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その1 とばっちりの釣り客を成敗


「なあアル、あの話本当かな」

「もしかして魔王の話?」


 冒険者の町の中を流れる川で、のんびり釣りをしている二人組がいる。

 いつもの肉屋と魚屋の娘コンビ、アルクルミとキスチスの二人だ。


 森に現れた魔王がこの町を滅ぼす宣言をしたらしい。

 その噂はギルドの冒険者たちの間で飛び交い、町の住民たちにまで一気に広がっていた。


 魔王と遭遇したのは、森で討伐を行っていた冒険者の少女二人組のパーティだった。


「この前森に魔王が現れてこの町を滅ぼすっつったんだろ? ついにネギ屋が滅ぼされる日が来てしまったか」


「うん、怖いよねえ」

「呑気だなあアルは」


 別に肉屋の娘が呑気なわけではなかった。

 魔王とか言われても実感が湧かないのと、そんなものが動き出したのならどこにいても同じなのだ。


 いつ来るかもわからないモノに怯えていても仕方が無いというのが、この町の住民の基本的な考え方だった。


「それを言ったらここで呑気に釣りしてるキスはどうなのよ」

「私が思うにさ」


 キスチスが一尾の魚を釣り上げた、すかさずアルクルミがそれを網ですくう。

 最近網の使い方にすっかり慣れた肉屋の娘だ。


「どこかのトンチキ冒険者が何かを魔王と勘違いしたかなんかだろう? こんな所まで魔王が何しに来るんだよっと」


 キスチスは釣った魚をカゴに入れ、次のエサを針につける。


「そのトンチキ冒険者ってカレンなんだけど」

「え?」


 びっくりしたのかキスチスが竿のコントロールをしくじった。


「きゃ! 何を釣ってるのよキス!」


 キスチスの針はアルクルミのスカートを釣ったのだ。

 お陰でアルクルミのお尻が丸出しになり。


「おおっ」


 すぐ近くで同じく釣りをしていたオジサンがこちらを見たと同時に、アルクルミは一気に間合いを詰めてオジサンの脳天にかかと落としを食らわせ、たった今見た映像を吹き飛ばした。


 そのまま瞬時にキスチスの隣に戻り、彼女に厳重注意をする。

 オジサンは完全に巻き添えを食った形だが、スキルがエッチな視線に反応してしまうのだ。


「ご、ごめんアル」

「気をつけてよね! この魚は没収します!」


「ああ! さっき釣った私の獲物! グッバイ!」


 アルクルミは近くでカクンとなっているオジサンに平謝りして魚を進呈。オジサンは目を覚ますと、彼女の姿を見てまた幸せの笑顔になる。


 キスチスが持っている釣竿には、アルクルミのスカートがぶら下がっていたのだ。

 結局オジサンは脳天に二発目のかかと落としを食らって、新たに上書きされた映像も強制消去された。


「キスお願い、もう一回魚を釣って」

「お、おう、まかせとけ」


 自分の失敗だから文句が言えないキスチスは、次に釣ったのが先ほどの数倍の大物だった事に、もう釣りをする意欲を失ってしまったようで帰り支度を始める。


「今日はもう釣りいいや、この後はアルの肉の仕入れを手伝うよ」

「いいの? ごめんねキス」


 実はアルクルミは、いつものごとく肉の仕入れを父親に頼まれて、キスチスを誘いに来ていたのだ。


「ああいいさ、魚を釣ったってどーせ私の小遣いになるわけでもなし。私の取り分の肉を、アルん家に売ったほうが私の懐は潤うんだぜ」

「そう言ってもらうと助かるけど、魚屋さんとしてはどうだろう」


 二人は揃って土手に上がり商店街へと向かう。


「さっきの話だけど、魔王と遭遇したのがカレンてのは本当なのか」

「本当だよ、カレン本人から聞いたもの。討伐中に出くわしたって」


 カレンは最近相棒にしている転生者の少女みのりんとの、お肉強奪、もといモンスター狩りの途中だったのだ。


「そっかー、でもカレンはあれでポンコツだからなあ」


 多分、カレンもキスにだけは言われたくないだろう、アルクルミはついジト目でキスチスを見つめてしまった。


「スキルを出す前のカレンだから間違いは無いと思うよ」


 お師匠様に鍛えられているだけあって、スキルを発動させてポンコツ化しなければ、カレンはかなり有能な冒険者のはずなのだ。


「マジかー。魔王来ちゃうのか、どんなヤツだろうなちょっと楽しみだな」

「キスのその言葉にマジかーだわ、魔王を楽しみにしちゃだめでしょ、遊びに来るんじゃないんだから」


 商店街に入り二人は別れた。


「装備を整えたら肉屋に行くよ。今日は新装備があるんだぜ!」

「うん、じゃ待ってる」


 鼻歌交じりで魚屋に入っていくキスチスを見送って、アルクルミも自分の店へと歩き出す。


「おい魚は?」

「んなもんねえよ! 親父が商品として店頭に寝とけ」


「ああん? 俺が売れちまったら誰が魚屋やるんだよ? 馬鹿かテメェ」

「私がやるし、こんな汚いオッサンが売れるわけがねえだろ」

 

 相変わらずの親子だ、声が大きいから通りまで喧嘩が丸聞こえなのに……


「魚屋さんは相変わらずねえ」


 アルクルミはフフっと笑いながら自分の店に入る。


「アル! 肉の仕入れに行って来いっつったのにどこをほっつき歩いてた!」

「うるさいなあ、今から行くから耳元でいきなり怒鳴らないでよ。耳がキーンってなった」


「アルクルミちゃん今日も可愛いあんよだねえ」

「きゃ!」


 ズドン!


「おい! お客さんに何やってるんだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


「お肉屋さんは相変わらずねえ」


 通行人の誰かがフフっと笑って呟いたのを、アルクルミは知らない。


 次回 「下着の事は放っておいて」


 アルクルミ、父親の顔をブギュっ

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