表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/58

■57.G事案発生。

 Vz 61スコーピオン短機関銃の咆哮が、片側一車線の路地に響き渡った。歩道に居合わせた歩行者達はぎょっとして血液と斃れ伏す警察官の姿を見るやいなや、何かを叫びながら工作員らに背中を見せて駆け出した。

 前述の通り、首相官邸南方を走る外堀通りの前で検問を張っていた神奈川県警の警察官は、反撃する間もなく全滅した。路肩に停めたパトカーに乗っていた警察官も、サイドガラス越しに射撃を受けて側頭部を破壊されて絶命。勿論、無線機で状況報告と応援要請を行う時間はなかった。

 だがしかし、複数の銃口によるフルオート射撃である。隣の路地で検問にあたる警察官や、外堀通りの北側に点在する東京メトロ溜池山王駅の出入口の前で警戒中の機動隊員らがこの銃声に気がつかないはずがなかった。すぐさま異常を周囲の警察官らが無線で報告する。


「所定の動きで突破する――」


「赤坂より警視庁! Gゲリラ・テロ事案発生。10名以上のマルK(Korea/工作員)と思しき男より複数回の発砲、場所は赤坂2丁目3!」


 パン、と乾いた銃声。工作員の凶行を前にして、側方の路地に居合わせた警察官2名が拳銃を抜き、頭上へ1発発砲した。続いて素早く工作員へM360J“SAKURA”の銃口を向けた。彼らにとって幸いだったのは、派手に発砲した工作員の周囲にはすでに市民の姿がなかったことにある。であるから、何の躊躇もせずにトリガーを引いた。惜しくもこの2発は、目標に命中することはなかった。1発は電柱に命中して弾け、もう1発は工作員の背後に立っていた看板を貫くに終わった。


「行けッ」


 一方の凶悪配達員らは、1秒で役割を決めた。2名がその場に足止めの殿しんがりとして残り、短機関銃を構えた。激しい銃撃戦――というよりも工作員側の制圧射撃に、警察官は手近な遮蔽物に身を隠さざるを得なかった。


「李、逃げるならいまだぜ!」


 殿として残った工作員の内のひとりは銃撃の合間に、相方へ怒鳴った。


「抜かせ――」


 声をかけられた方の工作員は、異変に気づかないまま南側から走ってくる乗用車のフロントバンパーに狙いを定めて射撃した。エンブレムが砕け、ヘッドライトが割れる。乗用車の運転手は急ブレーキをかけ、すぐさま脇の雑居ビルへと逃げ込んだ。これでいい。日本警察所属車輛に対する障害物となるだろう。


「趙同務、俺達は党中央を死守するのみだ」


 この首相官邸襲撃に参加している者の立場は様々だが、殿として残った2人は本国で訓練を受けた後に、十数年前から日本国内に潜伏していたベテラン工作員であった。日本国の生活にも慣れている。だがしかし、本国政府に対する忠誠は揺るぎない。


(この無謀な襲撃計画、初めから俺達は捨て駒であろう)


 それを理解していてもなお、彼らは従容として死に赴く。


「李、子供いるか?」


「勿論」


「俺も10年は会ってないがね……死ねば核心階級だ」


 本国に残してきた家族に思いを馳せる時間もなく、新手の警官隊が続々と到着する。

 それを殿のふたりは一手に引き受けた。


「マルKはサブマシンガンのようなもので武装している。赤坂2丁目3にて検問中であったPMポリスマンは発砲を受け、多数が負傷しているとのこと」


 殿として残った2名を除き、他の工作員は北――外堀通りとその先にある首相官邸に向けて走り出した。外掘通りに出る前に、彼らの前面に数名の警察官が立ちはだかり、さらにその背後にサイレンを吹鳴すいめいしながらパトカーが停車する。

 それを見ても、訓練された彼らは足を止めなかった。左右に立ち並ぶ電柱や看板、ビルの出入り口を遮蔽としつつ、短機関銃の連射で警官隊を制圧する。POLICEと大書されたパトカーのフロントドア・リアドアに数十発の銃弾が叩きつけられていく。拳銃と短機関銃では1発1発の破壊力にさしたる差異はないが、やはり秒・分単位での発射数が違う。

 この短い銃撃戦の合間に、数名の工作員は集合して安全な雑居ビルに押し入ると、複数のカバンから部品を取り出し、組立を始めた。1分とかからない。目隠ししていても結合・分解が出来るほど扱い慣れた、折り畳み銃床を持つ88式小銃(AK-74)が完成した。

 そして一気に外堀通りの突破を図る。


 デモ隊の悲鳴と鳴り響く銃声を眼下に、旭日新聞社の報道ヘリが都心の空を飛んでいく。純白のボディに虹色のラインを入れた鮮やかな機体――イタリア製AW169『あかつき』である。リモートカメラとテレビ中継装置を有する8人乗りのこの中型ヘリは、いま地上で起きている出来事をカメラに収めていた。国会前の騒乱。電柱に衝突して擱座したパトカー。走り回る警官隊。

 彼ら報道班は地上の混乱から切り離された空という安全地帯にいるからこそ、次々とスクープ映像・写真が収集することが出来ていた。良心の呵責を覚えつつも、撮れ高を意識してしまうのも人の情であろう。まさか自分達が狙われるとは、つゆも考えてはいなかった。


 操縦士が気づくこともなく、『暁』のテイルローターが爆散した。

 地上から発射された携帯型地対空誘導弾9K38イグラが直撃したのである。2001年に自爆した北朝鮮工作船からも発見されているこのイグラミサイルは、いまこの都内に3発が持ち込まれていた。

 尾部を失った『暁』は、悲惨な最期を遂げた。メインローターだけでは姿勢を制御することが出来ず、機体は回転を始め、破片をばら撒きながら高度を落とし――最終的には高層ビルの壁面に激突。約3トンの鉄屑となって、地上の人々に襲いかかった。

 工作員が報道ヘリを攻撃した目的は、日本警察と自衛隊に対する牽制であった。小火器で武装した工作班が襲撃をかけても、官邸屋上のヘリパッドから空へ逃げられては手に負えない。であるから、こちらは地対空誘導弾を持っている、安易にヘリに搭乗すればミサイルの餌食になるぞと教えてやったのである。ちなみに工作班の中ではイグラを切り札として隠し持ち、首相官邸から飛び立ったヘリを攻撃した方がいいという意見も出たが、地対空誘導弾による撃墜・暗殺は不確実性が強いという判断に至り、見送られている。


「麹町より警視庁。ヘリが高層ビルに接触して墜落との110番通報。近隣のPCパトカーを向かわせています。G事案との関連は不明。ただ周辺を警戒中だったPMやマル目(目撃者)によれば、未確認ではありますが、空中で爆発後にバランスを崩してビルに接触したとのこと。どうぞ」


「警視庁より麹町。航空機の東京23区上空への進入規制を検討する」


 都心警備の指揮を執る警視庁の人間は、ヘリ墜落の一報を受けて歯噛みした。G事案との関連性は、疑ってかかるべきだろう。空路を使って要人脱出するという選択肢は消えた。だが致命的な出来事ではない。警視庁からすれば、工作員達は万全の警備体制のところに飛び込んで来てくれたような格好である。工作員らを検挙する自信は、十二分にあった。

 実際、質でも数でも警視庁側の方が優っている。銃器対策部隊も同地に展開済みであるし、89式小銃を装備した警視庁特殊部隊(SAT)も待機している。死傷者の収容と暴徒と化したデモ隊参加者の鎮圧には手こずるであろう。そして工作員が襲撃失敗を悟って逃走を図った場合には、長期戦を覚悟しなければならない。

 が、襲撃を退けること自体は容易いと思われたし、実際そうなった。




次回か次々回で完結いたします。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ