■21.そうりゅうvs安重根。(前)
海上自衛隊・航空自衛隊が独島方面に進出することを考えているのであれば、韓国軍は迎撃態勢を整えなければならなかった。端的に言って、独島の守りは薄い。独島に駐留する独島警備隊は慶尚北道地方警察庁に所属する警察部隊であり、規模は1個小隊ほどでしかない。自動小銃や機関銃、対空機関砲等は装備しているが、正規軍に対抗可能な地対空ミサイルや地対艦ミサイルといった武器を有しているわけではなく、量でも質でも自衛隊の侵略に抗しきれるものではなかった。
そのため合同参謀本部は、慌てて独島方面の増強を計画した。
だが金空軍参謀総長が指摘した通り、対馬方面と睨み合いを続けながら独島方面に戦力を割くのはやはり苦しかった。
独島には貧弱ではあるが接岸施設があるので、韓国海軍はまず国産の戦車揚陸艦である天王峰級揚陸艦『天王峰』に海兵隊部隊と重火器を搭載して、独島の防備を強化することを決めた。だが『天王峰』を単艦で出せば、潜水艦か攻撃機の餌食となる。護衛の水上艦艇をつけなければならないが、これに韓国海軍は頭を悩ませた。釜山・対馬方面に多くの戦力を割いているため、独島方面に差し向けられる稼働艦は少ない。
それでも韓国海軍は駆逐艦『広開土大王』、フリゲート艦『馬山』、コルベット艦『慶州』『金泉』の4隻を捻出した。さらに水上部隊に先んじて、潜水艦『安重根』に独島南東方面海域に進出するように命令を下している。当然ながらこれは敵の潜水艦・護衛艦を狩らせるための処置だ。これにイージス艦が付けば防空態勢も万全になるが、韓国海軍のイージス艦はもう2隻しかない。現在『世宗大王』は釜山・対馬方面の防衛、『栗谷李珥』は整備中で、独島方面に差し向けることは出来ない。艦隊防空は空軍に任せるしかなかった。
その韓国空軍だが二方面――否、“三方面”に作戦機を張りつけるのは、組織能力の限界に近かった。三方面とはすなわち、【北韓方面】【対馬方面】【独島方面】のことである。北韓に対しては旧式のF-5E/Fと、国産のFA-50から成る軽戦闘機部隊を回せばそれで解決であるが、他の二方面はそうもいかない。独島と独島への増援部隊を守ることは重要だが、とはいえ対馬方面の防空を手薄にすることは出来ない。
「九州地方と対馬諸島、釜山の距離が近すぎる……!」
この時ばかりは金空軍参謀総長は、天地の構造を呪った。
正直言って金空軍参謀総長は、独島などどうでもいいと思っていた。あれは単なる岩礁に過ぎず、軍事的な価値はほとんどない。だがしかし、対馬諸島は違う。対馬諸島上空で敵機を阻止出来なければ、次に自衛隊機が来るのは釜山だ。海軍の一大根拠地となっている釜山である。吹けば飛ぶような独島と、軍事拠点にして人口300万を有する韓国第二の大都市、大馬鹿者でもなければ天秤にかけるまでもない。
であるから金空軍参謀総長は対馬方面の防空を第一とし、独島方面には余力を以てあたることを考えていた。敵攻撃機の妨害や対艦ミサイルの迎撃ならば、旧式のF-4E戦闘機でも可能であろう。
虎の子のB737早期警戒機に関しては、九州地方の航空自衛隊戦闘機部隊を監視させるのに1機常時張りつかせ、余裕があれば独島方面にも1機飛ばすことにしている。
(しかし)
と、金空軍参謀総長は思わざるをえない。
(米空軍が一流、航空自衛隊が二流ならば、我が合同参謀本部は三流だな)
口が裂けても言えないが、独島など無血で連中にくれてやればいいのだ、と彼は考えていた。そうすれば陸海空自衛隊は、是が非でも占領した独島を守るために戦力を張りつけなければならなくなるし、独島に上陸した部隊を維持するために補給を実施しなければならなくなる。そこで潜水艦の伏撃や航空機による断続的な攻撃を仕掛ければ、連中の頭を悩ませることが出来るであろう。
(潜水艦『そうりゅう』)
一方、海上自衛隊は韓国海軍の行動に先んじて、潜水艦隊第5潜水隊所属の潜水艦『そうりゅう』を竹島近海へ進出させていた。意図的に大韓民国国家情報院へ作戦計画を流した時点で、韓国軍が竹島に増援を派遣することは当然ながら予測していたためである。
『そうりゅう』のような通常動力型潜水艦は最大速度でも20ノット前後が精々であり、敵水上艦艇を追跡して撃破することは難しい(水上艦艇の最大速度は概ね30ノット以上である)。だがしかし往来がある敵の海上交通路や、今回のように敵艦が現れると分かっている海域に待ち伏せさせておけば、高い静粛性と攻撃力を有する『そうりゅう』は八面六臂の活躍を見せるであろう。
「最後のバナナだ」
その『そうりゅう』の科員食堂では、手隙の隊員達が食事をとっていた。デザートとして食堂の天井に設けられたフックから外されたバナナが配食され、みな無言のまま黙々と黄色い甘味を口に運ぶ。それを見ている調理役の給養員は複雑な面持ちだ。本当はバナナを生食ではなく調理して出したかったのだが、一房そのまま食べたいという乗組員達の希望には逆らえなかった。
(大変なことになっちゃったナ)
当直から外れた非番の隊員達は普段はトランプをしたり、ヘッドホンを装着してDVDを鑑賞したりするものだが、流石に有事下ということもありそれは憚られた。睡眠をとるためにベッドに潜りこんだ乗組員達は、緊張のせいか目が冴えて眠れないでいる者が多かった。
(生きて帰ったら絶対新台のマクロスフロンティア打ちにいくぞ)
ベッドでただ無為に時間を潰すベテラン海曹の中には、せっかく竹島に来たんだから敵艦を一隻二隻でもやっつけて、戻って戦争が終わったらパチンコでも打ちに行ってやろうと決意するたくましい者もいたが、多くの海曹士はやはり不安を隠せないでいる。
事前の計画では『そうりゅう』は6月11日まで、竹島周辺海域に張りこむことになっている。その間に接敵することがなければ『そうりゅう』は帰投し、同型艦『うんりゅう』と交代する。通常『そうりゅう』は10日以上、余裕で行動可能である。が、潜水艦隊司令部では乗組員達のストレスと艦体のメンテナンス等も考えて、短い期間で交代させることに決めていた。
さて、竹島南方沖に進出せんとする『そうりゅう』の行動についてだが、端的に言えば慎重そのものであった。ぐるぐると頻繁に回頭を実施する。背後を振り返る理由は単純で、敵の潜水艦や(最悪の場合は)敵の魚雷が尾けてきていないかを探るためである。艦尾にスクリューを備えている潜水艦は背後の音響を聴音し辛いため、後背は基本的に死角になってしまうのだ。
他方、韓国海軍潜水艦『安重根』は最大速度20ノットで独島周辺海域に向かっていた。
出典・海上自衛隊ホームページ(https://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/ss/soryuu/img/501_01l.jpg)




