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■18.ゴジラ!(前)

 時間はやや前後して6月3日夜――壱岐群島周辺海域では、海上自衛隊と海上保安庁が合同で海上を漂流する韓国海軍将兵の救助活動を実施した。海上自衛隊からは第13護衛隊の『さわぎり』と『じんつう』が参加。海上保安庁からは第七管区海上保安部の巡視船『やしま』、『あそ』をはじめとする大小巡視船・巡視艇が救助活動にあたった。

 大日本帝国海軍の伝統を受け継ぐ海上自衛隊の人間は、先の大戦で撃沈した敵艦の乗組員約400名を救助した駆逐艦『雷』と工藤俊作艦長の故事を知っている者が多いため、敵将兵の救助には抵抗感はあまりない。ただし救助中に韓国空海軍から攻撃を受ける危険性があるでは、という懸念があった。そのため海自・海保は、韓国側へ救助活動の実施を事前通告していた。さらに直接の救助活動は旧式の護衛艦『さわぎり』『じんつう』に任せ、その周囲では第2護衛隊所属の『あしがら』と『あさひ』、第8護衛隊の『ちょうかい』と『すずつき』、計4隻が警戒にあたっている。

 一方、緒戦で多くの殉職者・負傷者を出した海上保安庁の職員の中には、敵を救助することに複雑な思いを抱く者も多かった。が、さりとて海上を漂流する者を見棄てるほど非情にはなれず、今回の任務に従事している。

 だがしかし、感情的にはどちらにせよ、日本国は難船者保護条約であるジュネーブ条約(第二条約)に加入しており、海上の難船者を放置することは許されない。

 被撃沈の憂き目に遭った韓国艦艇から流出した燃料と機械油が漂う海域で、救助活動は慎重かつ迅速に行われ、日付が変わる前には完了した。以降、救助された韓国海軍将兵は捕虜として扱われることになる。


 ……。


「自衛隊はミサイル攻撃で韓国海軍の軍艦を4隻も沈め、300名以上の行方不明者を出してしまった。これは大変なことですよ。今回の古川首相の独断による防衛出動命令と、自衛隊の行動のせいで日韓関係が修復不可能なところにまでいっ」


「あ、ジオーみるー!」


 福岡県内にある某官舎の一室で明るい声が弾けた。言うが早いか、次の瞬間にはテレビに映っていた初老の男性の顔が、時計をモチーフにした特撮ヒーローの顔に切り替わる。そして幼稚園児の彼――草加部拓海くさかべたくみは、画面へ真剣な眼差しを向けた。新幹線型のロボットが活躍するアニメが放映される土曜日の朝と、特撮ドラマが放映される日曜日の朝の時間帯、彼がテレビの前にいなかったことはない。


たっくんいいけど、レンジャー見たら出るからね」

「おっけー! あとレンジャアじゃなくてリューソージャア!」

「……ホントに分かってるならいいけど」


 テレビの前で正座してライダーの一挙手一投足を注視する拓海の後ろで、母の真理子は溜息をついた。溜息の理由はテレビ番組に夢中になって、話を聞いていなさそうな拓海の姿勢だけではない。きょう真理子は拓海を連れて、官舎を出て実家のある鹿児島県へ向かうことになっていた。戦争のせいである。


(次に戻って来られるのはいつになるやら……)


 九州北部の自衛隊関連施設が攻撃を受けたことは勿論、対馬諸島では自衛官の家族が住む官舎をも空襲の標的となったということは、すでに報道を通じて真理子も知っていた。つまりこの官舎も必ずしも安全だというわけではない、ということである。また韓国軍関係者が自衛官の家族を拉致し、人質にするのではないか、という噂も真理子の周囲では流れていた。まさか、と彼女は思ったが、一昔、二昔前には確かに宗教団体関係者が官舎に盗聴器を仕掛けた事件があった。決して笑い飛ばせない。

 やむをえず真理子は拓海の通っている幼稚園に挨拶をし、実家に戻ることに決めた。勿論、戦争が終われば戻ってくるつもりである。が、それが1週間後になるのか、1か月後になるのかは分からない。最近、ワイドショーでも取り上げられることの多いフォークランド紛争なる戦争では、戦闘はだいたい3ヶ月くらい続いたという。仮にいまから3ヶ月戦闘が続けば、それはもう9月だ。拓海の就学前の健診など、小学校入学の準備も真剣に始めなければならない時期になる。

 画面の中で合体ロボットが怪人を倒して番組が終わると、約束通り拓海は自分用のリュックサックを背負い、水筒を肩にかけて部屋を出る準備を整えた。そしてふと、母に問うた。


「パパはおしごと?」

「そのとおり」

「じゃあ、ゴジラとかギドラをたおしにいった?」


 我が子の質問に、真理子は答えに困った。

 拓海がDVDでよくゴジラの映画を見ていることをいいことに、夫は「パパは防衛隊あそこにいるんだよ」「ゴジラや怪獣からみんなを守るのがパパの仕事だよ」と拓海に常々言っている。拓海にとってパパの仕事とは怪獣と戦うことなのである。

 ここで拓海の問いに「違う」、と言えば戦争を拓海に説明しなければならない。が、いくら言葉で取り繕うとも戦争とは殺人と暴力の連続である以上、「パパは殺人者である」という印象を与えてしまうのではないかと彼女は危惧した。


「あ、新幹線の時間に間に合わない。急ぐよ!」

「シンカリオンの『みずほ』とか『つばめ』とか見られるかな!?」


 だから真理子は拓海の質問に答えることなく、話題を変えてはぐらかした。

 ただ相手がゴジラだろうが、韓国軍だろうが、日本を守るために命を懸けて戦うということは変わらない。真理子はいまさら改めて夫の無事を祈ることもなく、拓海の手を曳いて部屋を出た。自衛官が危険な職業であるということは、交際を始めた頃からよく知っている。

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