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その14 まおちゃんが死んだ――


 モンスターを目の前にしてキスチスがアルクルミに寄って来た。


「聞いた事あるぞ、凄い奥地にいるって。人里近くには現れないとんでもない化け物だって」


「うむ、こいつは魔族でもてこずるやばいヤツじゃ。わらわも何故こんなヤツが、人間の町の近くをうろついているのかさっぱりわからん。おいお前、ここで何をしてるのじゃ?」


 銀髪の少女の問いかけにモンスターは答えた。

 それは体当たりという返答である。


 巨体の体当たりを食らった少女は、何本もの木をへし折りながら吹き飛び、森の向こうで『ドーン』という土煙と共に消えてしまった。


 まおちゃん死んだ――!


 パーティに動揺が走る。

 そりゃそうである、さっきまで一緒に歩いていたパーティの仲間が、一瞬にして屠られたのだ。


 アルクルミとキスチスは硬直、マリースマルはへたり込み、ミカルミカは早くも夢の中らしい、鼻ちょうちんをぶら下げている。

 といっても彼女の場合は銀髪の少女が屠られたからではなく、モンスターが立ち上がった瞬間に夢の国へと避難したのだが。


「こいつ私たちをお肉にする気だ」

「ね、ねえキス、何でこんなバケモノがこんな所にいるのよ」


 モンスターの気持ちを読み始めたキスチスを、アルクルミが問い詰める。こういう時は便利なスキルなのだ。


「どうやらこいつ、カンニバルがこの町で開催されると聞いて、張り切ってやってきたみたいだぞ。何だカンニバルって」


 あーもう! みんな怖い勘違いをしすぎ! モンスターまでどこでそんなガセネタを掴んできたのよ! 凄い奥地にいなさいよ!


「カーニバルだからね! 楽しいカーニバルだから! カンニバルじゃないから、何のお祭りを開催する気なのよ、全然違うんだから! 迷惑だからもう帰って下さい!」


「だめだアル、こいつ聞いちゃいない、アルがカーニバルと言う度に、頭の中でカンニバルに変換してやがる、奥地すぎて言葉が訛ってるみたいだ。脳味噌もお肉だぞこいつ、私たちをお肉としてしか見てないぞ」

「肉屋がお肉にされてたまりますか!」


 とは言ったものの、どうしようもない。ここはやっぱり――


「私の出番だよね! 冒険者サクサクここに参上! キラリン!」


 サクサクバンザーイ――――!


 ああ、今回はサクサクが一緒に来ていてくれて本当に良かった――!

 いつもはただの迷惑な酔っ払いだと思っててごめんなさい、サクサクは酔っ払いなんかじゃない、私たちのヒーローだ!


「ヒーローよりヒロインがいいかな! さすがのサクサクちゃんも、カンニバルにはドン引きだよ! そんなもんじゃお酒は飲めないかな!」


 サクサクは颯爽と怪物の前に出ると、腰の武器を抜き、それを前に突き出した。


 それは――


 酒ビンである。


「サ、サクサク! それじゃないよ! 剣は? レイピアはどうしたの!」

「宿屋に忘れて来ちゃった、てへ」

 

 てへじゃないよおおおお。

 やっぱりただの迷惑な酔っ払いだったー。


「そうだった、ずっとモヤモヤしてたのを思いだしたよ。サクサクは今日はずっと腰に酒ビンをぶら下げてたんだ。あー思い出せてスッキリした」

「こっちは逆にモヤモヤです! 思い出すの遅いよ!」


『ブオオオオオオオオオ!』


 怪物が咆えながら肉切り包丁を振りかざして襲い掛かってくる。腕を振り上げると、ただでさえ大きな身体がより一層巨大に見えて威圧感が半端じゃない。

 こんな怪物相手にさすがの冒険者でもなすすべがないのではないか。


「なーに、私にかかればこんなやつ!」


 サクサクが瞬時に動いた。

 包丁を避けながら飛び上がり、持っていた酒ビンでモンスターの頭を力一杯ぶん殴ったのだ。


 更に底が割れたビンで、モンスターの足を突き刺して即座に後退。


「すげー、冒険者って酒ビンでも戦えるんだ」

「た、たぶんサクサクだけだと思うけど。常日頃から酒ビンに慣れ親しんでいるからね」


 でも凄い、冒険者凄い、戦闘のプロだこの人たち!

 サクサクなら勝ってくれる――!

 アルクルミは期待を込めて友人の冒険者を見つめた。


 だがさほどダメージを食っていなさそうな怪物は、そのままサクサクに突進してくる。

 くり出される包丁を酒ビンで受けながら、サクサクは後退していく。


「こいつ中々強いよ、さすがに酒ビンじゃ厳しいかな、あはは」


 やはり酒ビンでの戦闘は限界があるのだろう、少し距離を置いて怪物と対峙するサクサクは呼吸が荒くなっていた。

 そこにマリースマルが震えながら、サクサクの横に立つ。


 手には肉切り包丁である。このパーティが唯一所持していた武器なのだ。武器を持っているのは自分だけ、彼女はそう判断して恐怖で硬直しながらも戦おうとしているのだ。


 それに何と言ってもこのパーティのみんなは、自分の為に一緒に来てくれている人たちなのだ、自分が戦わないでどうするという気持ちで何とか気絶せずに立っているようだ。

 意外と根性のある女の子なのだ。


「わ、私、巨大な怪物はいつもお店で見てるから、な、慣れっこなんだもん」


 モンスターはその包丁を見て動きを止めている、そしてうんうんと頷いた。


「もしかして、肉屋同士心が通じ合えるのかも。肉屋は見逃してもらえるかも!」

「魚屋の私はアウトだな!」


「ほ、ほらキスも毎朝私の家の肉屋で働いてるから、肉屋と言えなくもないんじゃないかな」

「潰してるのジャガイモだけどな。アル、希望を持ったところを悪いけど、こいつやっぱり私たちをお肉にする事しか考えてないぞ。肉切り包丁を見て、連想したのはお肉みたいだな」


 肉がそこにあるから肉にする。

 肉切り包丁がそこにあるから肉を切る。

 それは肉屋の本能なのだ。


「マリーちゃんだっけ? 一緒に戦おうとしてくれてありがとう、でもあなたは危ないから下がってて。ついでにその武器を貸してくれると助かるかな!」


 サクサクはマリースマルから肉切り包丁を受け取り、それを手に馴染むように振り回して感触を確かめた。


 酔っ払い+酒ビンが、冒険者+武器に変わった瞬間である。

 サクサクの戦闘力が瞬時に跳ね上がるのだ。


 彼女を見て肉屋型モンスターは、少し距離を置いて警戒している。

 今自分の目の前にいるのが、ちょっとやばい肉屋だと本能で感じたからだ。


 肉切り包丁VS肉切り包丁。

 肉屋VS肉屋の激闘第二ラウンドの始まりだ。


 次回 「ケバブ屋サクサク」


 アルクルミ、サクサク店員の猛攻を目撃する

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