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■58.日韓戦争、終結。

 1週間後。古川首相ら主要閣僚は官邸にて警視庁・警察庁関係者からの報告を受けていた。


「なんだ、大したことなかったな。俺の銃の腕前を見せてやれなくて残念だよ」


 クレー射撃競技でオリンピックに出場した経験のある赤河財務相は、そんな冗談を口にしたが、彼の言う通り工作員による襲撃はあまりにも呆気なく幕を閉じた。

 首相官邸へ殺到した工作員らは、警視庁総理大臣官邸警備隊に前途を阻まれ、応援に駆け付けた銃器対策部隊との十字砲火を浴びて全滅。逃走した陽動役の工作員らは、間もなく巡回中の自動車警ら隊に捕捉され、こちらもまた銃撃戦となり、射殺された。

 ただし襲撃に参加した正確な人数が不明であるため、警視庁・警察庁は今後も総力を挙げて捜査を続けるということであった。


「結局この戦争、なんだったのかな。いったい誰が得をしたんだ」


 閣議の合間、古川首相はふと心の声を漏らした。

 ううむ、と閣僚達は唸る。日本国は今回の戦争における事実上の勝利者と言えるが、だがしかし大損ばかりをしている。緒戦の韓国側の攻撃により被った物的損失額は、官民合わせて2000億円は下らないであろう。更にその後も高額な弾薬と莫大な物資を費やし、対馬諸島奪還戦では多くの多くの人的被害を出した。

 その代わりに日本国が新たに得られたものと言えば、何がある?

 手元にあるのは日韓の間で確執があるものの、島自体にはさしたる価値がない竹島だ。が、この竹島ですら韓国側に返還すべきという声が与野党の国会議員や、関係省庁、マスメディア関係者の中から上がっている。日韓戦争に伴う竹島の占領は、“武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する”と定めた憲法9条に反するというのである。


「せっかく泥棒から取り返したものを、また泥棒に渡すような馬鹿はいない」


 と、自民党幹事長の浜は声を荒げたそうだが、マスメディアが醸成する世論には勝てない。

 仮に議論を重ね、日韓戦争開戦前に状況を戻す(つまり韓国側の独島警備隊の竹島駐留を許す)となれば、本当に日本側は殴られ損であった。勿論、竹島が戻ってきたところで付随する排他的経済水域がもたらす利益が、今回の戦争による損失を補填出来るかと言えばそんなことはないが、そこは心情の問題である……。


「得をした、と言えば朴陸軍参謀総長の一人勝ちでは」


「確かに権力掌握に成功したのは彼だが、数千名の死傷者を出した後の敗戦処理だ。俺だったら御免こうむりたいね」


 日韓戦争を経て最も利益を得た人物は、間違いなく朴陸軍参謀総長であろう。無謀な開戦を決定した先の政権を糾弾し、正義の徒として起った彼は権力掌握に成功、自身の思い描く理想へ渡りをつけた。彼の政治思想の全貌は未だ明らかになっていないが、どうやら白大統領の融和政策に対する“反動”が大きいようだ。つまり米国・日本国との関係を緊密にし、北朝鮮との対決姿勢を再構築しようと考えているらしい。

 その証に大韓民国臨時政府は日本政府に対して、独島(竹島)の返還を求める意思はないこと、「日本政府は竹島を韓国側に引き渡すべき」という日本国内の世論が強まった場合には、独島(竹島)日韓共同管理にも応じ、日韓漁業協定を見直して、暫定水域・漁業権を再設定する用意があることを非公式に打診してきた。

 また朴ら臨時政府は、白政権が進めてきた在韓米軍用地の返還運動は棚上げとし、「我々は同盟国とともに旧来の脅威と、また台頭しつつある新たなる脅威に備えなければならない」と表明した。


 だが何事も順風満帆、と行かないのが政治の世界だ。

 韓国国内の混乱は激しさを増している。まず政局が安定している、とは言い難かった。大韓民国臨時政府に反旗を翻す民主化運動家が続々と現れ、これに暴徒化した韓国軍死傷者の肉親らの一部が合流し、無秩序な反政府デモ運動が拡大しつつあった。対する臨時政府は治安維持を目的として、国内に展開中の韓国陸軍諸部隊を出動させ、これを鎮圧しているが流血沙汰が続いており、最悪の場合は鎮圧側に立つ韓国軍将兵が、民主派に寝返る可能性もあった。

 次に韓国経済に目を向けてみる。今回の日韓戦争開戦と朴陸軍参謀総長による政変を前に、世界中の多国籍企業や投資家達は、韓国に対する不信感を持った。投資先・商取引先としての魅力はもはや皆無に等しい。個別の国々による制裁の影響もある。経済が上向く見通しは、現状ではなかった。

 それでも朴は、強い信念を以てこの難局に挑もうとしている。荒海に漕ぎ出した彼が見据えるのは、“次なる聖戦”――北韓(北朝鮮)の現体制崩壊と、大韓民国主導による半島統一であった。


(さて……)


 一方、古川内閣も大韓民国臨時政府との交渉や、対馬市をはじめとする戦禍を被った市町村に対する支援に尽力していた。

 ところがマスメディアが形成する世論、その風当たりは強い。韓国軍による攻撃を予見出来なかったのか、武力攻撃への備えが不足していたのではないか、と声高に古川政権の責任を問うている。緒戦の頃、慎重論を唱えていた野党も、一緒になって古川内閣の対応が甘かった、と主張し始めているのだから勝手なものだ。

 結局、一部のマスメディア関係者には信条などないのだ。権力に対する監視者を自認しておきながら、実際には難局に臨んだ人間の一挙手一投足に、後知恵で場当たり的な難癖をつけて金を稼ぐ売文屋でしかない。


 が、この日本社会が常に贄――責任を取る者を求めているのは事実でもあった。


(我々もそろそろけじめをつけなければならないかな)


 故に古川首相は近い将来、辞職なり解散総選挙なりを決断するであろう。だが彼も、大人しく幕引きとするつもりはなかった。九州地方北部の復興と、自衛隊の再編。好き勝手やってから一切合切の責任を取るつもりであった。




 ……。




 あの戦争はなんだったのか、という思いを抱える者、そして抱えながら一生を生きていく者は日本国内には無数にいる。

 武装革命キャンプに参加した■■大学校の学生、宋主煥もまたそのひとりであった。彼は首相官邸襲撃事件に参加したものの、銃器等で警察官らを襲うこともなく、「機動隊がデモ隊に発砲した」というような流言を飛ばす役割に終始した。その場で見たのは、混沌カオスと何の意味も持たない殺戮であった。


(何も変わらなかった)


 ただ罪のない人々が無為に死に、優秀な同胞と勤勉な警察官の間で多くの死傷者が出ただけ。何も変わらなかった。宋主煥の生活も、だ。彼は現場から逃げ出すと若者特有の開き直りで自宅に戻り、大学校に戻った。待っていたのは■■大学校の学長と、朝鮮■■の高級幹部が更迭されたという報せだけ。あとはなにひとつ変わらなかった。

 そこで初めて宋は今回の工作活動が、単なる人事の一環で行われたことに気づいた。

 結局、変わったことがあるとすれば、それは本国に対する宋の忠誠心であったろう。


 日韓戦争の終結は当事者である韓国軍将兵や自衛隊員は勿論、その帰りを待っていた銃後の人々を喜ばせた。


「あしたはどこいくんだっけ?」


「佐世保。さ・せ・ぼ」


「させお?」


「そ、パパが帰ってくるから、お迎えにいくの。おかえりーって」


「じゃあそうしたらジオーの映画見にいくっ!」


「いいんじゃない?」


 避難していた親子連れが新幹線に乗り込んで一路、九州を目指す。

 戦争があっても何も変わらなかったことこそ、彼らにとっては幸福であった。


「あっ、タマぁ!」


 遠く離れて石川県小松市の片隅では、喜びに溢れた声が弾けた。高校2年生の校條彩香めんじょうさいかは、久しぶりに同級生である真津内球子まづうちたまこの姿を認めた。球子はにやりと笑うと、「心配かけてごめーん」と頭を掻いた。


「LINEでも聞いたけど、タマのパパ大丈夫なの?」


「ごめんね、なんか心配させちゃって。なんかさ、火傷のせいで包帯ぐるぐる巻きなんだケド、全然元気みたい。ホント、うちも心配して損したって感じ」


 真津内球子はさも大したことはなさそうに言うが、実際のところイーグルドライバーであった彼の父は全身に火傷を負い、生死の淵を彷徨った。意識を取り戻し、回復しつつあるがおそらく二度とパイロットとして勤務することは出来ないであろう。だがしかし、彼はその苦悩を表に出すことはなかったし、娘である真津内球子の表情に翳りはなかった。むしろ両者とも生きていてラッキー、くらいの感覚でいた。


「よかったぁ~」


「ホントに、戦争終わって良かったよ~もう夏休みだし、サイカもどっか行こうよ!」


「それじゃあ……」


 夏休みの予定を立てはじめるふたり。


 彼女らの前途は明るい。戦場の霧、その最中に飛び込んでいった真津内球子の父をはじめとする人々が取り戻した平穏な日常を、享受し、消費していく。彼女達が本気で戦争に関わった大人に感謝する日は来ないだろう。


 だが、それでいい。

 陸海空自衛隊は、国民から感謝されるために戦ったわけではないのだから。


 加えてこの日韓戦争もいずれ教科書の一行に収まり、高校生の頭を悩ませる暗記項目のひとつになっていくのだろう。1000年後の世界史オタク達は、おそらくこの日韓戦争を「一個人が起こしたしょうもない戦争で、どうもしまらない終わり方をした戦争」と記憶するであろう。

 そこに覚悟を固めて戦い抜いた自衛隊員の名前は残らないのだが、やはりこちらも彼らは歴史に名を残すために戦ったわけではないのだから、それでいい。

 一人でも多くの国民を守り、そこから無限に分岐して増殖していく子供みらいを守り抜き、日韓戦争やその前後の政治情勢に頭を悩ませる未来の受験生を増やすことに成功したことこそが、彼らが誇るべきことであった。


「次の新装開店が楽しみだわ~」


 もちろん当事者達はそこまで考えを巡らせはしない。

 輸送ヘリや輸送艦、フェリーで凱旋した英雄達もまた再び平時に戻っていくのであった。






日韓戦争・日本海炎上――日本国自衛隊vs大韓民国国軍――(完)

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