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■25.脅迫、人間の盾、プロパガンダ――占領下のツシマ。(後)

 韓国政府は戦場で勝利が収めることが難しいのであれば、韓国軍と自衛隊の直接対決を回避して、戦場外でポイントを稼ぐほかないと考え始めていた。韓国軍第1海兵師団が市街地に陣取ったことで、陸海空自衛隊は対馬諸島への攻撃を躊躇するであろう。韓国政府は日本政府を舐めており、日本政府には約3万の対馬市民を危険に晒す政治的決断は出来まいと高を括っていた。

 つまりすぐさま自衛隊が対馬諸島を攻撃することはない。対馬諸島の防衛態勢を整えたり、プロパガンダを打ったりする時間的猶予は十分あるはずであった。この隙を活かし、対馬諸島や独島が疑いようもなく大韓民国に帰属することをはっきりさせ、それと同時に日本側の厭戦気分を高めなければならない。


 6月3日から5日にかけて韓国放送会社(KBC)を初めとする韓国政府の息がかかったマスメディアが、対馬市内にある博物館や歴史民俗資料館に対し、取材を申し入れた。当然、韓国政府に有利なプロパガンダ放送のためである。対する学芸員達は、日本国と対馬市の不利になるであろう取材に協力するはずもなく、穏便にこれを断った。

 某町立資料館の館長もまた、KBCと韓国軍海兵隊の広報担当者の取材申し入れを立て続けに断った。対馬島生まれ、対馬島育ちの館長は気骨のある人物であり、屈強な海兵隊員達を引き連れた広報担当に対しても毅然とした態度を崩さなかった。

 だが6月6日の朝、郵便受けに入っていた一通の便箋を見て、彼は折れた。そこには下手くそなひらがなで「むすめをだいじにしろ」と書いてあった。差出人の住所は、本州に暮らす娘のそれであった。当然、娘が出したものでも、島外から送られたものでもないことは明白だった。


 こうした脅迫を主導したのは、韓国政府が擁する情報機関の大韓民国国家情報院である。平時は防諜を主な役割としている彼らだが、今回の韓日戦争においては積極的な対日工作に動員されていた。開戦前に多くの職員と協力者を日本国内に送り込んでいたため、キーマンの家族の住所を割ることくらいは朝飯前であった。

 ……その大韓民国国家情報院は6月6日に、とある情報機関と接触していた。それは朝鮮民主主義人民共和国(以降、北朝鮮)において対外諜報を担う情報機関、朝鮮人民軍偵察総局である。言うまでもなく北朝鮮と韓国は犬猿の仲であるが、両者は韓日開戦以降、急速に接近しつつあった。国際情勢が韓国に対して不利に動く中、北朝鮮だけが対日戦争に理解と賛同を示したからである。

 だがしかし、この時点では未だ目立った動きはなかった。


 前述のような韓国政府が主導するプロパガンダを真に受けたか、日本国内ではまず戦争に反対する知識人が現れた。彼らの主張は「多くの人命が危険に晒される奪還戦は非現実的であり、対馬市民による投票を実施して、韓国領となるか、日本領となるか、対馬諸島の帰属を決めさせればいい」というものであった。

 当然、この意見は韓国側に利するものである。対馬諸島が未奪還の状態、つまり韓国軍による占領下での投票が公平に実施されるとは考え難い。国家情報院をはじめとする韓国政府関係者は投票を行う市民や、投票結果に対して工作し放題ではないか。一般的な日本国民の感情にそぐうものではない。

 こうした反戦派知識人が報道番組でコメントすると同時に、共産党・社民党と繋がりのある反戦団体・市民団体は、国会議事堂・首相官邸周辺で反戦デモを実施した。政権与党を攻撃する絶好の機会とみたのか、関東一円の党員と都道府県・地区組織以下、職場支部や地域支部を通じて多くの人々が動員された。

 作成されたプラカードやビラには「沖縄戦の悲劇を繰り返すな」といった本土における戦闘の愚を訴えるものや、「侵略戦争と古川政治にNO!」「戦争で儲かるのは軍需産業だけ!」といった情緒的なものが多い。

 6日は平日であるから週末よりも動員は厳しいはずだが、共産党中央委員会が躍起になったこともあって、職場支部の奮闘で夕方にはデモ隊は万単位にまで膨れ上がり、一応の成功をみた。


 だがその一方で、共産党は断裂の兆候を見せつつあった。


「国政闘争偏重主義に駆られた党中央委員会は、九州地方の国民の感情を全く理解していない」


 中央委員会による反戦デモ大動員に、共産党福岡県委員会の党幹部達は憤った。

 政権与党といった保守勢力が幅を利かせている今日においても、共産党の支持が根強くあり、一定の動員力を有している理由は、高度な組織化がなされているということもあるが、生活相談をはじめとする草の根活動に拠るところが大きい。地区委員会ごとに月に複数回、生活相談所や事務所を開放したり、あるいは会議室を借り受けたりして、弁護士とともに生活に困っている人々を守るための活動をやっている。だからこそ縁故も広がり、活動・支持基盤が維持出来ているのである。

 そして現在も福岡県委員会や熊本県委員会は、今回の戦禍に巻き込まれた人々を助けるために奔走している最中であった。開戦直後の混乱期には物流の寸断と買い占めが一部地域で起こったため、生活必需品が手に入らない高齢者が続出し、やむなく党員が他県へ買い出しを代行することまでやっている。

 であるからして、現場からしてみると中央委員会の指導は、九州地方の苦境を無視しているとしか思えないのであった。


「確かに自衛官の生命を使い捨てるがごとき、古川政権の冒険主義は目に余るものがある。だがしかし、今回の戦争は韓国側が仕掛けたことは明白であり、“民主主義、独立、平和、国民生活の向上、そして日本の進歩的未来のために努力しようとする”党の規約に反している」


「共産党全体の公式見解では竹島は歴史的にも我が国固有の領土、ということになっている。ましてや対馬はこれまで議論さえされてこなかった、疑いようもない日本国の領土である。韓国は盗人猛々しいにもほどがある」


「共産党は九州地方の国民と連帯し、韓国政府に対する反戦運動を組織するべきではないのか。それが国民に望まれている党の姿勢である」


 福岡県委員会の党幹部達は憤懣をぶちまけたものの、この時点ではそれを外部へ発信することはなかった。否、出来なかった。規約による縛りがあるためである。


【共産日本党規約第17条】

■共産党の行動の統一を図るために、国際的・全国的な性質の問題については、個々の党組織と党員は、党の全国方針に反する意見を、勝手に発表することをしない。


 党規約では第5条で党組織に対して批判をすることが出来、また中央委員会に対しても質問をして回答を求めることも出来ることになっているが、都道府県委員会や地区組織が自ら意見を公表することは、上記の第17条のために許されていない。

 であるからこちらもまだ、外部からは目立った動きは観測出来なかった。




次回、『好餌、竹島』に続きます。

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