■42.対馬を撃て!(後)
対馬諸島を防衛する韓国陸軍・空軍・海兵隊は、虚を衝かれたと言っていい。
陸海空自衛隊は巡航ミサイルを持たないため、強襲上陸を敢行する前に準備攻撃を実施するのであれば、それは航空爆撃あるいは艦砲射撃となるだろう、と彼らは考えていた。この場合、航空自衛隊ならば射程は20㎞前後が限界の誘導爆弾(JDAM)、海上自衛隊ならば射程十数㎞の127mm単装砲が対地攻撃の主武器となる。あるいは陸上自衛隊の対戦車ヘリコプターが地形追随飛行で忍び寄り、襲撃を仕掛けて来るかもしれない。
しかし、いずれにしても韓国側は反撃手段を整えていた。
飛来する自衛隊機に対しては、島内に複数設けられた防空陣地が対処する。独島防衛戦の際には、独島警備隊の装備する地対空ミサイルが歩兵携行型の『神弓』であったため、敵攻撃機に後れを取った。だが対馬諸島の防空網は、質・量ともにその比ではない。30㎜自走機関砲『飛虎』・自走地対空ミサイル『天馬』といった、即応性の高い近距離対空装備は勿論のこと、対馬やまねこ空港の近隣には韓国空軍のPAC2や、中距離地対空ミサイル『天弓』を配備している。航空自衛隊には地対空ミサイル陣地を攻撃するノウハウがないだろうから、これらの防空システムがそう簡単に突破されるとは思えなかった。
では、単装速射砲で対地射撃を試みる護衛艦に対してどうか。水上艦艇に対しては、海兵隊がK55・155mm自走榴弾砲(米国製M109自走砲のライセンス国産版)と、牽引式155mm榴弾砲が猛射を加える計画だ。ベストは地上発射型ハープーンで攻撃することだが、残念ながら配備が間に合わなかった。とはいえ、遮蔽物のない洋上を往く水上艦艇と、陣地に身を隠すことが出来る地表の火砲とでは、どちらが有利かは言うまでもない。こちらには対砲迫レーダーもある、砲戦ならば有利に戦えるはずである。
つまり韓国軍の態勢は、“自衛隊の現行装備品の範囲内で、常識的に考えられる攻撃”に対して可能な限りの対策を講じていたと言っていい。
(地対空ミサイルと火砲により、対馬諸島の防備はヤマアラシが如く固められている。そんなことは分かりきっている。そこを突き崩すには、確かにこれしかない)
『しもきた』艦長、藤堂一実一等海佐は未だに納得がいっていない。
『しもきた』甲板上、爆風を甲板外へ逃すことが出来る右舷ぎりぎり限界の位置にMLRSを固定し、残るスペースに99式155mm自走榴弾砲を配しての火力投射。観測は島内に潜伏している陸自隊員や、陸上自衛隊第8師団が装備するスキャンイーグルや西部方面隊から掻き集められた遠隔操縦観測システムの無人ヘリが実施する。
成程、これならば地対空ミサイル陣地を一方的に潰すことが可能だ。また99式155mm自走榴弾砲は射程30㎞前後、MLRSは射程約50㎞以上を誇るため、敵の対砲兵射撃も受け難い。
(が、これは輸送艦の仕事ではない……)
藤堂の唸り声は止まらない。
『しもきた』は揚陸艦である。その真価は完全武装の1個普通科中隊と、1個中隊の主力戦車を戦場へ投入可能とする輸送力にある、と藤堂は常々考えてきたし、有事の際には当然ながら危険な海域を突っ切るような輸送任務にあたると覚悟し、日々研鑽を重ねてきた。にもかかわらず、洋上に浮かぶ移動砲台としての役割を担わされるなど、誰が想像しただろうか。
「射撃始め――」
『しもきた』の甲板上に赤橙が閃いたかと思うと、白煙が朦朦と巻き上がる。そしてM31ロケット弾が、空中へ飛び出した。
あくまで一発目は試射であり、『しもきた』に設置された陸自特科部隊の射撃指揮所(FDC)も、命中はあまり期待していない。洋上からの砲撃は前代未聞であり、研究も不足しているため、効果が得られなければ『しもきた』からの射撃を早々に打ち切ることも考えられていた。
だがしかし、GPS誘導方式を採用したM31ロケット弾による狙撃は、想像以上に精密だった。下島南端の尾崎山自然公園駐車場に配置されていた30㎜自走機関砲『飛虎』と、数輌の装輪装甲車はロケット弾の直撃、あるいは破片と爆風によって一瞬で廃車となった。
初弾命中という結果に自信をもった陸上自衛隊西部方面隊・第132特科大隊は、続いて下島南東部にある厳原港・対馬市役所周辺の韓国軍陣地を潰しにかかった。地対空ミサイル陣地、あるいは砲兵陣地があると目される、海に面した漁火公園と、ヘリコプターの離発着場と物資集積所に転用されている厳原総合公園陸上競技場などが攻撃目標となった。
ただしこの厳原港・対馬市役所周辺の韓国軍に対する砲撃は、西部方面総監部も慎重にならざるを得ない事情があり、徹底したとは言い難かった。韓国軍は意図的に厳原町市街地を“人間の盾”としている。前述した漁火公園や陸上競技場は市街地から外れているから攻撃し易かったものの、韓国軍に接収された対馬市役所体育館・運動場や小中学校、彼らが宿舎としている市内ホテルに関しては、誤射の可能性がつきまとうため、MLRSでは攻撃が出来なかった。未確認ではあるが、韓国軍は交通管制を布いて市民を屋内に待機させ、自主的な避難を禁止しているという情報もあったから、ロケット弾が目標を外れれば当然ながら対馬市民の死傷者が出ることになる。
この市街地と隣接、あるいは市街地の中にある敵陣地は、必要であれば後に第3対戦車ヘリコプター隊が攻撃を実施する、ということになったが、西部方面総監部としてはこの無傷で残った敵陣地には注意を払わなければならないところであった。
「何事か、護衛艦の艦砲射撃か」
「不明です。第1砲兵連隊は対砲兵射撃を準備中です」
「延坪島の再現だけは避けたいところだ」
陸上自衛隊・海上自衛隊が協同しての特科火力投射が始まっても、林中将以下第1海兵師団司令部は泰然自若、慌てることはなかった。
身動き出来ない防御陣地や展開中の一部の地対空ミサイルはダメージを受けるかもしれないが、防戦の主力となり得る自走榴弾砲や自走対空ミサイルは、開けている市街地や海岸線から離れたところに隠匿してあるから、戦闘力を一挙喪失することはない。
一方、下島南部の敵陣地を叩き終えた『しもきた』とMLRSを運用する第132特科大隊は、一旦攻撃を打ち切り、回避運動を兼ねて現在地を変えた。
敵砲兵の所在がすぐに判明する対砲迫レーダーが発達した現代戦で、砲兵が足を止めることは自殺行為である。万が一、敵海兵隊もMLRSのような射程の長い火砲を揚陸していた場合、対砲迫レーダーで『しもきた』の位置を割り出され、反撃される可能性は十分にあった。最近の自走榴弾砲も、ガスにより空気抵抗を減衰させるベースブリード弾を使えば、(命中は期待出来ないが)最大射程が50㎞程度まで延伸出来るため、油断はならない。
仕切り直した『しもきた』は、対馬諸島南東沖で再び攻撃を開始した。今度は下島北部に位置する対馬やまねこ空港に展開中の対空ミサイルシステムと、韓国軍陣地があると目される近隣のゴルフ場・キャンプ場が目標である。
「まさか陸上自衛隊は艦上から砲撃を実施しているのか」
「そのようです。最初は壱岐本島からの攻撃かと思いましたが……」
「しかしこちらの自走榴弾砲の射程外では手も足も出ないな」
一方で海兵隊側も無能ではない。事前の情報収集の結果と対砲迫レーダーの分析結果から、自軍がどうやら海上から攻撃を受けているということを理解した。問題はそこからである。対馬諸島を防衛する海兵隊に、『しもきた』を攻撃する術はない。
「『柳寛順』総員に告ぐ。たったいま潜水艦隊司令部より命令を受けた。これより我々は対馬諸島に迫る敵艦艇を襲撃する」
そこで白羽の矢が立ったのは、対馬諸島北方沖にて待機していた韓国海軍の潜水艦『柳寛順』であった。




