■40.鳥葬、韓国海軍。
このとき対馬諸島周辺海域へ向けて進発していた韓国海軍の決戦艦隊は趙海軍参謀総長以下、韓国海軍参謀本部の高級参謀と現場の幹部達が苦心して掻き集めた、16隻の艦艇から構成されている。加えてP-3CK対潜哨戒機やスーパーリンクス対潜ヘリといった航空機も援護につけており、これが韓国史上最大級の実戦水上艦隊であることは間違いがなかった。
だがしかし、その実情は海上自衛隊と比べると見劣りする。
世宗大王級ミサイル駆逐艦『世宗大王』を旗艦とし、スタンダードミサイルを装備する忠武公李舜臣級駆逐艦『忠武公李舜臣』、『崔瑩』が続き、独島救援が果たせなかった広開土大王級駆逐艦『広開土大王』も参加していた。
しかしながら、残る12隻は駆逐艦よりも規模が小さいフリゲート・コルベット艦に過ぎない。大邱級フリゲート艦『大邱』のような最新鋭の艦艇もその中にはあるが、大多数は艦対空ミサイルをもたない蔚山級や浦項級といった旧式水上艦艇で、熾烈な現代海戦を戦い抜けるか疑問符がつくようなそれであった。優れた対空戦闘システムを有する駆逐艦とは異なり、これらの小艦艇らは空対艦攻撃に対しては無防備で、『世宗大王』ら駆逐艦の艦隊・僚艦防空に頼るしかない。
現場レベルの幹部達の中には「自殺に行くようなものだ」と逆上する者もいたが、参謀本部はどうかと言えば、駆逐艦4隻はもちろん、残る小艦艇も戦力として数えていた。
韓国海軍水上艦隊の任務は、海上自衛隊護衛艦隊に打撃を与えて対馬奪還作戦を阻止すること、あるいは対馬諸島周辺海域に居座って周辺の空域に睨みを利かせることである。陸海空自衛隊に致命的な一撃を与えることがかなわずとも、一時的にでも海上優勢・航空優勢を取り戻すことが出来れば、海軍の面目は立つであろう。時間も稼げる。対馬諸島を防衛する海兵隊へ、補給を実施することが可能になるかもしれなかった。
ただ『世宗大王』をはじめとする駆逐艦4隻のみでは水上打撃戦も、敵潜水艦による攻撃を撃退するのも難しい。であるから手元にある小艦艇を全てつけることにした。フリゲート・コルベット艦でも艦対艦ミサイルは搭載しているし、『世宗大王』の周辺を警戒して敵潜水艦を牽制することくらいは出来る。主力となる駆逐艦4隻の盾にもなるだろう。
それに韓国空軍機の援護もある。『世宗大王』と韓国空軍機から成る防空網を、航空自衛隊の対艦攻撃機は突破出来まい。そういう考えが、参謀本部の面々にはあった。
だがしかし、実際には韓国空軍との足並みは揃っていない。
戦闘機部隊による援護はなく、韓国海軍水上艦隊は丸裸に近い形で、対馬諸島周辺海域にまで進出する格好になった。P-3CK対潜哨戒機による制圧が行われているため、海自潜水艦はおいそれと襲撃することは出来ない。だがしかし、航空自衛隊第6・8飛行隊は違う。
特別な訓示もなく――しかし手隙の隊員全員に見送られたF-2戦闘機の編隊は、複数方向から韓国海軍の決戦艦隊へ向かって93式空対艦誘導弾を投弾した。
「まずいぞ……」
陸海空自衛隊の動向を監視していた韓国空軍の早期警戒管制機は、すぐさま『世宗大王』に警告を送った。航空自衛隊第6・8飛行隊が発射した空対艦誘導弾は、すべてその数64発。一艦隊が――否、一海軍が凌げる攻撃ではない。中小国の海軍ならば、容易く蒸発させてしまうであろう破滅的な“第一撃”である。
……そう、これは所詮“第一撃”だった。
「JTF-防人の白龍作戦、その成功いかんは敵の海上・航空戦力を緒戦でどれだけ漸減出来るかにかかっている。航空自衛隊航空総隊・第8航空団には、“見敵必殺”。総力を以て水上艦艇を攻撃していただきたい」
作戦発動前に湯河原陸将から依頼された通り、航空自衛隊第8航空団は対艦攻撃任務に備えて万全を期していた。
空対艦誘導弾64発による第一次攻撃で撃ち洩らしが出た場合、第二次攻撃を実施するつもりである。流石に第一撃ほどの規模を再度、とはいかないが、第二次攻撃では海上自衛隊の哨戒機部隊(P-3C・P-1哨戒機は空対艦誘導弾を装備可能である)と協同することになっているから、やはり容易く防ぎきれるものにはならない。
(悪く思ってくれるなよ。これは日本国民の怒りだ。個人的な恨みもあるが)
航空自衛隊第8航空団司令は敵艦隊必殺の意志をもっていた。自身の仕事場である築城基地を焼き出されるばかりか、周囲の市街地が炎上するさまを見せつけられた屈辱を晴らすには、抵抗する韓国軍将兵みなことごとくを殺戮するほかなかったのである。
攻撃が失敗する要素は、ほとんどない。
敵空軍機の迎撃は、海上自衛隊の護衛艦『こんごう』らが妨害してくれる。
あとは敵水上艦隊が死に絶えるまで、集積した火力を叩きつけるだけでいい。
「確認出来るか?」
「出来ない。いや、視認した。敵ミサイル視に――!」
時速1000㎞を超える横殴りの一撃は、まず艦隊の外縁、最南東に位置していたコルベット艦『公州』を直撃した。満載排水量約1200トンの『公州』は約100名の生命とともに、その身を海面に投げ出した。艦体と人体と艦内の備品と隔壁の一部が辺り一面にぶち撒けられ、内臓をえぐりとられた本体は燃えながら沈んだ。
他のフリゲート・コルベット艦も同様だった。個艦防空の能力が不足している以上、この海で生き残ることは出来ない。みな等しく散華した。
海上自衛隊の哨戒機に対する火器管制レーダー照射事件で、以前より因縁のあった『広開土大王』は垂直発射型のシースパローで誘導弾1発の迎撃に成功した。続いてばら撒いたフレアに動揺した誘導弾を、高性能30㎜機関砲ゴールキーパーで破壊した――が、それまでだった。
時速約1000㎞を超える高速飛翔体の運動エネルギーが、30㎜機関砲弾の連射ごときで完全に消滅することはない。無数の破片が時速数百㎞で『広開土大王』の艦上構造物に突き刺さった。そのわずか4秒後、新手の誘導弾が艦体後部に突入し、爆発した。さらにもう1発。艦橋の真下に空対艦誘導弾が直撃し、『広開土大王』は爆炎を天高く噴き上げた。運命は決した。彼女は炎上しながら漂流することしか出来ない漂流艦となった。
そして『世宗大王』も、概ね『広開土大王』と同じ運命を辿った。
その様は鳥葬。複数発の空対艦誘導弾の直撃を受け、艦上構造物は滅茶苦茶に破壊され、艦内は火焔と死体で埋め尽くされて、ただ浮いている鉄屑と化す。そして最後には急に傾斜が始まり、轟という悲鳴を上げながら海底目掛けて沈降を始めた。




