■17.“過去の清算のために、未来ある生命が失われることは正義と言えるのか”
6月4日早朝。九州北部の天気は雨――冷たい雨水が人々の日常生活と、そのすぐそばに横たわる灰燼と瓦礫の非日常を濡らした。
雨音が天幕を叩く音を聞きながら、わずか10分しかない朝食の間中、中国地震局・国際救援隊所属の劉建立は瓦礫の下に人が残っていなければよいが、と思った。
この日の朝食は缶詰やインスタント食品が主であった。劉をはじめとする中国人としては、火を通して調理された料理を食べられないことは苦痛以外の何物でもなかった(一般的に中国の人々は温食を好み、作りおきの冷たい弁当などを嫌う)が、戦禍により傷つき、あるいは家を失った公民(※市民)がいる前で呑気に食事を作ったり、炊き出しの食事を分けてもらったりするわけにはいかない。しかしながら、福岡の公民が差し入れてくれたインスタントの豚汁や、お湯を注いで混ぜて作るインスタントのカレーライスは有難かった。彼らも食料は乏しいだろうに。
韓国軍の攻撃を受けた九州地方北部には現在、彼ら中国地震局・国際救援隊20名の他にも多くの国々のレスキュー隊が現地入りしていた。
武力攻撃は激甚災害に比較すると被害地域は狭小になる。だがしかし武力攻撃は、自然災害とは根本的に性質が異なる。人口密集地を直撃した悪意ある攻撃は夥しい死傷者を出し、現地の警察・消防の手に余る事態を引き起こした。災害時には優れた機械力とマンパワーを発揮する頼みの綱の陸海空自衛隊も、このときは防衛出動を念頭に置いて行動しなければならないため、市民の救助には総力を挙げることが出来なかった。
そのため日本政府は世界各国から集ったレスキュー隊を歓迎した。中共政府には政治的思惑はあるかもしれないが、国民の生命がかかっているのだ、人手不足の時に人的支援を断る馬鹿はいない。
「面子の問題だ。512(※四川大地震)では、彼らの緊急援助隊が最初に現地入りした。今度は我々の番だ。特に台湾や欧米――彼らに先を越されるな」
中共政府の朱国家主席は、6月1日の時点で周囲にそう厳命をしており、実際に最も早く現地入りしたのは、中国地震局・国際救援隊となった。また中国人民解放軍に920型病院船『和平方舟/岱山島』の派遣を研究させている。
朱国家主席に指示を受けた取り巻きと部下達の中には「韓国軍が再度の攻撃に出れば、我が国の国際救援隊が巻き込まれる可能性がありますが」と再考を促す者もいたが、朱国家主席は頑として譲らなかった。
実際、彼の判断は正しかった。朱国家主席が決して遅れをとってはならない相手である台湾民主前進党の孫誠総統は2日の時点で、武力攻撃を受けた日本国の地方自治体のために、総額約50万台湾ドルを支援することを表明していた。それに続く形で世界各国も物的支援を日本政府に対して申し出ている。
「悪の枢軸である日本政府に援助を申し出ることは、日本国による過去の侵略を肯定することと同義であるから、中国共産党と台湾民主前進党はすぐさまあらゆる物的・人的支援を取り止めるべきである。これは他国も同様で、特に欧州諸国は援助の前に東アジアの国々が日本人により虐げられてきた歴史を学んでいただきたい」
4日の朝、白大統領は国際社会が日本に対し、想像以上に同情的なことに驚いて上記のメッセージを発信した。
だがしかし、その白大統領の自己中心的なメッセージは、福岡県民がWEBにアップロードした画像や動画、九州北部に現地入りした国内外のメディアが飛ばす記事と映像に圧し潰された。TwitterやFacebook、YouTubeで“韓国軍の正義の鉄槌”がもたらした戦禍が拡散され、外国メディアは九州北部とそこに生きる人々を取材した記事を量産した(九州北部は他の紛争地域とは違い、アクセスしやすい上に法秩序も機能しており、治安も良いため、テレビ・新聞の記者のみならずフリーランスやWEBブロガーまでが現地入りした)。
“真実”がそこにあった。いくら大義で糊塗したところで武力を振るえば、日々の営みは灰燼に帰し、人々の生命は失われる。
後に『無力』と呼ばれることになる写真が、フリーランスの記者によって撮影された。瓦礫の中から発見された幼児の遺体を抱きしめて号泣する女性と、周囲に力なく立つ自衛隊員を収めた1枚である。この写真は“過去の清算のために、未来ある生命が失われることは正義と言えるのか”というフレーズとともに米国の新聞に掲載されると反響を呼び起こし、後にピューリッツァー賞を受賞した。
こうして白大統領の掲げた正義は、WEBやメディアで拡散した“真実”とそれを目にした億単位の人々の言動に粉砕された。
(強襲揚陸艦ワスプ)
「韓国軍の攻撃に巻き込まれる可能性を常に念頭において欲しい。だが我々米海軍第七艦隊は目の前で困窮する人々を前に、危険な任務を放棄することはない。……いまはみんなの勇気が必要だ」
3日夜には博多湾にいずも型護衛艦の2倍近い排水量を誇る巨艦が姿を現した。ワスプ級強襲揚陸艦『ワスプ』がそれである。AV-8BやF-35Bといった攻撃機から大型輸送ヘリまで数十機と100輌以上の車輛を搭載可能なこの艦艇は、2つの目的をもって九州北部に進出した。
1つは満載した物資と海兵隊員による純然な人道支援。そしてもう1つは、韓国政府にこれ以上の九州地方に対する武力行使を思いとどまらせるための抑止力となることであった。人道支援目的で米軍が九州地方に展開した以上、韓国軍はもう九州地方に対する空爆を実施することは出来ない。名実ともに世界最強、そして最大の友軍である米軍を誤爆して、敵に回す悪夢だけは回避しなければならないからである。
さて、米国政府は壱岐群島攻防戦の直前、この馬鹿げた韓日戦争を早期に終結させるべく、両政府に停戦と事態収束に向けた協議を開始するように働きかけていたが、結果はかんばしくない。
当初の目的通りに対馬諸島を占拠し、(直後に発生した壱岐攻略戦に失敗しても)トータルでは勝者の側に立っている韓国政府は米国政府の働きかけを黙殺。一方の日本政府も「韓国政府が対馬諸島を返還し、賠償に応じないのであれば、こちらも手を引くことはない」と米国政府に伝えた。やはり韓国政府に対する日本政府の不信感は強い。
「万が一、講和に向けた協議で対馬諸島の返還が約束されたとしても、結局のところ反故にされて、韓国政府は対馬諸島を実効支配するのではないか」
と、古川内閣の面々と関係省庁の高級官僚達は考えていた。
引用元・アメリカ第7艦隊公式ホームページ(https://www.c7f.navy.mil/Media/News/Display/Article/1950835/uss-wasp-lhd-1-departs-7th-fleet/)




