■4.北九州、壊滅。(前)
長くなったので分割。自衛隊の活躍を期待されている方には申し訳ありませんが、あらすじの通りの苦戦回です。2、3話先の韓国軍対馬占領までは防衛出動命令が下されていない状況下にあり苦戦が続きます。ご了承ください。
6月1日午前5時10分、韓国軍はこの早朝に攻撃を開始した。独身の若い自衛隊員は未だ営内で眠っているであろう時間帯であり(一般的な自衛隊員の起床時間は午前6時とされる)、多くの営外生活者は当然ながら駐屯地や基地内にはいない。白昼堂々の攻撃よりは奇襲効果が望めるだろう、というわけだ。
また彼らが早朝に攻撃を決めたのには、もう一つ理由があった。夜戦を避けたかったがためである。韓国軍側からすると、本来ならば深夜帯に攻撃を仕掛けたいところだったが、一方で彼らは練度と装備の問題から暗中戦闘に自信がなかった。例えば闇夜の中で対馬島に上陸した場合、現在位置が掴めなくなったり、友軍誤射を起こしたりする可能性がある、と師団司令部の幕僚達は考えていた。
そのため空が白み始める前後でミサイル攻撃を浴びせかけ、朝日と共に対馬島に強襲上陸を仕掛ける算段で彼らは動き出した。
大韓民国陸軍による第一撃の標的となったのは、対馬島北方の海栗島に存在する航空自衛隊第19警戒隊のレーダーサイトだった。警告を発する暇はなかった。超低空を往く敵巡航ミサイルは水平線の彼方に身を隠し、地上レーダーサイトのレーダー波を掻い潜り、航空自衛隊の防空警戒網を易々と突破した。完全なる奇襲。
朝鮮半島南東部から発射された玄武巡航ミサイルは、超音速で瞬く間に純白の球形レーダー直上に達し、その暴虐を解き放った。クラスター子弾の雨が、第19警戒隊の基地敷地内に降り注ぐ。広範囲を焼き払うクラスター弾頭は、地下施設や装甲目標に対する効果は薄い一方、十分な防護がなされていない無防備なレーダーサイトや第19警戒隊の官舎・隊舎に対しては、極めて有効だ。
次々と上がる火柱。初撃によりレーダーサイトが蜂の巣になると、次に島中央部の関連施設が標的になった。
一方で島の東端にあるヘリポートは無事だった。韓国陸軍がこれからこのヘリポートを占拠し、占領部隊を送り込むためである。レーダー索敵網を掻い潜るように低空侵入して来た韓国陸軍第301飛行大隊の大型輸送ヘリCH-47は、航空自衛隊側の抵抗をまったく受けることなくヘリポートに着陸、完全武装の1個小隊を降ろした。
続いて山口県萩市見島の航空自衛隊第17警戒隊、長崎県五島市の同隊第15警戒隊が玄武巡航ミサイルの先制攻撃を浴び、配備されている防空レーダーは大破の憂き目に遭った。あまりにも呆気ない。警戒隊のレーダーサイトに地対空誘導弾を装備する高射部隊が張りついているわけではないため、巡航ミサイルを迎撃することは困難であった。
すぐさま航空自衛隊春日基地の防空指揮所(DC)、および航空総隊司令部はすぐさま第19・17・15警戒隊の異変に気づいた。が、電子的トラブルが発生して通信が不安定になっているのか、火災といった事故が発生したのか、それとも何者かによる攻撃を受けたのか判断に悩んだ。この時、航空自衛隊西部航空方面隊司令部、および航空総隊司令部は複数機の戦闘機、回転翼機を情報収集に出すよう、諸部隊に命令している。
警戒隊側も通信設備が破壊されたため、スムーズに状況を伝えることが困難であった。
特に第19警戒隊はなんとか外部に連絡を取ろうと苦慮した。巡航ミサイルの攻撃に続き、3機のCH-47に空輸された敵部隊にヘリポートを占拠された第19警戒隊は緊急呼集をかけ、基地警備隊員と手隙の隊員を掻き集めて防戦の態勢をとった。
が、旗色は明らかであった。巡航ミサイルの攻撃により第19警戒隊の営内からは重軽傷者が多数出ており、このとき満足に戦える自衛隊員は1個小隊にも満たなかった。また相手が今日という日に向けて訓練を重ねてきた陸軍部隊――いわば“本職”の人間であるのに対して、第19警戒隊の隊員達は野戦には不慣れである。
それでもまず第19警戒隊は、島中央部で敵部隊の迎撃を試みた。島の中央部は全幅40mもないため、数的劣位にある守備側でも有利に戦えるだろう、という考えからである。だがしかし、敵強襲部隊にすぐさま突破されてしまった。
やむなく西部・南部の隊舎に立て籠もったが、こちらも敵の容赦ない攻撃に晒された。警戒隊の最大火力が重機関銃なのに対して、韓国陸軍側は迫撃砲や対戦車ミサイル、ロケットランチャーを持ち込んでいた。
「くそ、北朝鮮か?」
「わかりません、ネットに繋ぎましたけど」
一部の隊員は敵の標的になりやすい建物から離れ、西部の森に潜んだ。逃げるわけではない。外部と連絡をとるためだ。ただし基地の通信設備は破壊され、携行可能な無線機が収められている器材庫は島中央部にある――つまり、すでに敵の手を陥ちていた。
ならどうするか。
「で、春日基地の読み上げてくれ」
営内から持ち出した携帯電話で、連絡を試みるしかない。
「092-■■■-■■■■。内線番号はこれみたいです」
「こっから使うとたまに韓国の基地局使うことになるんだよな、通話代が怖えーよ」
「いや、逆に有利かも。相手が北朝鮮か韓国か中国かわかりませんけど、韓国の携帯電波を止めるわけにはいかんでしょ」
「降伏する前にさっさと伝えちまいましょう。あと俺、本島(※陸上自衛隊対馬駐屯地)にかけときます」
「もしもし、春日基地ですか? あー駄目だ、つながらない」
「本土の陸自第4師団司令部にかけます」
結局、第19警戒隊はこのあと韓国陸軍の攻撃部隊に降伏した。
が、彼らは降伏する前に陸上自衛隊第4師団司令部と航空自衛隊航空総隊司令部へ、自隊がロケットあるいはミサイル攻撃を受けたことと、ヘリボーン部隊と交戦中である旨を伝えることに成功。この時点では敵の正体が分からなかったものの、陸自対馬駐屯地を指揮下におく陸自第4師団司令部と、日本全体の防空を担当し、同時に在日米軍司令部との調整役を果たす航空自衛隊航空総隊司令部に一報を入れられたのは大きかった。
ただし第19警戒隊の隊員達は、春日基地の航空自衛隊西部航空方面隊司令部と対馬本島の陸上自衛隊対馬駐屯地と、通話を繋げることは出来なかった。両者もまた第19警戒隊とほぼ同時に、ミサイル攻撃を受けていたからである。
……。
少し時間を巻き戻す。
韓国陸軍は先の3警戒隊に巡航ミサイルを発射すると同時に、佐賀県神埼市の航空自衛隊第43警戒群のレーダーサイトを狙って、玄武弾道ミサイルを発射していた。
「合戦準備。……北朝鮮か?」
「不明です。いま航空自衛隊の航空総隊司令部(ADC)に問い合わせています」
さて。陸海空自衛隊三隊において最も早く法的な正当性を以て防戦を始めることが出来たのは、海上自衛隊第5護衛隊所属のこんごう型護衛艦『こんごう』であった。北朝鮮の弾道ミサイル発射による挑発行為を念頭において、防衛大臣から自衛隊法第82条3に基づく破壊措置命令が常時出されている。飛来する弾道弾が北朝鮮のそれであろうとも、韓国陸軍の玄武弾道ミサイルであろうとも、迎撃を行うことは違法ではない。
「BMD戦」
「目標四、以降アルファ1から4と呼称」
「アルファ1から4、高度100㎞。中間段階」
「VLS開放確認」
「SM-3発射準備完了」
佐世保沖を偶然航行していた『こんごう』が迎撃を試みたのは、韓国南東部から発射された弾道弾4発に対してであった。前述の通り、佐賀県神埼市の航空自衛隊第43警戒群を狙っての攻撃である。韓国陸軍が空自第43警戒群に対し、巡航ミサイルを使わなかったのには理由がある。先の3隊とは異なり、第43警戒隊群の東方・福岡県北部にはペトリオットミサイル(対弾道弾用のPAC3・対航空機用のPAC2)を装備する航空自衛隊第2高射群が存在する。PAC2・3は双方とも巡航ミサイルを迎撃することが出来るため、防御される可能性が高い、と考えたのである。またレーダーサイトのある脊振山分屯基地の周囲は山岳であり、命中精度の低い弾道弾でも非戦闘員を巻き込む盲爆の可能性が低い。
「SM-3、発射」
「SM-3、発射」
『こんごう』甲板から火焔噴きながら飛び出したスタンダードミサイルは、4段ロケットブースターにより極超音速まで加速し、100㎞を超える超高空に在る玄武弾道弾を目指した。マッハ10で翔け上がる迎撃弾と、マッハ10から20の極音速でいま再突入せんとする弾道弾が交錯する。彼我、極超音速の世界では目標に接近すると炸裂する近接信管の活躍は、あまり期待出来ない。直撃が必要なのである。
「マークインターセプト」
「アルファ1・2、撃墜」
「アルファ3、アルファ4、消失」
「撃墜したのか?」
「再捕捉。アルファ3・4、サーバイブ」
「SM-3……間に合わないか」
極超音速の弾頭に飛翔体をぶち当てるという離れ業は、先頭2発の弾道弾に対しては成功した。
が、迎撃を受けた2発の爆発が影響したのかは定かではないが、残る2発の迎撃には失敗してしまった。『こんごう』中央指揮室には悔恨と不安が入り混じった感情が満ちたが、ここでは弾道弾がどこに落ちるのか、地上にどのような被害をもたらすのかまでは分からない。
だが彼らに失敗を悔いる時間はなかった。
「韓国領上空、新たな目標」
「目標数八。以降、先の四発をベータ1から4。続く四発をチャーリー1から4と呼称」
「むっ」
『こんごう』艦長の武林一佐は思わず呻いた。
こんごう型護衛艦は各種ミサイルを備える垂直発射装置を90セル有するものの、その全てに対弾道弾用のSM-3を格納しているわけではない。これらのセルには対航空機用のSM-2や、対潜戦用のアスロックも搭載されるからだ。加えて現在は平時“だった”。90セルの垂直発射装置すべてにミサイルが収められているわけではない。SM-3は残り8発しかなかった。今回を凌げても、次波があればもうお手上げだ。
だが窮境の『こんごう』CICに朗報が入った。
「ADCから。USS・DDG-54『カーティス・ウィルバー』、DDG-52『バリー』がBMD戦参加」
「DDG-173・DDG-54・DDG-52に迎撃目標再割り当て」
佐世保沖にたまたま居合わせたアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『カーティス・ウィルバー』と『バリー』の参戦である。両艦ともに『こんごう』と同じイージス防空システムとSM-3を有する艦艇であり、これで日米3隻体制による分担迎撃が可能になった。
弾道ミサイル防衛戦の際に指揮を執る航空自衛隊航空総隊司令部(ADC)は、在日米軍司令部と隣接しているため、この弾道ミサイル攻撃に際してすぐさま連携を求めることが出来たのだろう。あるいは米海軍側、米艦艇側が義侠心から援護を申し出たのかもしれなかった。
が、『こんごう』のクルーにとって、それは重要なことではなかった。『こんごう』に割り当てられた目標は先頭のベータ1とベータ2。時間がない。次こそは完封を誓い、再びVLSからSM-3を発射した。
「防空指揮所(DC)、DC、こちら脊振山。基地設備・装備に損害なし。敵弾道弾は脊振山キャンプ場駐車場、および矢筈峠方面に弾着した模様。非常呼集をかけ、警備部隊に防衛道路を封鎖させた。また一部偵察部隊を組織、キャンプ場駐車場および矢筈峠方面に進出させ、情報収集にあたる。応答願う」
一方、地上。『こんごう』が撃ち洩らした2発の玄武弾道弾は、脊振山の第43警戒群レーダーサイトには一切被害をもたらさなかった。1発は防空レーダーと隊舎の中間地点に位置するキャンプ場の駐車場へ。もう1発は矢筈峠方面――第43警戒群レーダーサイトから東方数百メートルに位置する、福岡管区気象台の気象レーダーを直撃した。幸運にも人的被害はなし。
だが他の空自基地と隣接する地域は、第43警戒群レーダーサイトほど幸運ではなかった。
まずマッハ10以上の超音速で再突入した玄武弾道弾1発が、航空自衛隊築城基地南方100メートルの位置にあるJR築城駅前に落着した。火焔と爆風が商店街を呑み込み、戸建を薙ぎ倒す。飛び散ったコンクリートの破片は、築上町の人々を殺傷する弾丸と化し、多くの人々を射殺した。倒壊した家屋。戸建を圧し潰した電柱。垂れ下がる電線からは火花。爆発炎上する乗用車。ぼろきれになった衣服に身を包んだ死体。
さらに複数発の巡航弾が築城基地上空に至った。第7高射隊と第8基地防空隊の迎撃は間に合わない。1本しかない滑走路直上で、2発のクラスター弾頭が炸裂。続いて数発が南部の基地施設を直撃した。




