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■44.護衛艦の猟犬たち。

 潜水艦は前述の通り海中に没している間は、外界との通信が満足に行えない。そのため対馬諸島北方沖を潜航中の『柳寛順』は戦果を確認し、また敵艦の新たな位置情報を知るためには、潜望鏡深度にまで浮上して通信用アンテナを海面上へ出す必要があった。

 このアンテナの伸長は、当然ながらリスクを伴う。機械雑音が海中に撒き散らされることもさることながら、海面上へ飛び出したアンテナは海上自衛隊の哨戒機に捕捉される可能性が高い。

 だが『柳寛順』艦長はそれを承知の上で潜望鏡深度まで浮上し、通信用アンテナを海面上へ突出させ、韓国海軍潜水艦隊司令部にコンタクトをとった。先の対艦ミサイル発射から十数分しか経っていない。

 これは自殺行為にも等しい愚行であった。

 巨大な水柱と噴煙の発生を伴い、簡単に察知されてしまうミサイル攻撃から、ほとぼりも冷まさずにアンテナを上げる――海上自衛隊側からすれば、ミサイルの出現地点から敵潜水艦の位置が概ね予測出来ていたところに、通信用アンテナが出現したような形だ。

 実を言えば、『柳寛順』の発令所でも少々の議論はあった。

 ところが艦長は「対馬諸島上空は韓国空軍の航空優勢下にある」と豪語して押し切ってしまったのである。

『柳寛順』の乗組員約30名にとって不幸であったのは、彼が韓国海軍潜水艦隊司令部の、


「対馬諸島には多数の地対空ミサイル陣地が構築されており、また韓国本土とも目と鼻の距離なので、空軍機の援護も得られる。対潜哨戒機に注意は必要ない」


 ……という言葉を真に受けていたことであろう。

 水上艦艇が備える短魚雷やアスロック(対潜水艦ミサイル)の射程は、数㎞から十数㎞程度しかないからこれに怯える必要はない。航空機の脅威さえなければ、『柳寛順』は艦対艦ミサイルによるアウトレンジからの攻撃を続行することが可能であった。


 しかし、実際にはすでに対馬諸島南部は勿論、中部に位置する対馬空港近郊の地対空ミサイル陣地も陸自第132特科大隊のMLRSによる射撃に晒されていた。海上自衛隊のミサイル護衛艦が睨みを利かせているため、韓国空軍機は不用意に対馬諸島の空域に進入することは出来ない。

 つまり高度を取れば遠方まで監視可能な対潜哨戒機や、ミサイル攻撃を受け難い低空を飛行する対潜ヘリの行動を妨害出来る手立ては、韓国側にはこのとき何もなかったのであった。


 海上自衛隊厚木基地から増派されていた海上自衛隊第3飛行隊のP-1哨戒機は、対馬諸島南東沖の高空を飛行中であったが、すぐさま『柳寛順』の尻尾を掴んだ。哨戒機からの報告を受けた第3飛行隊の幹部達は「こうも容易くいくものか?」と小首をかしげたが、チャンスには変わりない。


「こちらハウンド21、発艦する」


 鈍色の甲板から約11トンの巨体が浮き上がる。敵潜水艦の追跡と撃破の任務に就いたのは海上自衛隊第2護衛隊所属、ヘリコプター搭載護衛艦『いせ』が擁する3機のSH-60K対潜ヘリであった。

 航空機に対して潜水艦は無力だ。反撃手段がない上に、潜水艦の潜航最大速度は約20ノット前後であるから追い縋る哨戒機を振り切ることは困難である。天敵だと言っていい。

 SH-60Kは敵潜水艦が潜むと思しき海域に達すると、吊り下げたHQS-104ディッピングソナーを海中へと下ろした。索敵範囲は数㎞から10㎞程度でしかないが、3機で海域を包囲するように展開することで、疑わしいエリアすべてを虱潰しに捜索することが可能である。


「探振音――!」

「発音弾が炸裂」


 対する『柳寛順』の発令所は焦燥感に包まれた。通信用アンテナを収めた後、現在地に留まるのは危険であると判断してすぐさま潜航を再開したが、1時間とかからず自艦が哨戒機に包囲されていることに気がついた。

 ともかく、速やかに避退しなければならない。

 だが『柳寛順』の水測員がディッピングソナーの死角を割り出すその前に、SH-60Kは必殺の97式魚雷を投下した。


「右舷前方、高速スクリュー音!」


「いくら何でも探知が早すぎる。こちらの動揺を誘うブラフではないか」


 水測員の報告に対して、この期に及んでも『柳寛順』艦長は悠長なことを言っていたが、ところがその10秒後に自分の指揮の全てが間違っていたことを、身を以て知った。

 天地をひっくり返すような衝撃。

『柳寛順』の右舷、そのどてっ腹に97式魚雷の成形炸薬弾頭が直撃した。

 外殻がぶち破られ、メタルジェットがその進行方向に存在する艦内構造を滅茶苦茶に破壊する。

 前述の通り、『柳寛順』は小柄な通常動力型潜水艦であるため、耐久面・ダメージコントロールの面では不利だ。成形炸薬弾頭が発生させるメタルジェットは基本的にその進行方向、狭い範囲のみに被害を与えるが、それでも乗組員約30名の彼女には致命傷である。

 莫大な量の海水が流入し、徐々に沈降し始めた『柳寛順』に対して、無慈悲にも2発目の97式魚雷が直撃した。今度は、艦尾である。こうなるともう助からない。


「こちらハウンド23。魚雷命中音。続けて、圧壊音」


 3機のSH-60Kは敵潜水艦が圧壊したことを音響で確かめると、補給のために『いせ』へ帰投した。このように迅速な対潜水艦戦術が取れるのは、対潜ヘリを3機搭載可能である上、3機同時に発艦可能なひゅうが型護衛艦『いせ』の能力あってのものである。


 一方でその南方でもヘリコプター搭載護衛艦『いずも』・『かが』が活躍していた。

 ただしこちらは対潜水艦戦に、ではなく対地攻撃作戦の洋上支援である。

 陸上自衛隊第3対戦車ヘリコプター隊のAH-64D戦闘ヘリを艦載して輸送するのが、彼女達の最初の任務であった。

 戦闘ヘリは一般的に脆弱だとされているが、その一方で固定翼機には出来ないような地形を活かした戦術を採ることが可能な兵器である。AH-64D戦闘ヘリの場合は地形追随飛行により、水平線下や山岳、丘陵、森林地帯、建造物群に隠れて敵陣地へ忍び寄ることが出来る。いくら相手が高性能かつ長射程の対空ミサイルを持っていたとしても、レーダーに映らない水平線や障害物の向こう側を飛んでいる戦闘ヘリを攻撃することは至難の業だ。


 対馬諸島は前述の通り、平地が少ない。断崖絶壁の海岸線が多く、それが攻撃側の頭を悩ませているのだが、この地形は攻撃ヘリの運用に関してのみ言えば、非常に有利であった。

 第3対戦車ヘリコプター隊の最初の目標は、下島南部に所在する厳原町豆酘市街地の敵部隊である。彼らは射界が開ける下島南方からではなく、丘陵と森に覆われた東側からぎりぎりまで忍び寄ると一気に上昇し、装備する全火器を使って攻撃を仕掛けた。

 韓国軍が接収した自然公園に対して70mmハイドラロケット弾38発による面制圧が行われ、小中学校の校庭や漁港に駐車する韓国軍車輛にはヘルファイア対戦車ミサイルが撃ち込まれた。韓国軍の対空自走機関砲は即時の反撃を試みたが、こちらもヘルファイアの直撃を受けて爆散した。

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