その2 神様になったカレン
次の日の朝、カレンがサクサクと一緒にやって来た。
この二人は冒険者同士だ、元々知り合いだったのだろう。
二人が持って来た話はアルクルミをときめかせるのに十分な内容であった。
「これからみんなで温泉に行こう!」
アルクルミには当然断わる理由なんか無い、温泉に誘われて断わる、そんなのアホかと。
「ごめんなカレンちゃん、サクサクちゃん。アルは店番があるから温泉行けないんだよ」
「お母さーん! カレンたちと温泉旅行に行って来るからお小遣いちょーだい」
「なっ!」
自分を完全無視して、店の奥に姿を消した娘の行動。それで固まった肉屋の親父に、カレンが笑顔で声をかける。
「それじゃオジサン、私はキスも誘いに行くから、アルにはギルドに来るように伝えてね」
一時間後、アルクルミは今回の目的の温泉がある、ネムネムの町へと向かう馬車の中である。
突然温泉に誘われての強行軍だ、お母さんにもお小遣いを貰ったしゆっくりしようと彼女は思っている。
父親が何か言っていたようだが、なんだっけ。温泉の準備に脳の99%を使用していたので、耳にはサッパリ入っていないようだ。
かろうじて、キスだけはジャガイモ潰しに置いてってくれと言っていたのは覚えている。
メンバーはアルクルミの幼馴染のキスチスとカレン、最近友達になったサクサク。
そしてカレンの相棒の美少女みのりんと、その友達という紹介を受けたタンポポという名のアルクルミより一つ年上の少女だ。
「いつぞやはどうもかな。なかなか切れ味のいい技だったんだもん」
タンポポという子がアルクルミに挨拶してきた。
はて、この子と会った事あったっけ? お客さんなのかな。技? 女の子に技なんかかけた覚えも無い。
肉屋の娘は不思議に思うが、朝寝ぼけたまま接客してる事がよくあるので、お客さんの顔をたまに覚えていないのだ。
他には犬一匹と男が一人ついて来ている様だが、アルクルミは別に覚える必要もないだろうと思った。
同行者が多いので、めんどくさくなったのだ。
アルクルミ、キスチス、サクサク、カレン、みのりん、タンポポ、知らん男、犬。
総勢七名+一匹の温泉旅行団体様である。
同じネムネムの町に向かう数台で編成された馬車の旅は一泊二日。
馬車に揺られてののんびり旅行である。
キスチスとカレンと三人で、久しぶりに幼馴染の楽しい会話ができた。
みのりんは白い犬を抱き締めて、馬車の中の反対側で幸せそうに自分たちの会話を聞いている。
お淑やかな子なので会話に割り込むような事はしない、ただ幸せそうにこちらに耳を傾けているだけである。
彼女が幸せを感じているのは多分犬ね。
モフモフを抱き締めて、幸せを感じない少女なんかこの世に存在するわけがないじゃない。
至福な感じで顔を赤らめて、白い犬を抱く美少女。
めちゃくちゃ絵になってちょっと鼻血が出そうになった。
そしてサクサクは……と彼女を見ると。
「あひゃひゃひゃ! おんせんさいこー!」
やっぱり酔っ払っていた……
ジト目になると同時に鼻血も引っ込んでいく。
今回はサクサクに助けられた、こんな美少女の前で鼻血騒動なんか起こしたらとても生きていられないからだ。
『温泉に着いたら飲むぞー!』
サクサクは確かこう叫んでいたはずなのだが、温泉のおの字も無い馬車の中で早速飲んでいるのである。
「馬車で飲むお酒最高ー」
なんて言ってるけど、乗り物酔いと酒酔いが重なっても知らないわよ……
馬車の屋根の上で、恐らく外を警戒していたのであろう冒険者の男が、『雨が降ってきた』みたいな事をカレンと話している時である。
馬車が突然急停車したのだ。
反対側にいたみのりんが衝撃でこちらに吹っ飛んできた。
危ない! そう思って彼女を受け止めようとしたのだが、みのりんはキスチスとカレンの所に飛ばされて二人に抱きかかえられた。
で、肉屋の娘はというと。
この馬車に乗り合わせていて、みのりんの隣に座っていたオジサンが吹っ飛んできて、あろう事かアルクルミのスカートの中に頭を突っ込んだのだ!
みのりんを抱き止めたかったのに、飛んできたのはオッサンである。
早速スキル発動、フロントチョークでオジサンを締め上げ謝り倒す。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
オジサンも好きでスカートの中に突入してきたわけではないはずだ。
みのりんに目撃されたのが恥ずかしかった。
衝撃でスポーンと誰かが窓の外から発射されたような気がするけど、気のせいだろうか。
窓の外を確認しようとして、サクサクに抱きつかれた。
「うわああああん、お酒が、わたしのお酒がああああ」
サクサクのガチ泣きである。
見るとサクサクが飲んでいたお酒が馬車の床にこぼれているのだ。
「うわあ……これは悲惨かも」
よしよしとサクサクの頭を撫でながら慰めていると、カレンがロングソードを持ち出しているのが見えた。
「な、何? 野党でも出たの?」
「モンちゃんだよアル、危険だから馬車の中にいてね」
窓から外を窺うと、一匹の牛モンスター〝のっぱらモーモー〟が立ち塞がっているのが見えた。
カレンもみのりんも目を輝かせている、やっぱり冒険者はモンスターを見ると血が沸き肉が踊るのだろうか。
「あのモンスター、お肉がめっちゃくちゃ美味しいんだよ!」
飛び出して行くカレン。
カレンの場合は目を輝かせる理由がお肉でした。
幼馴染の冒険者により一瞬で仕留められたモンスターは、〝のっぱらモーモー〟の中でも一際お肉が美味しい〝あばれんぼうモーモー〟らしく、カレンの目の輝きはいつもの数倍の気がする。
モンスターを仕留めた後少し進んだ先で、馬車隊は野宿となった。
カレンが入手したお肉を使ってバーベキューの準備が進められる。
その日の晩ご飯は馬車隊全員で楽しむバーベキュー大会なのだ。
「カレンいいの? 〝あばれんぼうモーモー〟丸々一体分のお肉は、売ったらちょっとした財産だけど」
「いいよいいよ、みんなで楽しんじゃおう!」
さすがカレンだ、肉屋のアルクルミでも〝あばれんぼうモーモー〟はそうそう食べられない高級食材である。
アルクルミが夢中で食べている向こうで、他の客たちにカレンが胴上げされているのが見えた。
カレン神とか言われてるのはちょっと恥ずかしい。
カレンは神様になったのだ。
次回 「最高の温泉で最低の事件」
アルクルミ、とある人物をお星様にする




