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■28.好餌、竹島。(後)

 前述の通り、韓国政府は面子があるから独島を放棄することは出来ない。白大統領は日頃から独島をネタにして、日本国に対する自国民の敵愾心を煽り、政権支持率に転化してきた。ここで独島は守り切れそうにないので諦めます、では保守派政治家と政権を支持する国民からの信頼を損なう。現在起こり始めている反政権デモ、反戦デモは勢いづいてコントロール出来なくなる可能性があった。

 まさに自縄自縛。軍事的に価値のない小島に、韓国軍は戦力を投入しなければならない。対する自衛隊は竹島に接近する韓国軍を潜水艦で待ち伏せたり、航空機で叩いたり出来るし、(政治的な要請がなければ)しなくてもよいのだから楽である。


(冗談じゃないぞ……)


 6月7日午前9時、駆逐艦『広開土大王』、フリゲート艦『馬山』、コルベット艦『慶州』『金泉』から成る護衛を引き連れた天王峰級揚陸艦『天王峰』が、独島近海に接近しつつあった。『天王峰』は完全武装の隊員約300名や主力戦車を搭載可能とする、一般的に戦車揚陸艦と呼称されるタイプの艦艇である。排水量は約5000トン程度であるから、強襲揚陸艦『独島』(基準排水量約1万4000トン)に比べると規模も能力も低いが、使い勝手は悪くない。物資の運搬にはもってこいである。


(空軍の援護はあるのか?)


 だがしかし、『天王峰』を指揮する艦長の心中は不安一色であった。部下の手前、艦橋の自席にて泰然自若と構えてはいるが――はっきり言って彼個人としては、『天王峰』以下救援艦隊を独島へ派遣する意味がわからなかった。常駐する警察部隊は50名に満たないのだから、彼らに対する補給は漁船のような船舶でやればいい。

 実際に開戦から複数回に渡って、韓国海軍はチャーターした漁船で独島へ補給を実施していた。6日朝には数名の海兵隊員と携帯式防空ミサイル『神弓』を送り込んでいる。卑怯な手に思えるかもしれないが、自衛隊側からすれば漁船は韓国軍がチャーターしているものなのか、漁師が操業している民間船なのか判断がつき難いので、攻撃は躊躇われるであろう。効率こそ悪いものの、増援はこうした漁船で実施した方がいい、と『天王峰』艦長は思っていたし、航空優勢・海上優勢が怪しい現状では事実そうであろう。


(それでも『天王峰』が引っ張り出された理由は何か――)


 表向きは自走対空誘導弾『天馬』を初めとする重装備と、約50名の海兵隊員を独島へ輸送し、その代わりに独島に常駐する警察部隊を引き揚げさせるため、ということになっている。

 だがおそらく真の目的は、政治であろう。

 漁船でちまちまと独島へ増援を送るのではなく、過去に海上自衛隊の哨戒機から挑発を受けた(ということに韓国側ではなっている)駆逐艦『広開土大王』や、2014年に就役した新鋭戦車揚陸艦の『天王峰』を送り込むことで、「韓国政府は独島を見棄てていない」「韓国軍は独島周辺の海域を安全に航行でき、独島を勢力圏においている」というメッセージを内外へ発信したいのだろう――と、『天王峰』艦長は推理していた。

 しかし、それならば政治的価値に見合っただけの援護が欲しい、というのが『天王峰』艦長の思いであった。独島が韓国固有の領土である、と言っても韓国本土・日本本土、ちょうど等間隔の位置に独島はある。空対艦ミサイルを積んだ自衛隊機が亜音速で飛んでくれば、阻止出来るいとまはないだろう。


 さて、彼にとっての最大の悲劇は、独島近海にて韓国海軍潜水艦『安重根』が敵潜水艦に撃沈されたらしいという情報を聞かされていないことにあった。韓国海軍参謀本部は士気の消沈を防ぎ、また独島近海に海上自衛隊の潜水艦が進出しているという都合の悪い情報が広まらないためにも、対潜戦に直接関わる対潜哨戒機部隊を除いて敵潜水艦出没の情報を共有しなかった。


 で、あるから『天王峰』艦長は敵潜水艦の存在などつゆ知らぬまま、海中に引き摺りこまれた。たった一撃。巨大な水柱が高々とそびえ立ったかと思うと次の瞬間、『天王峰』は艦体ど真ん中から文字通りへし折れていた。艦首側と艦尾側で破断された、と言ってもいいだろう。『天王峰』は膨大な量の海水を瞬く間に呑みこみ、100m下の海底へ沈み始めた。

『天王峰』に乗艦していた約50名の海兵隊員は、何が起こったかも分からないまま、激流に呑まれて鋼鉄に叩きつけられるか、あるいは艦内に閉じ込められたまま溺死の憂き目に遭うか、または艦外に叩き出されたものの、沈みゆく『天王峰』の巻き添えに遭って海中に没するかして、みなことごとく死んでいった。艦長以下、乗組員の多くも同じ運命を辿った。

 乗組員と海兵隊員合わせて約150名の生命と『天王峰』を破壊したのは、たった1発の89式魚雷であった。


「針路1-2-0」

「艦体破壊音」

「よし、一度仕切り直す」


 89式魚雷を発射し、戦車揚陸艦『天王峰』を仕留めたのは先にも登場した『そうりゅう』であるが、彼女は慎重な樅木二佐の指揮の下、すでに回頭して魚雷を発射した射点から離れ始めていた。勿論、これは敵水上艦艇の反撃に備えての処置である。たとえ韓国海軍の練度が低かったとしても魚雷を撃ったが最後、こちらの所在は割れていると考えるのが当然である。


「敵水上艦艇のスクリュー回転数が増大」


『天王峰』から離れた場所を航行していた護衛役の艦艇達は増速し、之字運動を実施しながら周辺の捜索を始めた。

 護衛の水上艦艇である駆逐艦『広開土大王』、フリゲート艦『馬山』、コルベット艦『慶州』『金泉』の対潜水艦装備は、主として三連装短魚雷発射管である。アスロックのような対潜ミサイルと比較すると、短魚雷発射管は旧式の感を受ける兵器であるが、一概に馬鹿には出来ない。発射管に格納されている魚雷は射程15km、雷速45ノットを誇る韓国製324mm短魚雷『青鮫』であり、『そうりゅう』であっても一度捕捉されれば逃げ切れる保証はなかった。

 ただし『そうりゅう』は前述の通り、『天王峰』轟沈に伴う騒音が荒れ狂う最中、逃げの一手を打っている。通常動力型潜水艦は最大速度20ノットと魚雷よりも遥かに鈍足であり、かつ脆弱な兵器であるが、発見さえされなければ攻撃は受けない。

 護衛の水上艦艇4隻はしばらくの間、『天王峰』が沈没した海域周辺に残ったが、生存者が皆無であることを確認すると、きびすを返して本土へ戻り始めた。『天王峰』が轟沈してしまった以上、護衛役だけが独島へ向かっても何の意味もない。


 韓国海軍の水上艦艇が独島近海から撤収した午後1時もしくは13時、航空自衛隊第3飛行隊のF-2A戦闘機2機と護衛役を務めるF-15J戦闘機2機が、韓国が不法に占拠している竹島へ向けて日本海を渡った。

 2機のF-2Aが翼下に抱えるのは、GPS誘導方式を採用した500ポンド(約250㎏)誘導爆弾である。竹島における対空火器の有無や脅威の程度が分かっていない以上、在日米軍や韓国空軍のようにAGM-65マーベリックを初めとする空対地ミサイルが欲しいところであったが、“専守防衛”を掲げる政治的事情から、航空自衛隊はこうした射程の長い空対地誘導弾を保有出来ていないのが現状であった。ないものねだりはしても仕方がない。


「無理に攻撃を実施する必要はない。何度でも機会はある」


 航空自衛隊第3飛行団の主要幹部達は出撃前、F-2Aを駆る操縦士達に対して、そう何度も言い含めていた。航空爆弾は国民の血税で賄った官品であり、平時ならば粗末にすることなど許されないが、航空爆弾よりも高価かつ貴重なのがF-2Aの機体と操縦士自身である。万が一、地対空ミサイルで狙われたら、航空爆弾を投棄してでもいいから逃げて帰ってきてもらいたい、というのが彼ら主要幹部達の偽らざる心情であった。


 この2機のF-2Aを航空自衛隊と海上自衛隊は、総力を挙げてバックアップしていた。

 まず航空自衛隊からは第306飛行隊のF-15J・2機が直接援護に就くと同時に、1個小隊4機のF-15Jが少し離れた空域にて空中哨戒を実施。勿論、彼らは早期警戒機の支援を受けている。

 海上自衛隊は隠岐諸島の北西沖に第3護衛隊群を進出させ、所謂イージス艦のあたご型護衛艦『あたご』が有するSM-2の射程に竹島周辺空域を収めさせている。万が一、韓国空軍機がF-2Aを撃退するために竹島周辺へ接近することがあれば、『あたご』のSM-2がこれを撃墜するであろう。


 だがしかしすべて杞憂であった。

 航空攻撃は、あまりにも呆気なく終わった。


 射程を稼ぐために高度を上げたF-2Aは、特に電子的妨害も地対空ミサイルによる攻撃も受けることなく、誘導爆弾(JDAM)の投下に成功した。目標は東島にある停泊施設。当然不動の目標である。外す理由がなかった。

 轟、という衝撃が埠頭を揺るがした。投下された4発の誘導爆弾は停泊施設を完全に破壊した。直撃弾2発、至近弾1発を受けた埠頭は虫食いのように大きく抉れ、使い物にならなくなった。1発は停泊施設に命中せず、その東側に浮かぶ大岩に直撃。これを粉々に破壊して、独島警備隊員達の心胆を寒からしめた。


「敵襲――!」


 F-2Aの航空攻撃に慌てふためいた海兵隊員は、東島のいただきから携帯式防空ミサイル『神弓』による反撃を実施しようとしたが、所詮は歩兵が携行可能な自衛用ミサイルである。その最大射程は7㎞程度しかないため、高高度から誘導爆弾を投下し、退避するF-2Aを撃墜するのはどだい無理な話であった。

 頼みの綱の韓国空軍は対馬方面に意識を集中していたため、要撃機を出すことすらしなかった。韓国空軍でも4機しかない早期警戒管制機はすべて対馬方面に投入されており(早期警戒機は数時間から10時間程度しか滞空出来ないため、一方面を常に監視するだけでも複数機が必要である)、有力な戦闘機部隊も対馬諸島の防空に充てられていたからである。


 入念に準備を重ねた自衛隊側は、肩透かしを食らったように感じたが、とにかく航空攻撃は成功した。これにより韓国側は艦艇や大型船舶による独島への補給がかなわなくなった上、独島を防衛する実力がないという事実を内外へさらけ出した。




次回、■29.降伏勧告。(仮題)に続きます。

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