■19.ゴジラ!(中)
「現在、九州北部に展開中の部隊をまとめました。ご確認をお願いいたします」
6月4日午前10時。壱岐群島の防衛に成功した現地部隊の幕僚達は、陸上自衛隊西部方面総監部に集まり、現状認識の擦り合わせと今後採るべき行動の協議を実施した。6月1日・3日と同様に、九州地方一円の部隊と統合幕僚監部や陸上総隊司令部、海上自衛隊自衛艦隊司令部の佐官級・将官級の幹部が参加している。彼ら三隊から集まった幕僚達は、陸上自衛隊西部方面総監部幕僚長の錫村が配布した資料へ、一斉に目を落とした。
言うまでもなく韓国軍による先制攻撃以降、陸海空自衛隊による九州地方の防衛態勢は強化され続けている。
まず陸上自衛隊西部方面隊だが、九州地方に駐屯する第4師団・第8師団は陸上自衛隊九州補給処を初めとする後方支援部隊の奮闘と、大和運輸など運送会社の協力もあり、弾薬・燃料の補給が完了した。ただ膨大な事務・現場作業量を人手不足の中で捌かなければならないということもあり、この間に富野弾薬支処(福岡県北九州市)所属の自衛官数名が過労により倒れるアクシデントが発生している。が、ともかく第4・8師団が十全に戦闘力を発揮出来る状態にまでもっていくことには成功した。
しかしながら、対馬諸島奪還を主導するのは西部方面総監部ではなく、また主力となるのは現地の第4師団・第8師団ではない。対馬諸島の奪還に関しては、東京都に司令部のある陸上総隊司令部が指揮を執り、陸上総隊直轄部隊の第1空挺団や水陸機動団、第1ヘリコプター団が大々的に投入されることになるであろう。その他にもこの場では陸上幕僚監部の幹部から、富士教導団(静岡県小山町)が出動準備を整えているという話であった。
ただこの陸上総隊直轄部隊に関しては対馬諸島方面ではなく、まず“別方面”に投入しようという話が市ヶ谷や霞が関では出ているらしい。
海上自衛隊については現在、佐世保基地に配備されている4個護衛隊が、緒戦以降から九州地方の守りについている。
現在、『こんごう』以下第5護衛隊は整備と補給のため前線から離脱中であるが、それでも九州地方北部の海上防衛は強固だと言えた。第2護衛隊からは『いせ』、『あしがら』、『あさひ』が、また第8護衛隊からは『ちょうかい』、『しまかぜ』、『すずつき』が壱岐群島方面の警戒に就いている。特に対潜能力の高いヘリコプター搭載型護衛艦『いせ』と所謂イージス艦である『あしがら』と『ちょうかい』の存在は大きく、まさに対空戦・対潜戦ともに万全の構えだと言えよう。
補給中の第5護衛隊、最新鋭護衛艦を中心とする第2・8護衛隊。残る1個護衛隊は第13護衛隊であるが、こちらは最前線で戦闘に従事するにはやや荷が勝ちすぎる。
第13護衛隊に所属する護衛艦『じんつう』『さわぎり』『あさゆき』は就役時期がそれぞれ1990年・90年・87年と、護衛艦隊の中でも古参の部類に入る艦艇である。『さわぎり』と『あさゆき』は76㎜速射砲と艦対艦誘導弾ハープーンを備えており、艦対艦能力に関しては遜色ないが、艦対空誘導弾は8連装シースパローで旧式の感が否めない。さらに『じんつう』については艦対空誘導弾を装備していないため、前線で韓国軍のミサイル攻撃を受ければ、76㎜速射砲と高性能20㎜機関砲で対処するしかなくなる。
だが対水上戦、対空戦に臨むだけが護衛艦の役割ではない。3隻は対潜水艦ミサイル(アスロック)を備えているため、対潜哨戒には使えるし、洋上で緊急脱出したパイロットの救助活動等にも割り振ることが可能だ。
水上艦艇の現勢は以上である。
「現在、我の潜水艦は2隻が壱岐群島周辺海域に進出中であります」
潜水艦の状況に関しては、海上自衛隊潜水艦隊司令部の幕僚が特に注意を要する事項として、一同に説明をした。2隻の潜水艦とはそうりゅう型潜水艦『じんりゅう』・『しょうりゅう』のことである。
「現在、『じんりゅう』は対馬島北東沖。『しょうりゅう』は対馬島西方沖に進出しています。両艦の任務は敵情の報告、そして韓国海軍の所属であることが明らかな水上艦艇に対する攻撃と潜水艦の撃破であります」
「では壱岐群島周辺海域に我の潜水艦は存在しない、ということでよろしいでしょうか? であれば、もし我が航空隊の対潜哨戒網に感があった場合には、これを敵潜水艦であるとして攻撃を実施しますが」
わざわざ潜水艦隊司令部の幕僚が潜水艦の所在を説明した意図を察し、海自の第1航空群司令部首席幕僚の神一佐が質問した。
海中を潜航する潜水艦の現在位置をリアルタイムで把握することは難しく、予め味方潜水艦の行動範囲を明確にしておかないと、味方の対潜哨戒機が味方潜水艦を攻撃してしまう同士討ちの可能性が発生する。逆に味方潜水艦が存在しない海域を明確にしておけば、敵潜水艦発見から攻撃までがスムーズに進む。そのためにわざわざ潜水艦隊司令部の幕僚は、自隊の潜水艦の現在位置を明らかにしたのであった。
彼は神一佐の質問に頷いた。
「はい。我の潜水隊は現時点では壱岐群島周辺海域にはおりません。壱岐群島周辺海域にて潜水艦を捕捉した場合は、航空機で対処をお願いします」
「了解しました」
敵潜水艦を狩るのは味方潜水艦よりも優速で、反撃を恐れずに一方的に攻撃出来る対潜ヘリや対潜哨戒機の方が有利である。であるから壱岐群島周辺に関しては、味方潜水艦を張りつけて敵潜水艦の進出を警戒するよりも、航空機と護衛艦に任せてしまった方がよい、というのが潜水艦隊司令部の判断であった。むしろ潜水艦は対馬諸島周辺海域に張りつけて、敵情を探らせたり、敵の海上交通を遮断したりさせた方が良い。
(F-2戦闘機)
最後に航空自衛隊であるが、現在のところ九州地方の航空戦に投入可能な戦闘機部隊はF-15J/DJを主力とする第305飛行隊と、沖縄県那覇基地から新たに増援として展開した第304飛行隊、F-2戦闘機から成る第6・8飛行隊となっている。
特筆すべきは緒戦で大打撃を被った第6・8飛行隊の増強であろう。第3飛行隊(青森県三沢市)と第21飛行隊(宮城県東松島市)からF-2A/B戦闘機を引き抜いて、両飛行隊に増援として充てた。これで再び韓国海軍の水上艦隊が現れれば、10機以上のF-2戦闘機が打撃戦に参加出来るようになった。
また平時では沖縄にて中国空軍と対峙する最精鋭の第304飛行隊が加わったため、イージス艦を擁する海上自衛隊護衛艦隊と連携すれば、対馬諸島周辺空域の航空優勢を得ることは難しくはないだろう。
しかし緒戦で被爆した春日基地・築城基地、およびレーダーサイトの復旧には未だ時間がかかる。これだけが懸念すべき点であった。
「味方の現勢はわかった」
陸上自衛隊西部方面総監の湯河原陸将は頷きつつ、自身が最も気になることを口にした。
「あとは敵情と対馬諸島奪還の時機についてだ」
対馬諸島の奪還は西部方面総監部を初めとする現地部隊が立案し、実行する類のものではない。対馬諸島の奪還に関しては、すべてまず内閣レベルで政治的決定が下されてからのスタートとなるであろう。主導するのも前述の通り、東京の統合幕僚監部・陸上総隊司令部であり、現地の西部方面総監部ではない。
「それについてですが」
と、ここで統合幕僚監部の人間が口を挟んだ。
「実は永田町では対馬方面よりも竹島方面を、という話が出ているようで……」
「竹島? 竹島を先に?」「対馬諸島の奪還はともかくとして、開戦前から韓国が占拠している竹島への攻撃を世論が許すでしょうか?」「それは政治が判断することで我々の関知するところではないですが、しかし竹島に戦術的価値はありますか」
西部方面総監部は一転して騒然となった。
「お待ちください」蜂の巣をつついてしまった当人は慌てて言った。「何も即座に竹島を奪還しに行くわけではないのです。要は陽動です」
■作戦名・ゴジラ
【目的】
①竹島方面における陽動作戦を実施し、韓国軍の戦力分散を図る。
②竹島方面に韓国空軍・海軍を誘引し、これを撃滅する。
【部隊】
海上自衛隊第3護衛隊群
海上自衛隊第5潜水隊
航空自衛隊第6航空団
航空自衛隊第3航空団
航空自衛隊第601・602飛行隊
【備考】
(この作戦計画を故意に流出させることにより、韓国政府の動揺と韓国軍の竹島方面への増派を誘うことを検討しているところである。我が方が竹島方面への攻撃を計画しているとなれば、韓国政府は威信にかけて竹島を防衛せんと海上・航空戦力を割くであろう)
出典・航空自衛隊ホームページ(https://www.mod.go.jp/asdf/equipment/sentouki/F-2/images/gallery/photo01.jpg)




