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■8.国際社会の困惑、動揺、そして憤怒。

 6月1日午前7時。日本政府が声明を出す前に、韓国政府が先んじて国際社会へ向け、メッセージを発信した。これは韓国軍による攻撃が始まる前に準備されていたもので、白大統領がお世辞にも流暢とは言えない英語で語りかけるビデオレターであった。

 内容は四世紀から朝鮮民族は日本人に虐げられてきたこと、今日こんにちの南北朝鮮分断は日本帝国主義が遠因にあること、日本国の歴史と現・極右日本政府が国際社会に混乱をもたらしていることを主張するものであった。つまり自分達こそが“被害者”であり、“正義”の側であり、日本側が諸悪の根源である、と力説しているわけだ。映像の中で白大統領は今回の韓国軍による先制攻撃を「北九州における日本側の挑発行動を断固粉砕するためのやむをえない措置、いわば自衛であった」と述べ、正当化までしてみせた。

 続いて韓国政府は全世界に向けて、日本政府に対する要求を公表した。これは先の閣僚級会議で白大統領が発表したものとほぼ同一であり、再度の説明は避けるが、それに加えて約1兆ドルの賠償金の請求を盛り込んだものだった。

 またそれと同時に、韓国政府は一方的な要請を日本国と全世界に対して行った。


■東海(日本海の韓国側呼称)空域を、旅客機をはじめとする民間航空機および他国軍所属航空機の進入禁止空域とする。韓国軍はこの空域を飛ぶ航空機を、韓国領への侵略行動に従事する日本国航空自衛隊所属機とみなし、容赦ない攻撃を実施するため、注意すること。


■韓国領対馬諸島への来航は、韓国政府からの許可を得た船舶および艦艇のみ認める。船舶および艦艇が、韓国政府の許可なく対馬諸島から12海里以内に接近した場合は、韓国軍は警告なくこれを攻撃する可能性があるため、注意すること。


 要請は以上である。民間航空機や船舶が戦闘に巻き込まれるのを回避するための方策、と好意的にみることも出来るが、実際には韓国軍が戦術面で有利になるための稚拙な小細工であった。こうしておけば日本海上の航空機や対馬諸島に接近する艦艇に対して、その所属を確認せず、無差別に攻撃することが可能になる。万が一、民間航空機や船舶を誤射してしまった場合は、「事前に警告をしておいたのだから自己責任である」と抗弁するつもりであろう。

 これを受けて海上保安庁海洋情報部や諸外国の関係各所は航行警告を出し、対馬沖に航行危険区域を設定した。韓国陸海軍により職員が殺傷されている海保としては、断腸の思いであっただろう。無許可で領海に侵入したとしても(そもそも対馬島は日本国長崎県対馬市であり、韓国政府の主権が及ぶところではないがそれは棚に上げておいて)、そこに無警告で発砲など前代未聞の暴挙である。が、現在の韓国軍ならやりかねない。これはやむを得ない処置であった。


 さて。韓国軍による対日先制攻撃は、世界各国首脳部を青褪めさせ、驚愕させ――そしてその驚愕はまもなく嚇怒へ移り変わった。

 至極当然である。日韓戦争勃発により日本国の経済活動が鈍れば、世界中の商取引に深刻な影響が及ぶ。一時期に比べれば、世界経済における日本の存在感は薄くなり、中華人民共和国に大きく水をあけられているものの、未だにGDP世界ランキングでは3位の経済大国であることを忘れてはならない。

 真っ先に韓国政府に対する批難を表明したのは、意外にも中国共産党であった。国内の安定のためにも経済発展に心を砕く彼らにとって、日中貿易総額年約3000億ドルが少しでも損なわれることは腹立たしいことこの上なかった。

 また彼らは本能的に他国軍の接近を恐れている。対馬紛争がエスカレートし、日韓戦争が拡大すれば、多国籍軍が東シナ海に遊弋するとも限らない。中共政府からすれば「中台関係の“正常化”に伴う経済制裁なら覚悟の上でやむを得ないが、なぜ韓国の攻撃で経済的・政治的リスクを負わなければならないのか」という思いが強かった。韓国政府の対日1兆ドル賠償請求に乗っかる選択肢もあるが、現在は平時の経済活動による都市部の人民の安寧こそが大事だ。


(アメリカ合衆国に踊らされている日本の反動政府の扇動により、ただでさえ普段から日本人民は我々に対する不信を募らせている。ここで反感を買う必要はさらさらない)


 で、あるから中共政府からすれば、韓国軍の対日先制攻撃はただただ不愉快な事象であった。


「韓国政府は直ちに自国の武力行使が侵略行為であることを認め、対馬諸島の韓国軍に対して即時撤退を命じるべきである。国際社会は武力による現状の変更を認めるべきではない。国家間の紛争は必ず議論と交渉により解決されるべきである」


 最も激烈な反応をしたのは、台湾民主前進党政府であった。中華民国総統はSNSで中国語・英語・日本語で以上の意見を表明した。これは台湾民主前進党政府が親日であるから、という理由ではない。いったん武力侵攻による勢力圏の変更を認めてしまえば、それは中国共産党政府による台湾侵攻への布石になってしまう。

 同様の理由で東南アジア諸国政府も、台湾民主前進党政府と同様に韓国政府を非難した。中共政府に東南アジア諸国を侵略する意図があるかないかは別にして、大規模な武力侵攻による領土の切り取りを認めるわけにはいかない。強者が弱者を“露骨に”食らう国際関係が許されてしまうではないか。


(四世紀の倭から始まる朝鮮半島侵略の歴史に対する清算……これはいただけないな)


 欧州を初めとする世界各国の首脳部もまた、これを座視するわけにはいかぬと感じた。現代を生きる人間とはほとんど無関係の四世紀、古代の出来事を根拠に経済的賠償請求や武力行使による懲罰が許されてしまえば、大変なことになる。十字軍遠征を初めとする中世の戦争や、近世から近代の植民地支配を口実に賠償請求をされてはたまったものではない。

 もちろん、特別に欧州だけが邪悪なわけではない。世界史は戦争の繰り返しなのであるから、後ろめたい過去を持つ国家・民族は多い。古代・中世にまで遡って謝罪や賠償をしなければならない、となればモンゴル国は1兆ドルでは済まない賠償金を支払うことになるであろう。


 湾岸戦争時と同様に国際連合は緊急に安全保障理事会を招集した。持ち回り制の議長国は奇しくも湾岸戦争でイラクの侵攻を受けた非常任理事国のクウェートであった。

 他の非常任理事国はコートジボワール、赤道ギニア、南アフリカ共和国、ドミニカ共和国、ペルー、インドネシア、ポーランド、ベルギー、ドイツ。解説するまでもないであろうが、常任理事国はアメリカ、フランス、イギリス、ロシア連邦、中華人民共和国の五か国であり、彼らの間で此度の韓国の軍事行動への対応が話し合われることになった。

 この15国の中で最も苛立ち、憤懣を隠そうとしないのはアメリカ合衆国の人間であった。

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