■49.白龍vs海龍!(中)――水陸機動団、参戦!
陸上自衛隊が港湾施設に対して空中強襲を敢行したことで、厳原港全域において戦闘が始まる前後、厳原港へ接近する水上艦の姿があった。
それは海上自衛隊第2掃海隊の掃海艇『ひらしま』と『やくしま』である。彼女らは磁気機雷を躱すために米松や欅の材が多用された木造掃海艇であり、目に留まる武装らしい武装はM61バルカン砲しか有していない。排水量も700トンない、端的に言えば非力な小艦艇であるが、このとき両艦は重要な任務を担っていた。
港口に敵が機雷を敷設していないかを調査し、敷設されていた場合は遠隔操作無人探査機を使って処分する――というのが、『ひらしま』・『やくしま』のミッションであった。
「厳原港は韓国軍にとっても、補給面から言って重要な港湾だ。安易に機雷を敷設してはいないのではないか?」
という考えがJTF-防人内では圧倒的多数であったが、万が一の場合もある。韓国軍が早々に海上優勢の喪失を予見していたならば、厳原港を利用した海上輸送を放棄して、機雷をばら撒いた可能性もなきにしにもあらず、であった。厳原港口の幅は400メートル程度であるから、機雷による封鎖は勿論可能だ。水陸機動団のAAV7や、後続の輸送艦・輸送船が触雷すれば、目も当てられない。
故に陸上自衛隊第1空挺団がヘリボーンを仕掛けて埠頭を確保すると同時に、掃海艇・掃海ヘリが出張って機雷の捜索と撤去にあたることになっていた。
(生きた心地がしない)
このとき『ひらしま』・『やくしま』両艇の隊員は、陸・海双方からの脅威に晒されていた。港口から離れた場所から無人機で機雷を捜索出来るとはいえ、掃海艇自身が触雷する危険性は付き纏う。そして前述の通り、両艦は木造の小艦艇であるから、敵の攻撃に対しては脆弱だ。沿岸部から射撃を受ければ、ひとたまりもなかった。
しかしながら、すべては杞憂に終わった。そもそも厳原港には、機雷がひとつも敷設されていなかったのである。安堵とともに肩透かしを食らった気分で後退する掃海艇と入れ違いに、沖合に遊弋するおおすみ型輸送艦から出撃した陸上自衛隊水陸機動団戦闘上陸大隊のAAV7水陸両用装甲車が、次々と港内へ侵入した。
「ゲェ――!」
煙幕を展張しながらウォータージェットで水面を割って前進するAAV7、その後部の兵員室では嘔吐が連鎖していた。ハッチを締め切った兵員室は暗闇に支配される上、艦艇ではないAAV7は波の影響をもろに受けて動揺する。故に、誰しもが吐き気と格闘することになる。これは水陸機動団隊員の練度が低いのではなく、水陸機動団の先輩格にあたる米海兵隊でも同様であり、人間の抗いがたい生理現象だ。
一方、車体上部の銃塔から顔を出す機甲科隊員の砲手は、緊張の面持ちで周囲に視線を遣っていた。他の装備品を操っていた経験のある機甲科隊員からすると、浮航中のAAV7は鈍足で仕方がない。AAV7の最大航行速度は時速約13㎞に過ぎないから、狙い撃ちにされればそれまでである。洋上でも銃塔に設けられた12.7mm重機関銃と40㎜擲弾銃で反撃は可能だが、照準を修正してくれるような射撃装置が付いているわけではないので、波に揺られながらの命中精度は微妙なところだ。
それでも港口に侵入して以降、激戦が始まっている港湾施設の傍にまで接近してもAAV7の群れはまったく攻撃を受けなかった。ヘリボーンを実施した第1空挺団に比較すれば、ともすれば波間に姿が消えるAAV7は目立たない。敵がAAV7の存在に気づいたとしても、朦朦と煙幕が展開しているため、照準が付けにくいであろう。
が、それも厳原港の最奥部に近づくにつれ、事情が変わってきた。
装軌車輛であるAAV7であっても、流石に岸壁を登攀するのは不可能であるから、このとき彼らは漁船を陸から海へ、あるいは海から陸へ移動させる際に用いる船揚場を目指していた。この船揚場は漁船がスムーズに移動出来るような坂道になっているため、AAV7でも乗り上げることが出来る。逆に言えば、防衛側にマークされる地点でもあった。
「ちっくしょ――」
船揚場まで100メートルを切ったところで、船揚場の傍にある漁協の建物跡や倉庫跡から激しい銃火を浴びた。事前に船揚場周辺は第3対戦車ヘリコプター隊による制圧射撃を受けており、漁協の建物は30㎜チェーンガンに掃射され、倉庫の方もヘルファイアミサイル2発の直撃を受けていたが、敵海兵隊員もしぶとく戻ってきていたらしい。
K2自動小銃が放つ5.56㎜NATO弾が装甲表面に衝突し、パンツァーファウスト3の弾頭が先頭車輛の頭上を通過していった。韓国軍の猛射に対し、AAV7自身が出来ることは少ない。隊員達は祈りながら、海面を突っ切っていく。支援のAH-1Sコブラが制圧射撃を実施するが、敵の火線は衰えこそすれ、消えることはなかった。
「こっちに来やがった!」
一方、船揚場周辺を固める韓国側の海兵隊員達も海から装甲車が迫るのを前に、驚きを隠せなかった。自衛隊は整備された埠頭を奪りに来るだろうから、漁船を進水させるための船揚場に有力な部隊は襲来しないだろうと想像していたのだ。
「挟み撃ちになる……」
しかも船揚場を守る中隊は海側から迫るAAV7のみを相手取ればいいわけではなかった。実は船揚場から北100メートルにクレーンの設置された荷揚場があるのだが、そこにも自衛隊のヘリボーン部隊が降着しており、目下その敵とも交戦していたのである。
(敵ヘリボーンは所詮、軽歩兵に過ぎないから幾らでも釘付けに出来るが、装甲車は荷が勝ちすぎるぞ)
海兵隊員を指揮する中隊長の脳裏で警鐘が鳴る。彼は事前の教育で、陸上自衛隊が海兵隊と同様にAAV7を装備していることを知っていた。主力戦車ほどではないが、それでも小銃弾なら容易に弾き返すし、東側諸国が装備する14.5mm重機関銃を想定した増加装甲を備える車輛もある。撃破にはパンツァーファウスト3か、対戦車ミサイルが必要だ。
韓国側の守備隊長が考えている時間は僅かだったが、その僅かな時間の内にAAV7は40㎜擲弾銃を発射しながら、船揚場の坂道に差し掛かった。その途端、水を得た魚――否、陸に上がったカバの如くAAV7は突進した。水上では鈍足だった彼も、足が地に一度つけば時速60㎞以上で駆けることが可能である。
「行くぞ――」
船揚場から岸壁上へ進出したAAV7は停車して、後部ハッチを開いた。
そこからは続々と水陸機動団員が現れ、手近な遮蔽に身を隠して反撃を開始する。先程まで嘔吐に苦しめられていた姿は、どこにもない。自動小銃を携えた隊員の後に、84㎜無反動砲を初めとする重火器を担いだ隊員が続き、周囲を警戒した。AAV7は20名の兵員を一度に輸送出来るが、いま後部ハッチから現れたのは10名前後である。残るスペースは弾薬や84式無反動砲、60㎜軽量迫撃砲、87式対戦車誘導弾といった重火器が載せられていた。
ハッチから飛び出して来る隊員を待ち伏せて攻撃しようとしていた敵兵は、AAV7が装備する擲弾銃と重機関銃が指向され、猛射を浴びた。遮蔽にしていたコンクリートブロックの壁が12.7mm重機関銃で粉砕され、そこに居合わせた海兵隊員は物言わぬ数個の肉塊に成り下がる。
だが一方で韓国軍海兵隊もじりじり後退しながら、決して逃走することなく抗戦を続けた。水陸機動団員を支援するべく銃塔を旋回させて連続射撃をしていたAAV7の側面を、敵の擲弾が叩き、増加装甲をぶち破って爆炎と火花を散らした。
「撃ちます」という韓国語が響くと同時に、最後尾――いままさに船揚場に差し掛かろうとしていたAAV7にパンツァーファウスト3が発射される。500㎜以上の鉄板をぶち破る弾頭は、AAV7の車体側面をぶち破り、超高速のメタルジェットが内部を蹂躙した。
「脱出!」
洋上のAAV7の後部ハッチは開かないため、車体後部に備えられている上部ハッチが開放され、無傷の隊員達と彼らに引き摺り出される格好の負傷者が脱出を試みる。惰性で進んだAAV7は、辛うじて船揚場のスロープ半ばまで前進したため、車体上部まで水没せずに済んだことが彼らにとっては幸いだった。
「退がれ!」
真っ先に岸壁上に上がり、県道24号線に繋がる坂の下まで進出していたAAV7の砲手は坂の上の脅威に真っ先に気づいた。だが、遅い。1秒後、車体前部は文字通り爆散していた。エンジン吸気口から飛び込んだ徹甲弾はそのまま車体を貫き、衝撃波と破片と火焔で内部構造を滅茶苦茶にしてしまった。人間を容易く破壊出来る暴威に圧し潰され、操縦手が絶命する。
「K1ッ――」
坂の上に現れたのは重量50トンを超える鋼鉄の獣、K1A1戦車であった。彼は44口径120㎜戦車砲の砲口を動かし、後続のAAV7を狙おうとしていた。性能にかかわらず主力戦車とは擲弾銃や重機関銃ではどう足掻いても撃破出来ない怪物であり、AAV7では太刀打ち出来る相手ではない。
が、それを前にしても水陸機動団員は怯まなかった。すぐさま下車していた84㎜無反動砲を担いでいた砲手が反撃した。さすがに初弾命中とはいかず、対戦車榴弾はK1A1の手前に着弾し、土煙とコンクリート片を巻き上げる。
これに対してK1A1はすごすごと引きさがった。84㎜無反動砲の攻撃に驚いたのか、それとも無反動砲の攻撃を迫撃砲弾や他の攻撃か何かと勘違いしたのかは定かではない。もしかすると最先頭のAAV7を撃破したことに、満足したのかもしれなかった。
しかしながら他の方面に現れたK1A1は、坂の上に現れた車輛ほど幸運ではなかった。
前述の通り、水陸機動団員は主力戦車と遭遇しても撃退出来るよう、多くの対戦車火器を持ち込んでいた。84㎜無反動砲による射撃を足回りに受け、擱座したK1A1が87式対戦車誘導弾にぶち抜かれる一幕もあった。ミサイルが砲塔真正面から内部へ飛び込んだかと思うと閃光が走り、炎と煙が穴という穴から噴き出す。脱出を試みる戦車兵は、いなかった。
また対戦車ヘリコプター隊の制圧射撃も続いている。そこへ不用意に姿を現せば、どうなるかは言うまでもないだろう。こうして水陸機動団の投入により、厳原港を奪取せんとする自衛隊側の火力は増強された。他方、韓国軍側は激しい制圧射撃によって思うような反撃が出来ず、消耗が続き、ついには後退を余儀なくされた。




