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■43.『しもきた』の危機。

 柳寛順とは大日本帝国の統治下における朝鮮の女性独立運動家であり、1919年に勃発した三・一独立運動に影響を受けて、自身の故郷でデモ運動を主導した人物として知られている。その後に裁判で懲役3年の判決を受けた彼女は、西大門監獄で1920年に獄死。そうした悲劇的な最期を遂げたこともあり、太平洋戦争後に韓国政府からは勲章が贈られた。『朝鮮のジャンヌダルク』と呼ばれることもある。

 しかし、その経歴や運動の実態、最期に関しては諸説があるようで、『中央日報』の取材に応じた研究者は、(柳寛順の経歴は)“植民地時代に日本が行った蛮行を糾弾するという意味合いから、誇張され過ぎてしまった感がある”と指摘している。が、本稿にはあまり関係のない話か。


「針路190度」


 さて、少なくとも韓国国内では英雄視されている偉人の名前をつけられた、潜水艦『柳寛順』は韓国海軍潜水艦隊司令部から命令を受け取るや否や、攻撃準備に移った。

 彼らの士気は高い。日韓開戦以降、『柳寛順』は機械的なトラブルに見舞われ、活躍の機会を逃し続けてきた。同型艦である『安重根』の仇を討たんと誓い、航空優勢も海上優勢も失われつつある対馬諸島近海に進出・潜伏してきた甲斐があったというものだ。

『柳寛順』に課せられた任務は、単純明快だ。敵水上艦艇が存在する海域目掛け、対艦ミサイルを発射すること。ただそれだけである。そのため現在、『柳寛順』が有する魚雷発射管8門すべてに、ハープーン艦対艦ミサイルが装填された。

 ハープーン艦対艦ミサイルは、発射されたミサイル自身がレーダーを稼働させて目標を捜索する機能を有しているため、発射した母艦側が敵の細かな位置情報を把握していなくとも使用可能だ。であるから前述の通り、『柳寛順』は『しもきた』が遊弋していそうな海域目掛け、発射管の中身を空にするだけでいい。


(我々こそ現代の烈士と称えられるであろう)


『柳寛順』艦長は早くも攻撃の成功を確信し、ほくそ笑んだ。

 此度の戦役で韓国海軍は未だに1隻も敵艦を沈めることが出来ておらず、武勲らしい武勲をどの艦艇も挙げられていない。つまりここで対艦攻撃に成功すれば、韓国海軍のMVPは『柳寛順』である。


「1番管から8番管まで発射はじめ」


『柳寛順』の発令所で艦長から命令が下されると、装填されていた全弾が海面へ向けて艦首の魚雷発射管から撃ち出された。海面を割り、飛沫を上げながら空中へ舞い上がった巨大な鋼鉄の銛は、しばらくすると低空飛行に移行する。艦載対空レーダーに映らないように、水平線の向こう側に姿を隠して忍び寄るシースキマーモードだ。優れた防空システムを有するイージス艦であっても、遠距離からの迎撃は困難である。


 対する『しもきた』であるが、彼女自身には対艦ミサイルを迎撃する手立てがほとんどなかった。本格的な電波探知妨害装置はなく、チャフやフレア、デコイ発射機を備えるのみであり、敵ミサイルがこの囮に引っかからなかった場合には、高性能20㎜機関砲2門で対処するほかない。

 であるから、『しもきた』には第4護衛隊の護衛艦『いなづま』と『さみだれ』が直掩に就いていた。両艦はともにむらさめ型護衛艦であり、対艦ミサイル防御の面で優れるNOLQ-3電波探知/妨害装置を有している上、発展型シースパローや76mm速射砲とハードキルの備えもある。


「対空戦闘用意」


 当然、敵対艦ミサイルは水平線の向こう側を飛翔しているため、『しもきた』・『いなづま』・『さみだれ』のレーダーには映らない。しかしながら高空にて周辺海域を“見下ろす”早期警戒管制機は、『柳寛順』が発射した艦対艦ミサイルを確かに捕捉しており、護衛艦に警報を飛ばしていた。そのため『いなづま』と『さみだれ』は、早々に対空戦闘の準備を整えることが出来た。両艦は勿論、護衛艦のほとんどは共同交戦能力を持たないため、早期警戒管制機が捕捉した目標を艦対空誘導弾で攻撃することは不可能である。が、態勢を整えたところに敵ミサイルがやって来るのと、全くの不意打ちとでは訳が違う。


「敵性電波探知」


 弾体が水平線上から姿を現すと同時に、『いなづま』・『さみだれ』は対艦ミサイルが発するレーダー波を探知した。続けて艦のレーダーも敵弾を捕捉する。『しもきた』の盾となる両艦に向け、右舷方向から真っ直ぐ突っ込んでくる形だ。

 迫る対艦ミサイルは6発。『柳寛順』が元々発射した数は8発だったが、『しもきた』の詳細な位置情報を掴んでいないままにシースキマーモードで発射したためか、あるいは単なる整備不良か――2発が脱落し、海中へ没していた。

 だがそんなことは、護衛艦側には分からない。


(敵ミサイルの速度が時速約1000㎞程度だとすると、対処時間は90秒から120秒しかない)


 対艦ミサイル接近の報に、戦闘指揮所(CIC)をはじめ艦内各所に緊張が走った。

 だがしかし、号令は整然と発せられ、頭脳と身体は訓練通りに動いた。発展型シースパローと76mm速射砲によるハードキルが試みられると同時に、NOLQ-3電波探知/妨害装置が電子戦を仕掛ける。西側諸国で広く導入され、海上自衛隊の護衛艦も装備しているハープーン対艦ミサイルのレーダー波はメモリーされているから、妨害は困難ではない。

 結局、護衛艦に迫った『柳寛順』の対艦ミサイル6発の内、命中弾は1発も出なかった。『いなづま』と『さみだれ』はそれぞれ2つの目標を同時に攻撃可能で、発展型シースパローと76mm速射砲による迎撃で4発の対艦ミサイルを空中撃破することが出来た。

 残る2発は指呼の距離まで迫った。が、この両ミサイルは『いなづま』と『さみだれ』が発する連続した妨害電波に惑わされ、送り込まれる距離と方位の欺瞞情報と空中に乱舞するデコイによって迷走し、1発は海面に接触して炸裂。もう1発は銀色に光り輝くチャフの雲塊に突っ込むに終わった。


 しかし、『柳寛順』の攻撃はまったくの無意味だったわけではない。

 JTF-防人の司令官を務める湯河原陸将は、『しもきた』と直掩の護衛艦2隻がミサイル攻撃に晒されたという一報を聞くや否や、『しもきた』の攻撃中断を決定した。いったん避退し、現在地を変えた方がいいとの判断だ。

 続いて脅威を取り除かなければならない。早期警戒管制機や哨戒機からの情報を総合すると、どうやら対艦ミサイルを発射したプラットホームは航空機や水上艦ではなく、潜水艦なのではないかという推測が、JTF-防人の中ではなされた。

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