■41.対馬を撃て!(前)
「『世宗大王』が……」
『世宗大王』以下、韓国海軍決戦艦隊壊滅の一報はすぐさま大韓民国海兵隊司令部、続けて対馬やまねこ空港近隣のゴルフ場に置かれた第1海兵師団司令部に届けられた。
設計・建造から莫大な予算が投じられてきた韓国海軍が誇るイージス艦の敗北、そして対馬諸島周辺空域の有力な防空網が引き剥がされたことは、多くの韓国軍将兵にとっては衝撃であるに違いない。
「そうか」
だがしかし、第1海兵師団長の林中将は動じる様子をいっさい見せなかった。他の師団司令部のスタッフも同様である。来るべき決戦の秋が来たか、と誰もが思っていた。韓国海空軍が洋上で勝利し、航空優勢・海上優勢を取り戻すなどと都合のいい幻想を、彼らは誰一人として思い描いてはいなかった。
「政治は決断してくれると思うかね」
林中将は師団司令部の参謀達に話を振ったが、誰もが静かに頭を振った。
航空優勢、海上優勢がない状態でこの対馬諸島を守ることは、端的に言って不可能である。第1海兵師団は陸海空自衛隊を迎え撃つ準備を、万全に整えてはいる。だがしかし、勝利の可能性があるとまで思い上がってはいない。対馬諸島の幹線道路は航空爆撃と艦砲射撃に晒され、第1海兵師団は島の各所で孤立。そのまま各個撃破の憂き目に遭うことは目に見えていた。
勿論、海兵隊員は命令とあれば最後まで抵抗を貫く海兵魂を持っているから、陸上自衛隊が強襲上陸してくれば多大な出血を強いるであろう。が、それだけである。戦争には勝てない。海兵隊員・自衛隊員ともに多くの人命が損なわれるだけだ。無益。
「いまからでも遅くないが……やはり講和の可能性はない、か」
故に林中将は実現の可能性が薄いことを承知の上で、韓国政府が決断を下すことを期待していた。同時に上層部が徹底抗戦を命じるならば、勝利を信じて自衛隊機と護衛艦に抵抗し、上陸を試みる敵部隊を海へ追い落としてやる、という覚悟も固めていた。
(いや)
ところが同時に林中将の心中には、他の感情も芽生えていた。
(対馬空港、比田勝港、厳原港。これらの重要拠点が敵の手中に陥ち、奪還する見込みがなくなったときが終わりかもしれんな)
彼は無表情のまま、無能な政府のために海兵隊員の生命を擲つ必要はなかろう、とも思い始めていたのであった。
「国防部の連中め、海戦で負けた程度で狼狽えおって!」
一方の白大統領は通常営業である。
韓国海軍水上艦隊が壊滅したという報告を聞くと、すぐさま韓国軍高官を呼びつけて会議を開くように指示を下した。常識的に考えても大規模な航空戦、海戦で敗北した側が、島嶼防衛に成功する見込みは薄い、というのは当然のはずだが、白大統領は未だに「陸で戦えば勝つ」と本気で信じているらしい。青瓦台の一角にある会議室に韓国軍関係者が集まってくると同時に、彼は士気を高めるために小演説をぶった。
「陸上自衛隊は恐るるに足らず! 大韓民国の解放から韓国陸軍、海兵隊は幾度もの実戦を経験してきた。だが翻って、陸上自衛隊はどうか? ひとたびとも野戦を経験したことがない」
(もはやこうなってくると、酔っ払いの世間話と同じじゃねーか)
客観的な根拠もなく続けられる話に、金空軍参謀総長は欠伸を噛み殺すのに必死になった。
勘違いされがちであるが、実戦経験豊富な軍事組織が必ずや精強かと言うとそうではない。軍事組織の強い、弱いというのは平時の訓練によるところが大きいのであって、むしろ作戦行動によりその軍事組織の練度、行動の精彩さは劣化していく、という考え方もあるくらいである。実戦を経験していないから弱い、というのは全くもって根拠がない話だ。
「……故に、対馬諸島に上陸した陸上自衛隊と海兵隊が対決すれば必ず勝てる。死屍累々の惨状に、日本政府側は青くなって講和を申し出るであろう」
ならいいけどなと金空軍参謀総長は思いつつ、はて、と思った。
(趙海軍参謀総長はどうした)
白大統領が定めた定刻を5分過ぎても、趙海軍参謀総長は会議室に姿を現さない。おかしい、と周囲の将官達は思った。趙の性格は生真面目であるし、性格云々の前に時間を守るのは軍人の基本である。
趙海軍参謀総長がいないと会議を始めることが出来ないので、癇癪を起こして怒鳴り散らす白大統領を背に、数名の若手参謀が趙を探しに行った。
「大変ですッ」
10分後、会議室は騒然となった。
「自殺?」
「ええ。トイレで頸を切って」
『世宗大王』以下、多数の水上艦艇と何より乗組員1000名以上の生命を失う結果に、彼の良心は耐え切れなかったか。彼は個室で手首と首筋を切り、純白のタイルが敷き詰められた男性トイレを血の海にして、そこに横たわっていたらしい。医務室に運び込んで同時に救急車も呼んだものの、もう脈拍もなくなっており、生存は絶望的ということであった。
「趙くんは多少短気なところもあったが、真面目だったな」
金空軍参謀総長の隣に座っていた朴陸軍参謀総長は、顔色ひとつ変えずにそう呟くとあとは無表情のまま、右往左往する警備兵や関係者を眺めていた。
さすがに韓国軍関係者も平然とはしていられず、会議はいったん延期となった。
そして白大統領はと言えば、趙海軍参謀総長の死を悼むどころか、彼のことを「責任逃れ」「敗北者」と大声で痛罵。周囲は表だって抗議することはなかったが、彼らから顰蹙を買っていたことは間違いなかった。
さて、韓国軍上層部に動揺が広がっている間に、陸上自衛隊は対馬奪還に向けて本格的に動き出していた。
「試射用意――!」
陸上自衛隊の第一撃は、韓国軍の予想を裏切る形で始まった。おおすみ型輸送艦『しもきた』甲板上から、韓国軍の対空ミサイル陣地を標的とした特科部隊の火力投射。航空攻撃に備えて反撃態勢を整えていた韓国軍は、99式155mm自走榴弾砲とMLRSにより一方的に乱打されることとなる。




