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■39.先制攻撃。

 一方の韓国側であるが、日本国自衛隊が対馬奪還に動き出すのは時間の問題であろう、というのは韓国政府・韓国軍関係者共通の認識となっていた。

 陸海空自衛隊の動向を、日本国のマスメディアは逐一すっぱ抜いて報道してくれるため、韓国政府は積極的な情報収集を実施せずとも、有力な敵部隊が九州方面に移動しつつあることを知っていた。


「これが我が韓国領・対馬諸島に対する侵略作戦の準備であることは明白!」


 盗人猛々しいとはこのことか、白大統領は三軍の将星と高級幕僚達の目の前で大いに気勢を上げた。


「韓国軍はいまこそ全力を挙げ、九州地方北部に集結しつつある敵部隊を打撃し、出鼻を挫くべし!」


 だがしかし、対する韓国軍関係者の表情は冴えなかった。

 この戦争の勝敗は明白だ。韓国軍はあまりにも血を流し過ぎた。

 戦争の主導権も、韓国側にはもうない。緒戦は攻撃に次ぐ攻撃で優勢であった陣営が、痛烈な敵の反撃に遭って守勢に回るとそれ以降は勝ちがたくなるのは、第二次世界大戦における枢軸国軍、祖国防衛戦争における北韓軍、フォークランド紛争におけるアルゼンチン軍など、戦史上に例が数多くある。


「……」


 開戦直前には白大統領に迎合し、威勢のいい大言壮語を吐いていた李善夏国防部長官も覇気はなく、ただ黙って話を聞いているだけであった。

 戦局の悪化に伴い、国民の怒りは頂点に達しつつあり、李国防部長官の邸宅は昨日、暴徒により焼き打ちに遭っていた。地方警察庁の機動隊員が間一髪、彼の家族を避難させたものの、流石の李国防部長官も肝を潰した。

 だがしかし、日本政府が提案してきた屈辱的な独島・対馬交換論に、白大統領とその取り巻きの国務委員達が応じるつもりはさらさらなかった。開戦前の白紙状態に戻して停戦――そんなことをすれば、国民は憤激するであろう。下は官僚から上は白大統領まで、多くの政府関係者が私刑に遭うことは間違いなかった。

 それであるから、戦争をやめるにしても対馬諸島を奪還せんと迫る陸海空自衛隊に痛烈な打撃を加え、有利な講和条件を引き出して自国民の溜飲を下げてやる必要がある……というのが韓国政府関係者の考えであった。


「大統領閣下の御命令だ。我が陸海空軍は総力を挙げ、日本軍を殲滅する」


 国防部制服組のトップである任義求合同参謀本部議長は将官らの前でそう宣言したが、相変わらずの顔色の悪さとその体躯の貧弱さのせいか、どうも締まらない。

 金空軍参謀総長は、これ見よがしに溜息をつく始末であった。

 集結中の敵を一網打尽に叩く好機、と言えば聞こえはいいが、対馬諸島奪還という一大反攻作戦のために集結中の敵戦力は、上質かつ、量も揃っていることであろう。安易に殴りかかれば、こちらも手痛い反撃に遭うことは間違いない。

 北九州の陸海空自衛隊を打撃する主力は、陸軍・海軍よりも機動力・対艦攻撃力の高い韓国空軍が務めることになるだろうが、海上自衛隊はおそらく2隻以上のイージス艦を九州地方の近海に遊弋させているであろう。こちらの対艦攻撃は完封され、韓国空軍機は激しい対空攻撃に晒される可能性が高い。


(有力な敵にぶち当たっても消耗するだけだ)


 趙海軍参謀総長も口には出さないものの、同じ思いであろう。

 ところが白大統領が刺し違えても攻撃せよ、と厳命するものだから韓国海軍の水上艦隊も、陸軍・空軍の防空システムの援護を受けられる安全な釜山港から出撃する他なかった。


「釣り上げた」


 釜山港から敵艦隊が出撃せんとしている旨は、すぐさま西部方面総監部に伝えられた。早期警戒管制機や対潜哨戒機、潜水艦等から成る自衛隊側の大規模索敵網は、対馬諸島どころか釜山周辺海域まで及んでいる。韓国軍による反撃開始を察知するのは、容易であった。


 陸上自衛隊西部方面総監部幕僚長の錫村は、薄い微笑を浮かべて言った。


「メディア戦略が功を奏しましたね」


 うん、と総監の湯河原陸将は頷いた。


(目と鼻の先に大部隊が集結していると知れば、韓国軍は必ずや打って出るはず)


 湯河原陸将を初めとする将官らの勘は、的中した。敵は罠にかかったのだ。JTF-防人は可能な限りの情報提供と露出を、マスメディアに対して実施していた。JTF-防人自体が餌となり、韓国空軍・海軍の主力を誘き出して決戦を強いるためである。緒戦で敵の空海軍にダメージを与えることが出来れば、海上優勢を盤石なものにすることが出来るであろう。


 戦端は韓国空軍F-15K戦闘攻撃機18機から成る攻撃隊によって開かれた。

 空対艦ミサイルを各機、2発装備しての対艦攻撃である。36発の空対艦ミサイルを用いた一斉攻撃など、現代戦においてもそうそう見られない。並みの水上艦隊であれば、迎撃しきれずに壊滅的打撃を被るであろう。


 だが韓国空軍にとって不幸だったのは、海上自衛隊が“並み”ではなかったことにある。

 いま北九州沖に遊弋する海上自衛隊護衛艦隊は、三重の女神の加護――すなわち護衛艦『こんごう』・『あしがら』・『ちょうかい』ら、所謂イージス艦に守護されている。彼女達の防空能力は理論上、1隻で十数個以上の航空目標を同時攻撃可能であるから、この迎撃網を潜り抜けるのは困難である。


 また攻撃隊も何の抵抗も受けずに空対艦ミサイルを発射出来たわけではなく、当然ながらその前に航空自衛隊第304飛行隊による妨害を受けた。当然、護衛役の韓国空軍機が応戦したが、攻撃機・護衛機ともども戦意はあまり高くない。避戦の構えでさっさと後退してしまう機が多かった。

 と、韓国空軍機による先制攻撃はあまりにも呆気なかったが、機動性の高い彼らとは異なり、水上打撃戦をやるぞと勇躍して出撃した韓国海軍の水上艦隊の方は、すぐさま撤退することは出来ない。

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