その11 大変! この店にもコロッケがあった
店の女の子はおろおろしている。
「ごめんなさいお客さん。私は口が堅いから大丈夫だよ。奥で洗濯できるし、替えの下着も用意してあるから。うちのお父さんを見てやっちゃう子多いからねー、気にしちゃだめだから」
「何の話ですか、私やってませんからね」
「でもそちらの小さな子が……可哀想に恐怖で気を失って」
見るとミカルミカが立ったまま気絶している。いや、違う、よく見ると鼻ちょうちんをぶら下げているのだ。
さすがネムネム教である、窮地に立った途端に夢の世界へと緊急避難したのだ。
「こ、これは寝ているだけですから、ミ、ミカちゃん起きて」
「あ、おはようございます、お――」
「お母さんではありません」
ミカちゃんは何とか起きたとして、も、もう一人のまおちゃんは――
まおちゃんがいない、どこ行った?
「どうしてお前はモンスターのくせに、わらわに突進してこんのじゃ? 珍しいモンスターじゃな、種類はなんじゃ?」
銀髪の少女は店の奥でさっきの巨大な店主(推定)に向かって、変な問いを投げかけているではないか。
「ごめんなさい、それモンスターじゃなくて、うちの肉屋の店主なのよ、ついでに言うと私のお父さん。大きいから怪物に見えちゃうけど、大人しい人だから」
「あははそうですよね」
大人しいと聞いてアルクルミはほっとした。『ふー』と息を吹きかけて、『ブー』になる。
『ズバアアアアアアアアアン』
もの凄い音がしたからだ。
音がした方を見ると、大人しいと言われた店主が巨大な骨を真っ二つにしているシーンを目撃してしまう。
下に敷いた木の板と机まで切っちゃってる……
「あーもうお父さん、また机切っちゃって。四つ足だけど机は獲物じゃないんだから切らないでよ!」
「おうすまんな、四本の足を見ると真っ二つにしないと気がすまないんだ。やっぱり柔らかい机はだめだな」
あの机どう見ても金属なんだけど――!
こ、こんなのに襲われたらひとたまりもなさそう。普通の町娘の私程度では絶対に勝てない、勝てるわけが無い。
「それじゃあ、私たちはこの辺で」
四つ足と間違えられてスパーンされる前に、こんな危険空域からはさっさと脱出だ。
「まあまあ、そう言わずに。お客さんたちは他の町から来たんでしょ? うちの店を記念に見てってよ」
仕方無いか、店の少女に誘われてアルクルミは店内の偵察をする事にした。
他の町の肉屋を見るのは、それはそれで楽しいのだ。
店内はやはり大きくて広々としていて、棚の数も自分の店と比べると段違い。
ガラスケースの案内やポップを見るに、各種肉やソーセージなどの加工品もコーナー分けされていて、こんな場所で買い物ができたら気持ちいいだろうなと思う。
清涼感があって、やはり花やオシャレな小物なんかも飾られているお店。これはやっぱり肉と親父しか置いてないうちのお店は完敗だわ。
お店の大きさ時点でも完敗なのに、店内でも完敗とは……こうなったらお父さんに花柄の服でも着せようか。
そこまで考えてしまったのだ。花柄オヤジ……恐ろしい事だ、アルクルミは追い詰められているのだ。
だがアルクルミには一つだけ勝利の確信があった。
この店にはあれが無い。そうコロッケが無いのだ!
「フフフフフ」
「その不敵な笑みは何かなお客さん」
「え? な、何でもないのよ、さーて何か買おうかしら」
そう見回してアルクルミは気がついた。
このお店……
「商品が何も無いのですー。気持ちいいいくらいスッカラカンなのですー」
そうなのだ、ミカルミカが指摘する通り、棚に全然商品が無くカラッポなのだ。
「見て行ってとお願いしておいてごめんなさいね。なにしろカーニバルにご領主様んとこの婚約騒ぎでしょ? お肉があっという間に品切れになってしまってうちも困ってんのよ」
でも店内には何も無いのに、並んでいるお客さんがいるのはどういう事だろう?
この子も私みたいにスキルで謎の行列でも作り出しているのだろうか。
普通の子っぽいんだけど、いやいやまてまて、そんな感想を持ったら私が普通の子じゃなくなってしまうじゃないか。
アルクルミがそんな事を考えていると、奥から女の人が商品を満載したお盆を運んできた。
「はい揚がったわよ、コロッケ」
その言葉にアルクルミが固まる。
なんだと――!?
い、今何て言った? コロッケって言った? いやいや聞き間違いだよね、ケロッコとかコメッコって言ったんだよね。
「はーいお客さんたちコロッケお待ちどうさまー! コロッケ追加で揚がりましたよー! 出来立てのコロッケ美味しいよ、どうですかコロッケコロッケ」
しつこいぐらいコロッケって言いはじめた――!
客の手に渡されていくその物体は、丸い楕円の平べったいキツネ色の揚げ物だ。
違う、そんなわけがない。だってコロッケはサクサクに教えてもらって、私の店にしか無いはずだ。
「なんじゃコロッケって? なんじゃそのお日様の下でくたっとなった猫みたいなのは」
あああ、まおちゃん。どこかで聞いたよそれ。
もうだめだ、コロッケだ、間違いなくコロッケだ。お日様の下でくたっとなった猫みたいなのは、コロッケ以外の何ものでもない。
「そ、それ、コロッケっていうの?」
もうアルクルミは涙目である。
「そうコロッケ。つい最近作ったうちの店の新商品なんだ。これが飛ぶように売れちゃってもう笑いが止まらない」
「だってそれ、冒険者の町の……」
「ああ知ってるの? そう、これ冒険者の町で見つけたんだよ、パクっちゃった」
パ、パクられてた――!
「この前冒険者の町に観光旅行に行ったんだ、そこでお父さんがコロッケパンなる物体に遭遇したらしくて、大人気だったって言うから見よう見まねで作ってみたんだよ。そしたらこれが大当たり! 笑いが止まらない!」
「へ、へえ。と、とりあえずみっちゅ貰おうかな」
動揺して三つを噛んでしまった。
こんな綺麗なお店でコロッケまで売られてしまったら、もはやアルクルミの店に勝ち目はまるで無い。
別に戦いではないのだが、自分の店を普段から他と比べて見劣りすると感じている彼女にとって、ますます凹む出来事である。
買ったコロッケをミカルミカと、ポカーンと口を開けている銀髪の少女に渡した。
口から何か垂れてる、どう見ても涎だ。とりあえずそれをハンカチで拭いてあげた。
「何ですかこれ、サクサクでホクホクなのです! 美味しいのです!」
「んあああああああ」
二人とも満足したようで何よりである。そりゃそうだろう、コロッケは美味しくて当たり前なのだ。
アルクルミも恐る恐る震えるその手で、自分の口にそのコロッケを持って行き、サクっと一口かじってみた。
「ん? 何これ」
違う、これコロッケじゃない。
「これはスライスしたジャガイモに衣を付けて揚げた物?」
「そうだよ、お父さんが中身が平べったいジャガイモだったって言うから。私は食べてないんだよね、買いに行った時には、そのコロッケパンってやつは売り切れだったからね、残念」
良かった――
これはうちの店とは別物の食べ物だ。美味しいけど。
戦いではないけどまだ負けてないのだ。
まあ、本当の意味で戦ったら絶対勝てやしないだろう、なんせ店の親父がバケモノだからである。こんな大男を吹っ飛ばせる存在なんかが、いるわけがないのである。
「でね、その時面白い話があるんだけどさ」
「なになに?」
気持ちが軽くなったアルクルミは、面白い話に食いついた。
「お父さん酔っぱらってさ、そのコロッケパンの屋台の女の子の腰を触っちゃったみたいで、その女の子にぶっ飛ばされたらしいのよ。信じられないよね! この巨体の大男が吹っ飛ばされて、宙を舞ったんだから」
「へ、へえ。不思議な話だねえ」
あんまり面白い話ではなかった。
次回 「やっぱりお肉の仕入れになった」
アルクルミ、またデジャブである




