(15)精霊との関係
ドック内にある部屋を一通りみたシゲルは、自分ではあまり役に立てなさそうだと判断して、メンテナンス中のアマテラス号へと入った。
アマテラス号の船長室には、日記を始めとしてタケルが日本語で書いた物が多数あるのだ。
読めない本を眺めているよりも、それらをチェックしていたほうが、まだ役に立てると考えたのである。
タケルの日記には、アマテラス号を利用して世界中を移動している様子が書かれている。
その中でもシゲルにとって興味深かったのが、タケルと精霊の関係である。
残念ながら出会いの詳細については書かれていなかったが、エアリアルが成長していく姿がたびたび出てきている。
それこそラグやリグのように、姿が大きく変わったと書かれている箇所があった。
その成長スピードは、ラグたちのように早くはないようだが、それでも精霊が成長しているという点ではシゲルと変わらない。
タケルの場合は、精霊使いとしてよりも、刀を使える冒険者として最初に名を馳せていたようで、魔道具職人としては金を稼げるようになってから手を出している。
それは単純に、生活していくうえで、冒険者になったほうが稼ぎやすかったためだ。
ついでに、魔道具職人になるにはどうしても素材購入などの初期資金が必要になるため、異世界に来たばかりの頃は目指せなかったらしい。
もっとも、剣道をやっていたタケルは、苦労しながらも冒険者として稼ぎを出せるようになり、そこからアマテラス号を作れるほどの職人になったようだ。
タケルの人生は置いておくとして、シゲルが注目しているのは、異世界人、特に地球出身者と精霊の関係だ。
思えば、アビーの場合もディーネが成長していく姿を日記に書いていた。
「こちらの世界では、契約精霊が成長する認識はなかったのに、この差はなんだろう?」
シゲルがそう呟くと、護衛をしていたリグが応えた。
「単に、精霊が成長すると知らなかっただけじゃない? 精霊は、生まれた時からずっと同じ格のままだと思っているとか」
「うーん。そうかも知れないけれどね」
精霊が成長するところを目の当たりにしなければ、人は精霊が育つなんてことは考えないかもしれない。
しかもアビーやタケルが存在していた文明は一度滅びていて、技術や知識も失われているのだから精霊の成長のことを知らなくても不思議ではないかもしれない。
ただ、それはそれとして、シゲルが気になっているのは、精霊の成長に対する世界に認識についてだけではない。
「それに、なぜあの世界の人間に精霊がつくのかも不思議だよね」
アマテラス号を使って世界中を旅していたタケルは、当人以外の数人の渡り人と会っていた。
だが、アビーを除けば、精霊使いになっていた渡り人は一人もいなかった。
これが偶然なのか必然なのかは、数が少なすぎて分からないが、少なくとも地球人(?)に精霊が必ずついていることは確実である。
地球では、精霊は御伽話の存在なので、なぜそうなっているのかがさっぱり分からないのだ。
さすがにシゲルのその疑問に対するリグの答えはなかった。
その代わりに、シゲルの背後からこれまでいなかったはずの存在の声が聞こえてきた。
「あの人もそのことを疑問に思っていたけれど、そんなに不思議かしら?」
その声にシゲルが後ろを振り向くと、そこにはエアリアルがいつの間にか立っていた。
そして、それを見たリグが嬉しそうな顔をしてエアリアルの元に近寄って行く。
それを笑顔で迎えたエアリアルは、近寄ってきたリグの頭を撫でていた。
その微笑ましい光景に、シゲルは少しだけなごんでいたが、折角の機会だからと会話を続けることにした。
「それはまあね。全ての人がそうだったとは言わないけれど、少なくとも自分の周りでは精霊なんていないと言われていた世界だから。不思議に思わない人のほうが少ないんじゃないかな?」
「そんなものかしらね。それはともかく、あまり考えすぎても仕方ないと思うわよ?」
「そうなの?」
「ええ。だって、私たちにだって、理由なんて分からないのだから」
あっさりと告げられたその言葉に、シゲルは内心で落胆のため息をついていた。
もしかして大精霊であれば、答えを持っているのではないかと考えていたのだ。
その気持ちを表には出していないつもりのシゲルだったが、エアリアルはしっかりと見抜いたのか、少しだけ笑いながらさらに続けた。
「私たちだって、全てを知っているわけではないわよ。たとえば、なぜ貴方たちのような渡り人なんて存在がいるかなんてことも、ね」
そのエアリアルの言葉に、シゲルはドキリとした。
それはまさしく、シゲルが不思議に思っていたことのひとつだったからだ。
「あー、やっぱりわからない?」
「分からないわよ。そんなもの、なぜ自分たちがこの世に存在しているのかと聞かれるのと同じような問いかけよ?」
哲学的な問いに近いと返されたシゲルは、諦めのため息をついた。
大精霊というこの世界では神に近いような存在が知らないというのだ。
少なくとも今すぐその答えを得ることが出来ないというのは、残念なことだった。
だが、そんなシゲルの顔を見て、エアリアルはクスリと笑った。
「それでもやっぱりあなたもその答えを求めるのね?」
「あー、うん。最終的に答えが得られなくても、何か目標があったほうがいいから」
シゲルがそう答えると、エアリアルは一瞬驚いたような顔をして、満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりあなたもそう答えるのね。タケルと同じ。それとも貴方たちの世界では、そう考えるのが普通なのかしら?」
「いや、どうだろう? そんなことはないと思うけれど……?」
多少自信なさげにそう答えたシゲルに、エアリアルは「まあ、いいわ」と返した。
エアリアルがもう一度リグの頭をなでると、リグは猫のように目を細めた。
「答えのない答えを追い求めることは止めない。でも、それを求めすぎて狂ったりはしないようにね。……まあ、貴方の場合は大丈夫そうだけれど」
多少揶揄うような口調で言ってきたエアリアルを見て、シゲルは彼女が何を言いたいのかをきちんと理解していた。
「確かに。約一名は、ぶん殴ってでも止めてくれそうだよ」
シゲルの答えを聞いたエアリアルは、クスクスと笑い出した。
ひとしきり笑ってからそれを治めたエアリアルは、改めてシゲルを見ながら言った。
「とにかく、貴方の持つそれを成長させたいのであれば、他の大精霊に会ってみることをお勧めするわ。……私たちのような対応をするかは分からないけれど、よほどのことをしない限りは、いきなり命を奪われるようなことはないはずよ」
「いや、はずっていうのが怖いのだけれど?」
「あら。仕方ないじゃない。いくら同胞といっても、何を考えているかなんて、見抜けるわけじゃないもの」
そんなことを言い残して、エアリアルは現れた時と同じように、唐突にその場から姿を消した。
それを残念そうに見送ったリグを見て、シゲルはまたほっこりとした気分になるのであった。
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シゲルは、エアリアルとの会話を終えてからしばらくの間アマテラス号の中でタケルの遺した資料を艦橋で見ていた。
すると、そこにマリーナが一人でやってきた。
「あれ? なにかあった?」
声をかけてくるでもなく、黙っていたマリーナに気付いたシゲルがそう聞くと、マリーナは首を左右に振った。
「いいえ。あそこには、私では役に立てそうな資料はなかったから。折角だから、シゲルと一緒にいようと思ってね」
そう言って微笑みを浮かべたマリーナを見て、シゲルは思わずドキリとしてしまった。
聖職者に対して感じる感想ではないとわかっていても、マリーナがそういう仕草をした時に、妖艶という言葉を思い浮かべるのは、シゲルだけではないはずだ。
その気持ちを誤魔化すように、シゲルは少しだけ慌てながら答えた。
「そ、そう。それならいいんだけれど……こっちには、そもそも読めるものが無いんじゃない?」
アマテラス号に残されている資料は、そのほとんどが日本語で書かれている。
一応、読み書きの訓練をしているマリーナだが、未だ自在に扱えるようにはなっていない。
そんなことを聞いたシゲルに、マリーナは少しだけ不満げな表情になった。
「あら。たまには二人だけで一緒にいたいと思ったのだけれど、駄目だった?」
「あ、いえ。そんなことはないです。ハイ」
珍しく甘えるようなことを言ってきたマリーナに、シゲルとしてはそう返すことしかできないのであった。




