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■35.隠密偵察。(後)

 さて。前述の通り、航空自衛隊航空総隊第501飛行隊のRF-4EJ戦術偵察機が持ち帰ったフィルムは、偵察情報処理隊にて現像されている。

 しかしながら、SF映画のように機械が画像を自動分析して、敵の姿形や脅威を判断してくれるわけではない。多くの情報が映りこんでいるカットを選んだり、複数枚の画像を繋ぎ合わせたりして航空写真を作成するのは手作業だ。さらにそこから映像判読小隊が、敵影を肉眼で探していくのである。

 集中力は要るし、時間もかかる。

 だがその偵察情報処理隊の努力により、下島(対馬島の南半分)の敵配置はある程度だが掴むことが出来た。


(水際の防御は薄い)


 というのが、報告を聞き、また偵察写真を見た谷岡陸上幕僚長の感想であった。特に下島南部の守りは薄い。漁港のある市街地と、上陸戦に利用出来そうな海水浴場以外に、敵影は見受けられない。


 下島南端にある豆酘崎灯台、尾崎山自然公園には監視哨が置かれているが、周辺道が狭小のためか対空火器やミサイルといった重装備は配置されていない。200mほど北上したところにある駐車場(兼トイレ休憩場)に自走対空機関砲1輌が確認されたが、射界は東側にしか開けておらず、残る北・西・南方向への射線は森や山に遮られている。大した脅威にはならない。


 そこから2㎞北東の方向には厳原町豆酘市街地がある。小・中学校は韓国軍に接収されたのか、校庭に装輪装甲車が駐車しているのが確認された。南側に面した漁港には、自走地対空ミサイル車輛『天馬』が配置されている。おそらく陸上自衛隊のヘリボーンを撃退するためであろう。だがしかし、やはり東西を山地に遮られているため、効率の良い防空戦闘が行えるかは疑問であった。


 他の漁港を擁する市街地の守りもまた、同じようなものであった。申し訳程度の戦力が張りついているだけに過ぎない。航空自衛隊・海上自衛隊の援護の下で、水陸機動団が強襲上陸を仕掛ければ容易に奪回することが可能であろう。


(対馬島は守り難いな)


 韓国軍の立場に立ってみた谷岡陸上幕僚長はそう思う。

 湾が入り組んでいるリアス式海岸の地形が多く、平地が少ない。周囲は森林や山ばかりなので、対空機関砲や地対空ミサイルを展開しても射界は制限されてしまう。相互の援護も出来ない。

 下島南部は広い自動車道もなく、県道24号線が点在する市街地を結んでいるような形であるが、その規模は普通乗用車がすれ違えるかどうかというところだ。全幅約3.6m、重量約53トンのK1A1主力戦車をはじめとする装甲車輛の行動に耐えられるとは思えないし、この24号線が航空攻撃か艦砲射撃で寸断されてしまうと、各市街地に駐屯する部隊は孤立する。


(だがしかし、逆に言えば攻めづらくもある)


 対馬市の地形は防御側にだけではなく、攻撃側にも不利に働く。

 敵の守りが薄いからという理由で下島南端に上陸しても、フェリーターミナルのある厳原港、対馬やまねこ空港といった重要拠点や、上島めがけて攻め上る侵攻ルートは限られてしまう。幹線道路を利用するとなると、県道24号線から国道382号線を経由するしかない。当然、韓国軍はこうした幹線道路を監視し、伏撃を準備しているに違いなかった。

 それを考えると、最初から厳原港や対馬やまねこ空港、上島の比田勝港の付近にヘリボーン、強襲上陸を仕掛けるしか手段はないのかもしれないと、高級幕僚達は考え始めている。当然、敵の強力な抵抗が予想されるが、これは航空自衛隊・海上自衛隊の対地攻撃で破砕する。


 陸上自衛隊中央情報隊・水陸機動団の両隊員による潜入成功から2日後。

 対馬島内に潜伏していた対馬警備隊員の助力を得て、2名の水陸機動団偵察隊員が壱岐島に帰還した。


 彼らは未だ韓国軍海兵師団の主力の捕捉や、厳原港から対馬やまねこ空港にかけての防衛態勢の情報収集には成功していなかったが、


「韓国軍の監視・警戒は島の東側に集中しており、ヘリ駐機場となる小中学校がある厳原町小茂田や、阿連の白浜を擁する厳原町阿連を除き、西側の市街地はK131多用途車に乗ったパトロールの海兵隊員が巡回する程度である」


 ……という情報をもたらした。

 どうやら上陸した海兵師団の兵力では、対馬諸島全域を監視するのは不可能であり、重要拠点の存在しない西側の警備はザルであるらしい。

 実際、帰還した水陸機動団の偵察隊員は厳原町久根浜の小さな漁港で漁船を借り受け、戻ってきたのだという。


「陸海空自衛隊の反撃は、空港や港湾といった重要拠点と人口密集地が集中する島の東側で行われるに違いない」


「万が一、陸海空自衛隊が島の西側に上陸したとしても、小さな漁港を明け渡すことになるだけであるし、そこから中央の山間部を越えて、島の東側へ侵攻するのは不可能である」


 おそらくこのような心理的要因、戦術眼が韓国軍側にそうさせているのであろうが、これは偵察の人員を浸透させたい自衛隊側にとっては有利に働く。

 航空偵察の結果や情報収集要員の潜入成功に気を良くした統合幕僚監部は、下島西部に第二陣・第三陣を送り込むことを決めた。ただし今度は本格的だ。水陸機動団や特殊作戦群の隊員達を武器弾薬といった装備品とともに、戦闘強襲偵察用舟艇で送り込む。彼らの任務は情報収集の強化は勿論、山間部をベースとしての遊撃戦や、護衛艦・自衛隊機による火力投射の観測、戦果を判定することにある。精強な彼らならば県道や国道を使わずとも、山間部を踏破して島の東側へ進出することも可能であろう。

 こうして対馬方面における反撃の準備は、着々と進んでいった。


 一方の韓国軍だが、この頃になると彼らは艦隊保全主義へ露骨に傾き始めていた。

 艦隊保全主義とは主に海軍力が劣る側が採る戦略であり、味方艦隊の出撃を控えて戦力を温存することで、敵の意識を惹きつけて敵艦隊を拘束するものである。

 陸海空自衛隊の防衛出動以降、韓国海軍は敗北を続けている。

 戦えば、負ける。質・量ともに格上の海上自衛隊と、空対艦誘導弾を最大4発装備出来るF-2戦闘機・多数の早期警戒機を擁する航空自衛隊を相手にするのは、韓国海軍にとって荷が勝ちすぎた。韓国海軍将兵の士気は低下の一途を辿り、趙海軍参謀総長自身も自信を喪失していたから、白大統領がせっついても、彼は水上艦艇には整備が必要であると言い逃れをして出撃を回避した。


 だがしかし、味方艦隊に出撃させないということは、戦闘に勝てないことは勿論、海上交通路を守ることが出来ないということも意味している。実際、対馬諸島に対する大型船舶や水上艦艇による補給は途絶えており、チャーターした漁船で食料や燃料を運び込んでいるのが現状だ。武器弾薬を輸送する余裕はない。


(第1海兵師団を揚陸したのは失敗であったか?)


 大韓民国海兵隊司令部は対馬諸島の防衛に自信が持てなくなってきた。

 対馬諸島に1個師団の全戦力を揚陸させたわけではないが、それでも2個海兵連隊と第1戦車大隊・第1水陸両用大隊(AAV7を装備)の一部、第1海兵砲兵連隊(牽引式155mm榴弾砲)、その他の後方支援連隊を進出させている。

 当然ながらこれらの部隊は、生存しているだけで物資を消費していく。

 1日あたりに消費する物資量はコンバットレーション約2万食、淡水約28万リットル、燃料約20万リットル、トイレットペーパー約3万5000枚。緒戦から軍需物資は大量に運び込んでおいたため、備蓄は十分あるが今後はどうなるかは分からない。


 とある海兵隊司令部のスタッフは「対馬諸島は魔物だ」と口にした。

 対馬諸島は対馬島を筆頭に6つの有人島、100を超える無人島から成っている。さらにその有人島も山岳と森林が過半を占めており、まるで小島のように点在する市街地を1、2本の道路が結んでいるような有様だ。最初から無人島すべてに部隊を置くことは不可能であり、有人島だけでも守備にはかなりの兵力が要る。

 しかし兵力を増強すれば、今度は補給が苦しくなる。

 そこがジレンマだった。


 明確な戦略的な目的があるわけではなく、単に損害を局限したいという消極的な動機から艦隊保全主義に走った韓国海軍であったが、対する陸海空自衛隊はこれを脅威とみた。釜山港と対馬諸島は至近距離にあるし、何よりも釜山沖に遊弋している『世宗大王』が邪魔であった。彼女が装備するSM-2は対馬諸島周辺空域を射程に収めている。そのため、低空を飛ぶヘリ部隊はともかく、航空自衛隊の戦闘機部隊が対馬諸島に近づけば、攻撃に晒される可能性が高かった。


『世宗大王』をはじめとする韓国海軍の水上艦艇を撃滅し、対馬方面の海上優勢を確固たるものにするため、陸海空自衛隊は攻撃作戦の準備を進めた。




■36.終わりゆく非日常。に続きます。箸休め回です。

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