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■52.罪と罰。

 陸上自衛隊の対馬島強襲上陸から2日目に開かれた韓国政府の閣僚会議は、開戦直後のそれに比較すると明らかに空席が目立った。白大統領の信奉者であったはずの閣僚は、李善夏国防部長官を除けばそのほとんどが姿を消している。何かしらの理由をつけて欠席しているのだ。根も葉もない噂だと白大統領は信じているが、とある閣僚は国外逃亡したという風聞もあった。

 閣僚会議はまず内政に関する閣議決定から始まった。当然と言えば当然だが、白大統領の仕事は戦争指導だけではない。懸念事項は幾らでもあったが、やはり韓国経済の冷え込みと反政府デモへの対応が問題であった。


「報道管制を布きたまえ」


 経済問題と反政府デモへの対応策として、白大統領が前々から推していたのはマスメディアのコントロールであった。客観的に言えばまったく解決にならない策であるが、白大統領の主観では報道管制こそが全ての問題を解決する近道だった。


「いまや報道機関は我々の敵となった。彼らは真実を歪め、失業率が上昇し、我が内閣に対する支持率が低迷していると報道している。フェイクニュースの巣窟だ。韓国経済が冷え込んでいる? 大韓民国の国民が日々の努力で積み上げてきた社会は、日本如きとの戦争で揺らぐものではない!」


 他の閣僚達は目と目で示し合わせて、沈黙を守ったまま頷いた。開戦に反対していた趙漢九雇用労働部長官や、早期講和を考えてきた許一京外交部長官でさえ、口を挟もうとはしなかった。朴陸軍参謀総長を初め、オブザーバーの韓国軍関係者も同様である。

 強権的な報道管制の実施は呆気もなく決まり、続いて治安維持のために韓国陸軍諸部隊の更なる出動を認める旨も閣議決定された。前述の通り、独島が陥落した時点において、警察力で対応出来るレベルを超えており、韓国陸軍が交通管制等に協力していたが、いよいよ対馬諸島で地上戦が始まると、韓国国内で死傷者が続出する大規模暴動が次々に発生した。これを抑えるには、韓国陸軍による治安維持出動を拡大するほかない――そう考えるのは自然であった。

 韓国陸軍の治安維持出動、その拡大が決まると朴陸軍参謀総長は背後に控える部下に、そっと耳打ちをした。白大統領はそれを見て、鷹揚に頷いた。おそらくすぐに仕事に取り掛かってくれるのであろう、と期待したのである。


 その後、閣僚に対して韓国軍関係者から戦況の説明があった。本来ならば閣僚会議の前にレクが入る予定であったが、白大統領が「内政の閣議決定を行った後、レクを行い、そのままの流れで韓日戦争に関する意思決定を行いたい」と希望したため、順番がちぐはぐになっている。


「現在、陸海空自衛隊は対馬島の厳原港を占領し、兵員、装備品、補給物資の荷揚げを進めています。対する我が第1海兵師団は市街地に立て籠もり、敵に出血を強いているところです。質・量ともに彼我互角の戦いが続いており、戦闘は長期に亘ることになると想像されます……」


 説明を行った担当者は細々とした状況を読み上げ、地対地ミサイルで厳原港を破壊し、再編成した空・海軍による反撃で敵の海上補給路を断つという反撃計画を口にした。それから最後に「あと1、2週間もすれば、敵上陸部隊が根を上げるのも時間の問題です」と締めくくった。

 希望的観測が多分に含まれる戦況説明であったが、白大統領は納得した。


「成程、玄武ミサイルで厳原港の港湾施設をこっぴどく叩いてやれば、上陸した敵部隊の補給は困難になる。あとはダンケルクだな。勿論、日本軍兵士を逃すつもりはないが」


 続いて話題が次に進もうとしたとき、朴陸軍参謀総長がやおら「よろしいでしょうか」と発言の許可を求めた。

 どうした、と白大統領が無言で先を促す。

 すると陸軍を統べる将星はすっと立ち上がり、「先程話題に上りました、韓国陸軍治安出動の件ですが――“国民の生命と財産を守り、国家機能を保つために必要となる最低限度の陸軍部隊を、可及的速やかに国内出動せしめる”ということでお間違いはなかったでしょうか」と言った。


「そのとおりだが……」


 白大統領は、戸惑った。朴陸軍参謀総長の言葉は質問、というよりは確認――あるいは周囲に言い聞かせるような雰囲気であったからだ。何か先に閣議決定された文言に問題があったのだろうか、と彼は思いを巡らした。


「それから大統領閣下。治安維持のためならば非殺傷武器、また正当防衛・緊急避難の範囲内であれば武器使用も認める、ということでよろしかったでしょうか」


「ああ、“前項の目的を達するために、必要な措置を採ることを認める”とあるからな」


「成程」


 朴陸軍参謀総長は頷いて、「大統領の御命令だ!」と突然叫んだ。


「は?」と白大統領が呆けていると、議場に韓国軍関係者が雪崩れ込んできた。手には機関短銃や自動拳銃が握られている。扉周辺に居合わせた警備担当者は反応するいとまもなく、銃口を突きつけられて制圧された。

 室外に待機している警備担当者達も同様で、こちらは韓国陸軍特殊戦司令部に所属する1個空挺特殊旅団により、みなことごとく拘束されている。


「白武栄・韓国大統領。国民の生命と財産を守り、国家機能を保つため、韓国陸軍は貴方を逮捕する」


 たっぷり5秒経ってから事態を把握した白大統領は、意味をなさない金切り声を上げた。腹の底からぶち上がった憤怒によって、思考が停止したのである。なぜだ、という怒りの感情で頭脳が塗り潰され、自分のそれまでの行いを顧みることが出来ないでいた。


「ふっざけるなぁあ゛あぁあ゛! 貴様こそ内乱罪だ! 内乱罪! 逮捕されるのは犯罪者のお前だ、朴ッ!」


 怒声を張り上げながら白大統領は席から立ち上がって年甲斐もなく突進しようとしたが、朴陸軍参謀総長の背後に立つ韓国軍関係者が拳銃を突きつけ、さらにその拳銃が彼の足下目掛けて火を噴いたため、驚いて身を竦めた。


「大統領閣下――いや、元・大統領の白氏は、路地裏のチンピラと同じようなことをおっしゃる」


「何が逮捕だ! 俺は大統領を続けるぞ! 大統領は内乱、外患誘致罪以外では弾劾訴追されなければ辞めさせられることはない! 無知な軍人風情がぁあ゛ぁあああああ!」


「ならば大韓民国第六共和国憲法を停止するまで」


「は?」


「わかりませんか、すでに私は韓国全土を掌握しているのです」


 白大統領の脳内で点と点が結ばれた。朴陸軍参謀総長が韓国陸軍の部隊配置を転換したのも、治安出動に積極的だったのも、このためだったのか、と。だが理解しても、納得出来るものでは到底ない。


「我が国は民主主義国家だ! インターネットが発達した現代で稚拙なクーデターなど成功するはずもなし、国民はみな貴様らの敵になるだろう! 陸軍の思い通りになると思うなよ!」


「なりますよ」


「は?」


 1から説明せんとわからんか、と朴陸軍参謀総長はひとりごちると畳みかけた。


「我々韓国陸軍からの要求はたった2つ。白大統領の逮捕・罷免と、韓日戦争の即時停戦。戦争を勝手に始めて多大な損失を出し続ける無能と、戦争の愚に気づきそれを止めんとやむなく起った正義の徒。どちらを国民が支持するかは、自明の理だと思われますが……」


「何を言っている……国民は私を選んだのだ! それに貴様の暴挙、海軍と空軍が許さんだろう! 陸軍内でも内紛が起こるに決まっている!」


「と、仰っているがどうだね、金空軍参謀総長?」


 水を向けられた金空軍参謀総長は「アホか」と言い捨てた。着座したまま脚を組み直し、ポケットから『THIS』と印刷された青い小箱を取り出すと、そこから紙巻きたばこを取り出して火を点けた。


「バーカ」


 目上の人間の前で喫煙するなど、韓国文化で言えばありえないほどの非礼である。だがそれを平然とやってのけた、つまり彼にとってもはや白大統領は目上の人間でもなんでもないということを意味していた。


「……」


 他方、自殺した趙海軍参謀総長の代理として出席している海軍関係者は、と言えば彼らもまた溜息をついたまま動かない。

 救いを求めるように白大統領は視線をスライドさせ、任義求合同参謀本部議長を見つめたが、彼もまた平時から青白い顔面を蒼白させてただ座っている。


「君達ッ!」軍部が自身の排除で一致していることを理解した白大統領は、今度は閣僚達に呼びかけた。「このような軍人の独自行動は到底許されるものではない!」


 だがしかし、閣僚達もまた微動だにしない。当たり前だ。彼らは朴陸軍参謀総長から「今回の戦争の責はすべて白大統領閣下に負ってもらう。我々が追及するのは白大統領のみである……が、彼を擁護するのであれば、こちらにも用意がある」と言い含められていた。


「あ゛あぁあああぁああぁあああ!」


 孤立無援を理解した男は、駆け出した。せめて一矢報いようとでもしたのか、朴陸軍参謀総長に掴みかかる。周囲に居合わせた韓国軍関係者は拳銃を構えていたが、一瞬のことで反応出来なかった。反応出来たとしても周囲には要人がひしめているし、腐っても相手は大統領である。発砲はためらったであろう。

 姿勢を低くしてタックルする白大統領――対する朴陸軍参謀総長は、極めて冷静に対処した。自身の胸の位置にきた白大統領の後頭部に、固く握られた両拳を振り下ろし、1秒遅れて右膝蹴りを彼の顔面に叩きこんだ。鼻骨が無残に折れる。


「……ッ!」


 人生でそう経験することのない痛撃により、反射的に上半身を仰け反らせ、声にならない悲鳴を上げる白大統領。その無防備な顎目掛け、朴は最後の一撃――掌底によるアッパーを食らわせた。衝撃は顎骨から頭蓋骨全体に伝わり、彼の頭脳を揺さぶる。裏切りに遭った――否、裏切りを自ら惹起した無能な独裁者は、後頭部から床に転倒し、そのまま気絶した。


「連れて行け」


 朴陸軍参謀総長は息をきらすこともなく、平然と周囲に命じた。


「記者会見の準備を頼む」

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