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(7)炎の調べ

 シゲルが見ている限りでは、ディーネと火の大精霊の関係は良好に見える。

 少なくとも、いきなり相性が悪いようには見えない。

 シゲルがこの場にディーネを呼んだのは、エアリアルと違ってしばらく会っていなかったからだ。

 それはメリヤージュも同じだが、さすがに溶岩がある場所に木の精霊を呼ぶほどシゲルは無知ではない。

 大精霊ほどにもなれば、周囲に溶岩があっても大丈夫だろうが、不快に思われても仕方がないことなので、そこはきちんと考慮していた。

 今回は大精霊たちを召喚できることを確認するためのお試し召喚なので、あえてそんなことをする必要性もなかったのだ。

 

 そんなシゲルに向かって、話をしていたディーネが唐突に言ってきた。

「それじゃあそろそろ私は戻るわ。あなたも私が見ていない方がいいでしょう?」

「む。気を使わせてすまないな」

「いいのよ。私も同じだもの」

 火の大精霊に向かってひらひらと右手を振ったディーネは、シゲルに確認するような視線を向けてきた。

 一応召喚主に戻っていいかの確認をしているのだ。

 

 それに気づいたシゲルはすぐに頷いた。

「わざわざありがとう」

「気にしなくていいのよ。きちんと呼んでくれなければ、契約した意味がないでしょう?」

 シゲルとしては別に大精霊と契約をしたつもりはなかったので、ディーネのその問いには曖昧に頷いておいた。

 別に契約したことになっていること自体は嫌ではないが、まだ戸惑いが残っているのだ。

 

 シゲルがそんな状態だとわかっているのかいないのか、ディーネは右手を振りながらその場から姿を消した。

 それを見送った火の大精霊は、シゲルに視線を向けてから言った。

「さて、せっかく気を使ってもらったのだから、さっそく名を付けてもらおうか」

 表情の変化は分からないが、どう見てもワクワクといった様子になっているのをみて、シゲルは苦笑をした。

 名づけが契約に直結するとわかった今となっては、多少気が引ける思いも浮かんでいるが、どう見ても断れるような雰囲気ではない。

 

 シゲルは、ディーネとの会話の最中も後から要求されることは分かっていたので、その間にどんな名前にするかは、一応考えておいた。

「では、イグニスはどうでしょうか?」

「ふむ。イグニスか……なかなかよさそうな名ではないか」

 火の大精霊改めイグニスは、そういいながらちらりと歯を見せた。

 どうやらそれが笑った時の仕草だと理解したシゲルは、内心でホッとしていた。

 これで気に入らないといわれた時には、また考え直さなければならないところだった。

 

 そんなシゲルの気持ちを見抜いているのかいないのか、イグニスは続けて言った。

「では、これが名づけに対する我の返礼だ。そこの――アグニだったか、受け取るがいい」

 イグニスがそう言うと、シゲルの横でおとなしくしていたアグニが、一度ぴょんと跳ねてからイグニスのところに近寄って行った。

 そして、イグニスに触れたか触れないかという距離まで近づいてからすぐに戻ってきた。

 その背中には、火がついている松明のようなものが乗せられている。

 今までの例からもいって、『精霊の宿屋』にとって重要なアイテムだということは理解できた。

 

 シゲルのところまで近寄ってきたアグニは、そのまま姿を消していた。

 『精霊の宿屋』にある倉庫にしまいに行ったということはすぐにわかったので、シゲルも慌てることなくイグニスに礼をした。

「ありがとうございます」

「名づけの礼だといっただろう? わざわざ其方が礼をするほどのことではない」

「そうかもしれませんが、礼儀は大事だと思っていますので」

「ふむ。そうか」

 イグニスはそう言いながら首を上下に振って、またちらりと歯を見せてきた。

「では、我もそろそろ失礼しよう。其方がその者(アグニ)をどう育てていくのか、楽しみに見守らせてもらうぞ」

 イグニスはそう言いながらマグマから見せていた首を沈めていき、最後には完全にその姿を消した。

 

 

 イグニスの姿が見えなくなると、シゲルの背後から一斉にため息を漏らすような音が聞こえてきた。

 それを合図に後ろを振り返ったシゲルは、一同を見まわしながら苦笑をした。

「もう四体目なんだから、そろそろ慣れてもいいと思うけれど?」

「あのねえシゲル。そんなことを当たり前のように言わないで」

 ミカエラが唇を尖らせながら文句を言うと、ほかの者たちも一斉にコクリと頷いた。

 確かに大精霊と会うということ自体には慣れを感じて来てはいるが、それで威圧そのものが減るわけではない。

 むしろ、ほとんど威圧らしきものを感じていないシゲルが、ミカエラたちからすればおかしいのである。

 

 羨ましいのか恨めしいのか、どちらともつかない視線を皆から向けられることになったシゲルは、少しだけ慌てながら言った。

「それにしても、どうしてエアリアルは、メリヤージュの為にもなんていったんだろうね? どう考えてもここは木の精霊には向かない場所だと思うんだけれど?」

 シゲルがそう問いかけると、ミカエラは難しい顔になって答えた。

「私にもわからないわ」

 ミカエラは、そう言いながら周囲を見回した。

 今いる場所は、アグニスが出てきた溶岩だまりがあるくらいで、他にめぼしいものがあるとは思えない。

 

 ミカエラと同じように辺りを見回したフィロメナが、宣言するように言った。

「とにかく、一度ここを調べてみないか? このまま話だけをしていても仕方ないだろう」

 フィロメナがそう言うと、他の者たちは一度頷いてから動き始めた。

 時間はまだ余裕があるので、調べられる限りのことは調べたほうがいい。

 結論を出すのは、それからでも遅くはないのだ。

 

 

 フィロメナの提案から三十分後。

 結局シゲルたちは、特にその場所で何かを見つけることなく、元の場所に集まっていた。

「――結局何も見つからなかったか」

「一応言っておくけれど、ラグたちも何もないと言っているからね」

 当然のように、シゲルは自分が辺りを調べている間、ラグたちにも探索をお願いしていた。

 だが、残念ながらめぼしいものは何も見つからなかった。

 

 シゲルに向かって分かっていると頷いたフィロメナは、ミカエラを見ながら聞いた。

「というわけだが、何か思い当たることはあるか?」

「さすがに分からないわよ。どちらかといえば、私よりもシゲルのほうが詳しいんじゃない? 少なくとも大精霊に関しては」

 ミカエルからそう言われたシゲルは、難しい顔になって腕を組んだ。

「そうはいってもなあ……。思い当たることといえば、単に自分とイグニスを会わせたかっただけで、メリヤージュには直接関係なかったということくらいだよ?」

 シゲルがそう答えると、他の者たちもうーんと首をひねった。

 その顔には、エアリアルがあんな思わせぶりなことを言ってきたのだから、何もないとは考えづらいと書いてある。

 

 そろって悩ましい顔になっているのを見かねてか、ここで今まで黙っていたラグが口を出してきた。

「あ、あの。『精霊の宿屋』はどうなっているのですか?」

「え?」

 ラグの言葉にシゲルが首を傾げた。

「いえ。イグニス様からアイテムを受け取ったではありませんか。あれで『精霊の宿屋』が何か変わっているのではないかと思ったのですが……」

「あ……」

 ラグの言葉に、シゲルは意表を突かれたような顔になった。

 

 周囲からの視線を感じて、シゲルは慌てて『精霊の宿屋』を確認し始めた。

「うーん。《炎の調べ》を手に入れたということ以外、特には何もなさそうだけれど……?」

 《炎の調べ》は、先ほどイグニスからもらった松明のような物のことだ。

「他には何も起こっていないのか?」

「そうだね。今のところは何もないな。……仕方ない。とりあえず適当な場所に置いてみるか」

 大精霊たちからもらったアイテムは、設置して初めて効果を及ぼしている。

 それは、ただ持っているだけだとだめだということなので、《炎の調べ》もそうではないかと考えたのだ。

 

 見た目が松明の通り《炎の調べ》は、先端で火がともっている。

 そのため屋敷の中に置くわけにもいかず、三つある建物の中央に来るように、その松明を置いた。

「うーん……。とくには何も起きないな」

 シゲルはそう言いながら『精霊の宿屋』をさっと確認してみた。

 少なくとも見た目上は、《炎の調べ》を置いた以外、大きな変化は起きていない。

 

 

 シゲルが『精霊の宿屋』を確認している間、他の者たちは再び洞窟内を調べていた。

 そんなことをしながら五分ほど経ってから、シゲルがようやくあるものに気が付いた。

「あー、もしかしてこれのことかな?」

 そう呟いたシゲルの目には、『精霊の宿屋』が拡張できる条件を示したメッセージが書かれていた。

 その内容を見る限りでは、確かに《炎の調べ》がキーになっていたことがわかった。

 ただ、残念ながら今ある精霊力では、拡張することができない。

 そのことを皆に伝えた結果、とりあえずはこの場所を離れて船に戻ろうということになるのであった。

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