■16.激突、壱岐攻防戦!(後)
轟沈した『慶北』の生存者を捜索・救助する『西崖柳成龍』と『王建』は、韓国空軍の早期警戒管制機B737から自衛隊機が空対艦ミサイルを発射した、という警告を受け取ることが出来た。ただし韓国空軍のB737には共同交戦能力がないため、B737が捕捉した低空飛行する93式空対艦誘導弾を、『西崖柳成龍』と『王建』が艦対空ミサイルで迎撃するのは難しかった。前述の通り、水上艦艇のレーダーは水平線の向こう側に隠れる低空目標を察知することが不可能であるからだ。
それでも事前に敵の対艦ミサイル発射を知らされたことは大きい。
(16発、躱せるか――?)
『西崖柳成龍』に座乗する艦隊司令官は逃げ出したくなる本能的衝動を理性と責任感で抑えると、淡々と命令を下して防御手段をとった。
『西崖柳成龍』と『王建』はデコイの発射準備を整え、可能な限り飛来する93式空対艦誘導弾に対して、投影面積が小さくなるように運動した。93式空対艦誘導弾は超低空飛行で距離を詰めた後は、最終的に赤外線画像を基にして目標を見定めて突入する。であるから赤外線を放出するデコイの一種であるフレアをばら撒きつつ、93式空対艦誘導弾から艦影が小さく映るように試みることは、一応は理にかなっていた。
しかしその努力も今回に限って言えば、どの程度効果があるのかは疑問符がつくところだ。
先に触れた通り、第6・8飛行隊のF-2戦闘機4機は各機4発ずつの空対艦誘導弾を装備して攻撃を開始した。複数回に分けて波状攻撃を仕掛けるよりも、一斉攻撃を仕掛けた方が迎撃は困難になるため、このとき全弾16発を発射している。そしてこの16発はみな同一の方角ではなく、複数方向から敵艦隊に襲いかかった。そのため一方向に艦首を向け、投影面積を少なくしようとしても、結局は他の方向から迫る誘導弾に横腹を晒すような結果になってしまう。
「ウイスキー112、方位2-4-0の敵ミサイルを迎撃せよ」
この局面で最も重要な役割を果たしたのは、韓国空軍第11戦闘航空団のF-15K戦闘機であった。93式空対艦誘導弾は最高速度が時速約1100㎞程度であるから、戦闘機が装備する空対空ミサイルでも迎撃は可能である。
「ウイスキー112、FOX3」
自衛隊機と『こんごう』の攻撃の間隙を縫い、小数機のF-15Kが海面直上を白波蹴立てて進む93式空対艦誘導弾目掛け、AIM-120を発射する。ジェット戦闘機とは異なり、93式空対艦誘導弾にはチャフ・フレア・電子戦機能といった対抗手段がなく、空対空ミサイルに対しては無防備だ。ただしサイズは全長約4m、幅1m弱と戦闘機に比べると遥かに小さく(例えばF-15は全長約20m、全幅約13mである)、また海面直上を亜音速で低空飛行するため、迎撃が成功するか否かは空対空ミサイルの性能に拠るところが大きい。その点、AIM-120は優秀である。
F-15Kの迎撃により、2発の93式空対艦誘導弾が海中に没した。1発は直撃弾を浴びて被撃墜。1発は至近距離でAIM-120が炸裂し、主翼と操舵翼の一部が損壊、バランスを崩して海面に激突した。だがそれまでであった。
「ピースアイ02、ウイスキー113。回避機動」
「ウイスキー116、ピースアイ02。1-7-0の敵ミサイルを迎撃せよ」
「こちらウイスキー116……ちっ、ミサイル接近警報。回避機動」
自衛隊機と飛来する敵ミサイルに対処しながら93式空対艦誘導弾を捕捉・迎撃するのは至難の業である。好射点に移ろうにも途中で警報が鳴れば、回避運動をとらざるをえない。
「空軍の馬鹿が!」
彼我のミサイルが入り乱れる混戦の中、『王建』のCIWS・高性能30㎜機関砲ゴールキーパーが作動した。砲身を回転させながら轟然、火を噴く。毎秒50発以上を発射するその7砲身ガトリング砲の先には、敵ミサイルを回避するために運動する友軍機F-15Kがいる。
「ゴールキーパーを止めろ!」
『王建』の乗組員はすぐに何が起こったか理解した。おそらく回避機動に集中する空軍機が『王建』に急接近したのだ。射程内に入った目標に対し、ゴールキーパーは自動で発砲するようになっている(これは米海軍や海上自衛隊が装備するバルカンファランクスも同様である)。
ゴールキーパーの攻撃を受けたF-15Kは煙を曳きながら『王建』から離れ、数秒後にはキャノピーを吹き飛ばして脱出装置を作動させた。艦橋の張り出し部分に立っていた見張り員は、空中にパラシュートが展開するのを見て安堵したが、すぐに次なる脅威が迫っていることに気づいた。
「目標、方位1-2-0から4。1-7-0から4。2-0-0から4。2-4-0から2」
『西崖柳成龍』と『王建』、航行不能の『釜山』は水平線上に93式空対艦誘導弾を捕捉した。全14発のクロスファイア。各艦のCICに詰める乗組員達は恐怖した。誰しもが直感した。「全弾の回避ないし迎撃は不可能である」、と。だがしかし、彼らは感情を表に出すことはせず、淡々とすべきことをした。何度も繰り返してきた訓練通りに、対空戦闘を実施するのみ。
フレアが打ち上げられ、艦直上で赤橙が弾ける。各艦に迎撃目標が割り当てられ、決死の対空戦闘が始まった。
だが優秀な将兵の勇気も技量も、積み上げてきた研鑽も、すべて一瞬の内に消滅せしめるのが現代戦である。結果から言えば、14発中7発は3艦が生み出した火網に絡み取られて空中で爆発四散した。残る7発中、1発はフレアが発する赤外線の嵐に惑わされ、虚空を捉えるのみに終わった。そして最後までしぶとく生残した6発の空対艦誘導弾は、『西崖柳成龍』・『王建』・『釜山』をその身の終着地とした。
重量約500㎏の鋼鉄と火薬の塊が、時速約1100㎞以上の速度で衝突するさまは筆舌に尽くし難い。左舷側から93式空対艦誘導弾が突入した『王建』は、次の瞬間には右舷側から火焔と鋼材と破砕された血肉を海面へぶちまけ、『釜山』は急激な浸水と艦内火災の発生により、乗組員達を閉じ込めたままに沈みゆく屑鉄と化した。
韓国海軍に3隻しかないイージス艦の1隻、『西崖柳成龍』も火災と浸水に襲われていた。その姿はもはや廃艦同様である。艦体の前部は切断されて文字通り消滅。右舷中央部に命中、炸裂した93式空対艦誘導弾は爆風で内部構造を滅茶苦茶に破壊しつつ、焼夷剤を撒き散らし、手あたり次第に業火を広げた。水兵らは必死の思いでダメージコントロールに従事したが、その努力が報われることはなく、負傷者が続出した。やむなく艦隊司令官と『西崖柳成龍』艦長は総員の退艦を決意した。
(『西崖柳成龍』が、沈む――)
太陽が水平線の向こうに没すると同時に、韓国海軍の最精鋭が爆炎を噴き上げながら海中へ没していくさまを、ただ乗組員達はボートの上から呆然と眺めていた。涙している者もいる。『西崖柳成龍』とその乗組員はよく健闘したと言えるだろうが、自衛隊の迎撃態勢を見誤り、少ない手持ち戦力で壱岐群島を攻略出来ると考えた上層部の無能のせいで、敗北の憂き目に遭った。戦略的な失敗は戦術・戦闘で挽回することは難しい。
ちなみに『西崖柳成龍』の艦名は、柳成龍という李氏朝鮮時代の高官に由来する。彼は16世紀末の豊臣秀吉が主導した朝鮮出兵前後で政務を執っていた人物で、4000の兵力で倍以上の日本軍と対陣し、宇喜多秀家を緒戦で負傷させた将軍の権慄や、日本の学校教科書にも登場する李舜臣を抜擢した人としても知られている。
彼は豊臣秀吉による朝鮮出兵を事前に見抜けなかったということで批判されることもあり、この李氏朝鮮時代にありがちな讒言と派閥間の内紛により失脚させられてしまうのだが、朝鮮軍の再建を任せられるなど軍政には明るかったらしく、イージス艦の艦名に相応しい人物であったのだろう。
その柳成龍――豊臣秀吉の朝鮮出兵に抵抗した英雄の名を継承した『西崖柳成龍』が沈む。
韓国軍将兵は3隻のイージス艦の内、1隻を喪失すること以上に何か不吉な物を感じざるを得なかった。




