから』
そんなことを言ってくるメリヤージュに、シゲルは失礼だとわかっていても「ハア」としか返せなかった。
シゲルとしては、好きなように自然物を置いているだけなので、それ以外に返答のしようがなかったのだ。
ただ、さすがにそれだけだとまずいと思ったシゲルは、先ほどから気になっていたことを聞くことにした。
「ところで、この会話はどうなっているのでしょう?」
『おや。ラグたちは、まだ使えないのですか。――そうですね。折角呼び出してくれたのですから、お礼に教えておくことにしましょう』
メリヤージュがそう答えるなり、画面内で彼女が他の契約精霊のところに近づいていくのが見えた。
今『精霊の宿屋』の中には、護衛で外に出ているシロ以外に、全員が揃っている。
初めての外敵が来るまでは、どんな様子なのかを確認させていたのだ。
シゲルとしては、そういうことをしてほしかったわけではないのだが、メリヤージュはさっさと行動に移してしまった。
それに、ラグたちが『精霊の宿屋』の中にいながらにして会話が行えるのであれば、それに越したことはない。
シゲルは、ありがたくメリヤージュの好意を受け取ることにした。
ただ、問題はこの会話形式を教えるのに、どれくらいの時間がかかるのかということだ。
できれば夕暮れになる前には、宿の中に入っておきたい。
そんなシゲルの思いが通じたのか、『精霊の宿屋』の中にいるメリヤージュから再び声が聞こえてきた。
『しばらくかかりますから、用があるのであれば、済ませてしまって構いませんよ。いきなり外に出ることはしませんから』
まさしく聞きたかったことの答えを言ってきたメリヤージュに、シゲルは心の中が読まれているのではと一瞬考えた。
勿論、それに対する答えはなかったが。
それはともかく、折角メリヤージュから時間がかかると言われたので、シゲルはこの間に宿に移動してしまおうことにしてフィロメナを見た。
メリヤージュの声がしっかりと聞こえていたフィロメナは、その視線の意味をきちんと理解して頷いた。
「そうだな。今のうちに宿を探しに行こう。大精霊もこちらの事情を考えてくれているようだしな」
こちらのというよりも、メリヤージュはシゲルの事情を考慮しているのだが、それは敢えて言わない。
皆がきちんと理解しているので、あえて言葉にする必要がなかったのだ。
この日泊まる町は、さほど大きなところではなかったので、宿もすぐに決まった。
この後で、メリヤージュが姿を見せるかもしれないことを考えると、安宿に泊まるわけにもいかず、その町で一番よさそうな宿に泊まることになったのだ。
もっとも、普段から貧乏旅行をしているわけではないので、いつもそれなりの宿に泊まってはいるのだが。
とにかく、シゲルたちが宿を決めて、夕食も取り終えて、それぞれの部屋に落ち着いた頃になって、シゲルはメリヤージュからの報告を受けた。
その報告は、ラグたちには会話の方法を教えたので、他に用がなければ森に戻るというものだった。
シゲルもそれ以上の用があったわけではないので、一度『精霊の宿屋』から出てきたメリヤージュを見送るだけで済ませたのであった。




