■22.そうりゅうvs安重根。(中)
大韓民国海軍潜水艦『安重根』は、ドイツ製輸出用潜水艦の214型潜水艦を、韓国国内でライセンス生産したものである。この214型潜水艦が初就役したのは2005年(ギリシャ海軍『パパニコリス』)。『安重根』の就役は2009年であるから、世界的に見ても最新鋭の部類に十分入る通常動力型潜水艦といえよう。
特筆すべきは燃料電池を用いた非大気依存推進機関を有していることで、スペック上は数週間に亘る連続潜航が可能になっている。ただし燃料電池の機械的信頼性に疑問符がついている(就役後、燃料電池の修理に追われた時期があった)ことと、非大気依存推進機関は出力が低く、数ノットでしか航行出来ないこともあり、あまり頼りにはならないのが実情らしい(ただし非大気依存推進機関の出力が貧弱なのは『そうりゅう』も同様である)。
海中における最大速度は『そうりゅう』と同等の20ノット。武装は533㎜魚雷発射管が8門。他国海軍の潜水艦と同様に韓国製魚雷と対艦ミサイルを備えており、表面的な攻撃力も『そうりゅう』には劣らない。
と、こう書くと『安重根』と『そうりゅう』は同格の通常動力型潜水艦のように思えるが、実際には決定的な違いがある。『安重根』は『そうりゅう』に比較するとかなり小柄である、という点だ。『安重根』の水中排水量は、『そうりゅう』よりも2000トン軽い約1900トン。そして乗組員の人数は『そうりゅう』が65名のところ、『安重根』は27名である。
艦艇の規模が小さいので乗組員の人数が少なくて済む、と言えばそれまでだが、潜水艦は平時の潜航でも神経をすり減らす。例えば当直を3交代制(8時間単位でのシフト)にすると、たった9名で艦を動かす計算になる。自然、1人あたりの負担は重くなる。韓国沿岸部で戦うならばともかく、外洋での戦闘や長期間の行動には向いていない。
しかしながら先の壱岐群島周辺海域において、はやぶさ型ミサイル艇とF-2A戦闘機の対艦攻撃で損害を出した韓国海軍は、水上艦艇よりも潜水艦に期待をかけ始めていた。成程、水上艦艇はすぐに航空自衛隊の早期警戒機や、海上自衛隊の哨戒機に発見されてしまい、すぐさま対艦攻撃に晒されてしまうが、隠密性の高い潜水艦ならば発見される可能性は低い。独島や対馬諸島に接近する海上自衛隊の艦艇を迎撃するには、まさに最適であろう――と、韓国海軍参謀本部の面々は考えたのである。
話が前後したが、こうした参謀本部の方針もあり、いま『安重根』は独島近海に進出しようとしていた。勿論、『オペレーション・ゴジラ』に参加する海上自衛隊の艦艇を待ち伏せ、これを攻撃するためである。
「独島周辺には未だ海上自衛隊、航空自衛隊の部隊は展開していない。拙速でも、いまは早急に独島近海に進出し、伏撃の態勢を整えるべし」
『安重根』の出撃前、韓国海軍参謀本部の高級幕僚以下、『安重根』の乗組員までみな敵の作戦計画を察知出来たおかげで、機先を制することが出来ると喜んだ。
独島近海に敵は存在しないのだから、周囲に注意を払う必要もない。万全の態勢で攻撃を仕掛けるために、『安重根』は最高速度となる20ノットで東海を北東に進んだ。
……すでに独島周辺海域には、敵潜水艦『そうりゅう』が待ち伏せているとも知らずに。
さて、日付が変わって6月5日午前8時。
登庁した趙海軍参謀総長はあまり嬉しくない報告を幾つか受け取った。
今後、海上自衛隊の潜水艦が独島近海に出現することが予見されたので、スーパーリンクス対潜哨戒ヘリ1機を独島へ派遣していたのだが、そのスーパーリンクスは独島のヘリポートに到着した途端、故障してしまったらしい。
(※1竹島/独島ヘリポート)
(貴重な対潜哨戒機が……)
趙海軍参謀総長ががっくりと肩を落としたのも無理はない。
韓国海軍が潜水艦狩りに使える航空機は、スーパーリンクス対潜哨戒ヘリ20機弱と、P-3C/CK哨戒機16機しかない。勿論、整備が必要な機体は一定数出るので、実際に運用出来る機数はこれよりも減る。海上自衛隊が固定翼機(P-3C・P-1)だけでも70機以上を装備していることを考えると、ハード面で対潜水艦能力が劣っていることを、趙海軍参謀総長も認めざるをえない。島国である日本とは違い、韓国は半島国家であるとはいえ、この規模の航空隊では領海に加えて対馬諸島・独島周辺海域をカバーし、海自潜水艦を発見するのは難しかった。
悪いニュースはスーパーリンクス故障の一件だけではない。
韓国海軍参謀本部では、海上自衛隊の佐世保基地から出撃する護衛艦を攻撃させるべく、潜水艦『柳寬順』を出撃させていたのだが、この『柳寬順』は機関設備に故障が生じたということで、予定されていた作戦海域に到達することも出来ず、済州島周辺海域にて帰投を決めたという。
慌てて韓国海軍は新たに、『孫元一』潜水艦を代わりに派遣することにしたが、作戦には穴が開く結果になってしまった。
「どうぞ」
「中央日本新聞の香月です。すみません、昨日午後の会見でも質問しましたが、日本政府と自衛隊の今後の行動についてです」
同日午前、首相官邸で行われた内閣官房長官記者会見では、神野義春内閣官房長官が閣議決定や日韓戦争に関係する内容を読み上げ、その後に記者達との質疑応答が行われたが、その質問時間は予定を大幅に超過し、45分にも及んだ。その原因は、メディアが情報に飢えていることもあるが、何よりも1人の社会部記者が十数回にも亘る質問を繰り返したためであった。
(また香月サンか)
他社の記者は内心げんなりしながらキーボードをタイピングして、香月記者の質問を記録していく。中央日本新聞社会部記者、香月由希子は良くも悪くもこの内閣官房長官記者会見では有名な存在だ。疑惑追及の急先鋒と言えば聞こえはいいが、逸るのか、質問の回数も質問自体の時間も長い。質問に答える側の神野官房長官も苛立つのが常である。
「……というように現在、韓国国内では防衛省が練った作戦計画の一部と、日本国自衛隊が竹島に対する侵略を企てている、と、そういう風に報じられています。これが事実ならば、これは専守防衛に反します。竹島の警察部隊を攻撃し、竹島を侵略しようとする。これは戦火をいたずらに広げることに他なりません。竹島への侵略、これの真偽について伺いたいと思います」
「えー、いまの質問の中でまず、事実の誤認があったんじゃないんでしょうか」
対する神野官房長官は、無表情で答えを返した。
「それは、つまり、えー中央日本新聞の香月です。すみません。竹島に対する攻撃、侵略が検討されている、これが違うと?」
「いえ、まず竹島は我が国固有の領土であるという点についてで――仮に韓国軍が竹島に増派されたとして、今後自衛隊が竹島に駐留した韓国軍を攻撃したとしても、それは侵略にはあたらないということです」
「では竹島への攻撃計画の有無については?」
「ノーコメントで。次」
と、質疑応答をばっさり終わらせると同時に、神野官房長官は(これで中央日本新聞の記事は『竹島攻撃、否定せず』に決まったな)と内心思った。念には念を入れて、竹島に関する報道は国内でも盛り上げた方がいい。そちらの方が韓国政府に(日本政府は本気で竹島を狙いに来るだろう)、と思わせることが出来るからである。
しかし「あの香月って記者を利用してやれよ」と赤河財務相に事前に言われた神野官房長官だが、気持ちがいいものではなかった。勿論、犬猿の仲(?)とはいえ、香月記者を利用するのに抵抗があるからというのもあるが、それ以上に連続して質問する香月記者への対応にほとほと参ってしまうからであった。
(※1)引用元・韓国海軍公式HP http://www.navy.mil.kr/user/boardList.do




