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■45.林中将の思惑。

 敵潜水艦を撃破したことで直近の脅威が取り除かれた『しもきた』は、対地射撃を再開した。

 今度はMLRSから代わり、艦上の99式自走155mm榴弾砲による火力投射だ。怒濤の急射。1分間に6発以上の射撃速度で撃ちまくる。急遽、全国の特科部隊から掻き集められた99式弾薬給弾車が1輌ごとに配されているため、迅速な給弾が実現しており、弾切れの心配はなかった。

 この『いずも』・『かが』・『しもきた』と協同した陸上自衛隊の対戦車ヘリコプター隊と、特科部隊による砲爆撃は、事前に確認された韓国軍の防御陣地をすべて叩き終えるまで続けられる予定であり、うまくいけばこの後に投入される陸上自衛隊第1空挺団や水陸機動団の損害を、最小限に抑えることが出来るはずであった。


「反撃は最小限に留めよ」


 一方、韓国軍第1海兵師団を指揮する林中将は、陸海空自衛隊による砲爆撃を受けても慌てなかった。

 ここで浮足立って敵水上艦や攻撃ヘリに対して不用意に反撃を試みれば、巧妙に擬装した防御陣地や、森林地帯に隠れた自走砲や対空自走車輛の所在が露見してしまう。

 かつて大日本帝国海軍の海岸砲は硫黄島の戦いにおいて、迫る米軍に対して早々に砲撃を開始して砲兵陣地の所在を明らかにしてしまい、砲爆撃で手痛い反撃を受ける愚を冒した。これはもう約70年前に得られた戦訓であるが、林中将はこの現代戦にも通じるものがあると考えている。

 位置が掴み難い敵水上艦艇や、地形を活かして一撃離脱戦法を採る攻撃ヘリに対して反撃しても空振りに終わる可能性は高い。

 だからここはこらえる。その一方で、後に現れるであろう、強襲上陸を試みる敵地上部隊やそれを援護する航空機は逃げも隠れも出来ない。こちらに反撃を集中させた方が効率はいいに決まっている。


「しかしこのままでは敵の上陸を待たずして、反撃の手段がすべて失われてしまうのでは」


 第1海兵師団司令部の若手スタッフのひとりはそう訴えたが、林中将は余裕をもって言った。


「陸海空自衛隊が投射可能な火力は限定的だ。対馬諸島全土の森林を焼き払えるわけでもない。また市街地への艦上からの対地射撃や、航空攻撃は避けるだろう。空海からの砲爆撃だけで、山間部や森林地帯、市街地中心部に布陣する我が師団が戦力を喪失することはありえない」


 彼の戦術眼は間違っていない。

 事実、陸海空自衛隊による猛攻は海兵隊が接収した学校や公園、フェリー港、空港周辺に集中しており、そこに駐機していた輸送ヘリや連絡用の軽装甲車輛は全滅の憂き目に遭ったが、すでに拠点から退避していた人員や装備品に被害はほとんど出ていなかった。


 しかしながら、彼も全知全能の戦術家ではない。

 一点だけ迷いがあった。


(さて、自衛隊はどこに揚がってくるか)


 林中将の考える敵強襲上陸の候補地は3つだ。

 最初に考えるべきは下島と上島の結節点にあたる対馬諸島中部、第1海兵師団司令部が置かれたここ対馬やまねこ空港周辺への襲来である。交通の要衝にあたる対馬空港を占領することが出来れば、自衛隊は韓国軍第1海兵師団を南北に分断することが可能だ。さらに対馬空港を足掛かりにして、増援の空輸も見込める。


(だが私が自衛隊の人間ならば、対馬やまねこ空港を初手で獲りにはいかない)


 交通の要衝である故に、敵も守備を固めているとみるのが当然。

 実際に第1海兵師団は対馬空港周辺に第7海兵連隊を配置し、装甲車輛等も優先的に配備していた。陸上自衛隊が対馬やまねこ空港に対するヘリボーンを敢行してくれば、手痛い反撃を浴びせることが可能だ。万が一、対馬空港を奪取されたとしても、第7海兵連隊は郊外で抵抗を続け、空輸による増援を最大限妨害する。

 また近隣に海上自衛隊の輸送艦や、フェリーが停泊出来るような設備の整った港はないので、侵攻側からすると重装備の投入が難しい。

 一応、空港の南方に揚陸艇を投入出来そうな砂浜(勝見の浦浜・太田浜)があるので、ここを使えば陸上自衛隊は10式戦車や16式機動戦闘車をはじめとする戦闘車輛を上陸させることが可能であろう。が、その浜辺も横幅で言えば150メートルほどしかないので、自衛隊がここに来れば砲迫で狙い撃ちに出来る。


 第2の強襲上陸候補地は上島の北東部にある比田勝港だ。

 平時ここは対馬・釜山間/対馬・博多間の定期便が就航していた国際フェリーターミナルもあり、周辺には強襲揚陸に利用出来そうな砂浜も多い。海上優勢を握っている自衛隊側が、船舶による補給が容易なこの地に橋頭堡を築く可能性は十分にあった。

 ただし韓国本土から100㎞も離れていないため、韓国空軍機や韓国陸軍の攻撃ヘリによる反撃を警戒しなければならないという問題点はある。航空優勢、海上優勢というものは絶対的なものではない。量・質で劣る側であっても、限定された時間・限定された場所に空軍力を集中することで、一時的に航空優勢を得られることがある。


 そして最後、第3の強襲上陸候補地は下島の厳原港周辺となるであろう。

 この厳原港もまた平時はフェリーの定期便が就航するフェリーターミナルで、輸送艦やフェリーによる海上輸送にはうってつけだ。対馬市役所もある対馬市の中心でもあり、小中学校・高校、陸上競技場、総合運動公園といったヘリの駐機場に転用出来そうな施設も多い。

 先に挙げた比田勝港よりも、日本側に近いというのも魅力になるか。


(私だったらこの厳原港に揚げる)


 と、直感では思うものの、厳原港周辺に上陸すれば際限のない市街戦を強いられることになる。民間人を戦闘に巻き込む可能性も高い。また厳原港に上陸した場合、そこから陸路を踏破して対馬空港、上島へ向かうのはなかなか骨が折れる。ルートが限られるため、敵の伏撃を覚悟しなければならないからだ。


 いずれにしても一長一短。

 故に林中将は、陸海空自衛隊が強襲上陸をどこに仕掛けて来るか、見定められずにいた。

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