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■23.そうりゅうvs安重根。(後)

『そうりゅう』は魚雷発射管に89式魚雷2発を装填・注水した状態で、竹島南方沖にてじっと息を潜め、耳をそばだてていた。

 艦長の樅木もみきつかさ二等海佐は、敵潜水艦との遭遇戦を恐れていた。

 本来ならば潜水艦が恐れるべきは、潜水艦より高速の航空機である。だが樅木二佐は韓国海軍が装備する哨戒機の機数自体が少ないことと、敵航空機の動向は空自の早期警戒機に見張られており、ひとたび飛び立てば自衛隊機か護衛艦の攻撃を受ける以上、敵哨戒機の行動は制限されることから、航空機の脅威はほとんどないだろうと踏んでいた。

 水上艦艇に関しては接近してくれば、スクリュー音ですぐに分かる。少なくともこちらが敵の存在を察知していない状態で、突如として攻撃を受けるということはないはずだ(もちろん、潜望鏡深度にまで浮上しての通信時や、充電等の際には水上・上空に細心の注意を払うが)。

 しかし海中の闇に潜み、静粛性を最重要視する潜水艦は違う。能力と練度によっては、周囲に気づかれぬまま一方的に相手を撃破することも可能だ。樅木二佐は韓国海軍の潜水艦を舐めてかかるつもりはなかった。噂はあれど、軍隊の練度というものは外野からはわからない。ハード面においては、韓国海軍は1993年に就役したドイツ製・張保皐級潜水艦と、2007年から就役が始まった同国製・孫元一級潜水艦を有している。前者は旧式艦だが15か国以上で採用されたベストセラー潜水艦であるし、後者は非大気依存推進機関の新鋭艦だ。油断は出来ない。前述の通り『そうりゅう』が死角となる背後を幾度も振り返るのも、敵潜水艦が背後に食らいついていないか注意深くなっているからであった。


『そうりゅう』の乗組員達が昼食を食べ終えてしばらくすると、『そうりゅう』のソナー装置と水測員が継続する音響を捉えた。海水を切る音――スクリュー音である。回転数は速い。データベース化されている音紋と照合すると、すぐに孫元一級潜水艦のそれであることが分かった。敵である。


「来たか、本物の合戦準備だ」


 水測員からの報告を受けた樅木二佐の命令の下で、当直以外の非番の乗組員達が配置に就いた。こちらが発する音を極限まで低減させるために、冷凍庫や冷蔵庫をはじめとする戦闘に関係のない機器の電源が落とされていることも確認された。


 敵潜水艦の現在地は『そうりゅう』の真西にあり速度は20ノットで北東方角、つまり竹島の方向に進んでいる。対する『そうりゅう』は敵艦の未来位置を予測して、面舵――北西方角に艦首を向け、前進半速で敵潜水艦を追跡する態勢をとった。ちなみに深さは200mであり、これは敵潜水艦もほとんど同様である。


(敵はこちらには気づいていないか)


 樅木二佐は内心、安堵した。相手はおそらく敵の存在を警戒すらしていない。高速で水中を航行するとパッシブ・ソナーの感度が落ちるのにもかかわらず、平気で20ノットという速力で突っ切っていくのがその証左である。回頭をして背後を注意する素振りもみせない。

 そのまま時間だけが過ぎていく。『そうりゅう』の乗組員達は、号令や連絡といった必要最低限の言葉を除いては、何も言葉を発することもなくただひたすらに沈黙を守っている。

『そうりゅう』は適宜、艦首の方向を修正しながら、敵潜水艦の背後についた。音紋等のデータを記録しておきたいところだが、相手が20ノットという速度で航行している以上、時間的な猶予はあまりなかった。ぼやぼやしていると、89式魚雷の有効射程から脱してしまう。


「前進微速、発射はじめ」


 彼我の距離は約15km。

 相手は背後を無防備に晒したままである。

 高雷速の89式魚雷は約50ノット(時速約90km)であるから、速度20ノットの敵艦は当然逃げきれない。


「1番管発射」

「1番管発射」


 淡々と号令がかかり、訓練通りに所定の操作がこなされた。『装填』と管尾に札が付けられた発射管から、89式魚雷が発射される。と同時に、『そうりゅう』は増速しつつ変針した。前扉開放と魚雷発射の音が敵潜水艦に届いた可能性があるし、高速の89式魚雷のスクリュー音はいずれ敵艦の耳に捉えられる。そうなれば、どんなに相手が愚かでも『そうりゅう』の存在に気づくはずだ。敵が89式魚雷の回避に成功した場合、すぐに反撃が来る。


 だがそれも、杞憂に終わった。

 敵潜水艦――『安重根』は89式魚雷が数㎞の距離に接近するまで、危機が迫っていることに全く気付いていなかった。『安重根』の水測員は、『そうりゅう』の魚雷発射に伴う騒音を完全に聞き漏らしていた。継続的に響くスクリュー音ではなく、こうした一瞬一瞬の騒音を捉えられるか、分析出来るかに関しては、水測員の練度が物を言うのである。


「高速スクリュー音……ッ!?」


『安重根』は慌てて変針しつつ回避運動に移ったが、無駄であった。89式魚雷は『安重根』艦尾の至近距離で炸裂。爆発の衝撃でスクリューを破壊すると同時に、膨張と収縮を繰り返す水泡による衝撃波が、『安重根』の艦体後部を丸めた紙ごみのような形に変えてしまった。と、同時に艦体の前部にも夥しい数の破孔と亀裂を生じさせた。激流が『安重根』艦内を襲った――というよりは、艦体後部から海水の壁が乗組員達を圧し潰し、艦内の一切合切を呑み込んだ。


「命中、続いて艦体破壊音」


 水測員の報告に、『そうりゅう』乗組員一同は胸を撫で下ろした。続いて静音を是とするドルフィン達は快哉を叫ぶことなく無言のまま、勝利の喜びを噛み締めた。まずは一勝、生き残った。

『そうりゅう』の勝因は幾つかあるだろうが、第一に韓国海軍参謀本部以下『安重根』の乗組員までもが、独島周辺海域に敵は存在しないと思いこんでいたこと、第二に『安重根』の乗組員の練度が不足していたことが挙げられよう。

 海上自衛隊は旧軍時代を含めると、1905年に米国製ホランド型潜水艦を導入して以来、100年以上に亘る潜水艦運用史を誇る。しかし、一方の韓国海軍は未だ20年程度しか潜水艦の歴史がない。地力が違うのであった。

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