■2.常識外の戦争は、常識人には予見できない。
「は?」
大日本帝国統治時代から脱して以降、この韓国という国は数々の軍事クーデターを経験してきた。故に韓志龍空軍参謀総長は、朴陸軍参謀総長の冗談を一瞬真に受けたが、当然ながら彼の言うクーデターとは単なるたとえ話であった。
「我々は所詮、文民統制の下にある一行政機関に過ぎん。政府の決定を覆すことは許されないのだ。ならば、政府の決定を覆せるところを動かすほかないだろう」
「まさか……」
「在韓米軍だ。平沢(在韓米軍司令部の所在地)に知人がいる。私がお願いしてみよう」
年長者の知恵、といったところか。『作戦計画6035』発動が韓国政府内で内々に決まったことを、在韓米軍へ早々に伝えてアメリカ側から韓国政府に掣肘を加えてもらうのだ。
韓志龍空軍参謀総長は、政治には疎い。が、アメリカ政府からしてみれば韓日戦争など非生産の極みであり、悪夢以外の何物でもないだろうと思った。アメリカは必ず、韓国政府の決定に待ったをかけてくれるはずだ。
「それと。君がそこまで言うのならば、覚悟はできているのだろう」
朴陸軍参謀総長は、さらなる次策を韓志龍空軍参謀総長に授けた。
それは軍内の同志を集めて、「もし『作戦計画6035』を発動するならば、我々は辞職する」と職責を賭した意見具申を行う、というものだった。韓志龍空軍参謀総長らの意見が通ればそれでよし。もし通らなければ賛同者みなことごとく辞職することで、韓国軍の指揮系統を麻痺させ、『作戦計画6035』発動を遅延させることが出来るだろう、というある種の実力行使であった。
……。
だがしかし結論から言えば、韓志龍空軍参謀総長の抵抗はむなしく、空振りに終わった。
彼が想像する以上に、大韓民国国軍内には開戦論者が多く存在しており、一方で韓日開戦に反対する者はあまりにも少なかった。
例えば韓国空軍主要ポストで明確に反戦の立場をとったのは、兵站に責任を持つ軍需司令官のみ。空軍作戦司令部の参謀たちは軒並み「政府の命令だから仕方がない」という消極的賛成の立場をとっており、前線部隊の戦闘航空団を統括する空中戦闘司令部司令官や、偵察部隊や輸送部隊の指揮を執る空中機動偵察司令部司令官は、むしろ積極的な開戦論者であった。
韓志龍空軍参謀総長は趙海軍参謀総長にも駄目元で話を持ち掛けたが、駄目元はやはり駄目元であった。韓国海軍は以前より、周辺諸国――つまり中国人民解放軍海軍や日本国海上自衛隊に対抗するための戦力を整えることに心を砕き、イージスシステム搭載の世宗大王級駆逐艦や独島級強襲揚陸艦、ドイツ製通常動力214型潜水艦といった正面装備を揃えるための予算を貪欲に求めてきた。その予算食いの韓国海軍が、韓国政府が対日戦を決定したときに「出来ません」ではその面子は丸潰れ、そして二度と高額装備品への予算はつかなくなるだろう。
結局、韓志龍空軍参謀総長は国防部より早々に目をつけられ、「定期健康診断の結果と精神状態に問題があり、療養と精神鑑定が必要である」として更迭された。勿論、その前に韓志龍空軍参謀総長は軍部内のみならず、マスメディアへのリークといった対外工作にも動いていたが、その努力が実を結ぶことはなかった。
なにせ対日戦争など娯楽小説の題材がせいぜい、現実的な話ではない。
幾つかの新聞社や週刊誌は記事にしたものの、自国民や外国メディアの注目を集めることは出来なかった。精神鑑定の必要あり、とされた将官のリアリティなき話にかかずり合っている時間は現代人にはない。
さて。
韓志龍空軍参謀総長の更迭(軟禁)翌日から大韓民国国軍の軍事活動は活発化した。
まず大韓民国陸軍では、空挺強襲を得手とする特殊戦司令部に呼集をかけて戦闘準備を整えさせると同時に、玄武弾道/巡航ミサイルを車載する韓国陸軍の装輪車輛を初めとする第一線級の戦力を、対北韓配備から外して南下させた。
続いて大韓民国海軍は最新鋭水上艦艇を集めた第1艦隊と第7機動艦隊に弾薬補給を実施し、潜水艦隊も加えて東海(日本海の韓国側呼称)・対馬島方面へ差し向けた。
そして大韓民国空軍は新たな空軍参謀総長を任命する都合で出足こそ遅れたが、最も効率よく戦闘準備を整えた。空中戦闘司令部が置かれている官民共用大邱国際空港では、F-15Kを装備運用する戦闘航空団や、早期警戒管制機、空中給油機が集結。皮肉にも韓志龍空軍参謀総長が調達に尽力した早期警戒管制機、空中給油機、そしてそれらを整合する情報共有システムが、いま対日戦の先鋒を務めようとしていた。
(※1 韓国空軍F-15Kと空中給油機)
こうした動きに在韓米軍司令部は、特に口を挟まなかった。
事前に韓国側から「北韓との融和姿勢を示すため、部隊配置を南方に移すポーズを見せる」との通達があったためである。彼ら在韓米軍司令部を初めとするアメリカ側は、ついぞ『作戦計画6035』発動を事前に知らされることはなかったし、予期することもなかった。一部情報筋からは韓国軍による対日攻撃の動きあり、という報せも入ったが、関係者はみな黙殺した。
「韓日戦争など起こるはずがない」
韓国軍の動きが不審であるという旨の報告自体は、在韓米軍司令部最高司令官のホーヴァート陸軍大将にまで上がっていた。が、彼は「正気を欠いている」と断じて、それきり特別に何か手を打とうとはしなかった。ホーヴァート陸軍大将は湾岸戦争、イラク戦争、そしてそれ以降続いた中東地域における対テロ戦争で活躍してきた優秀な将官であり、決して無能であるとか凡庸な人間ではない。
だが、“人間”であった。
1973年の第四次中東戦争と同じ現象がここで起きていた。いくら正確な情報が集積されたとしても、最後に判断を下すのは人間であり、そして人間は自分の経験上から「ありえる」と思えることしか考えられない生き物なのだった。
……第四次中東戦争開戦の直前、イスラエル軍は次のように考えていた。
「ソビエト連邦は支援を渋っている上、エジプト軍の空軍再建は未だ終わっていない。であるから彼らが戦端を開くには時期尚早である。なぜならいま攻撃を開始しても、我がイスラエル軍の前に敗退することは目に見えているからだ。前線近くに戦力を集中していたとしても、それは開戦に備えたものではない」
ところが予想を裏切り、エジプト軍とシリア軍を初めとするアラブ陣営は、東西で呼応してイスラエルを攻撃した。奇襲挟撃。最終的にイスラエル軍は戦争自体には勝利を収めたものの、緒戦は苦戦続きであり、一時期は核兵器の使用まで真剣に検討するほどにまで追い詰められた。情報を自分に都合のいいようにしか解釈しなかったからである。
そしていま同じ現象が、在韓米軍のみならず日米関係者の間で発生していた。
つまり、こうだ。
「大韓民国国軍には朝鮮人民軍という明確な仮想敵が存在しており、彼らを無視して後背の日本国に戦争を吹っかけるなどあり得ない。また戦力の一部を朝鮮半島南部に集中させているのは事実かもしれないが、国家戦略上で緊密な関係を保たなければならない日本国に対して戦端を開くはずがない」
(※1 引用元・韓国空軍公式HP)
開戦前フェイズ(前)です。長くなったので分割。




